第33話 ララ、街に帰る

 開門の時間になって門番が門を開けた。

 するとそのさほど大きくない音に反応して、ララが飛び起きる。


「ふぁ! おはよう!」

「……ララは寝つきも早ければ、起きるのも早いな」

「りゃ」


 ケロはまだ眠ったままだ。

 すぐに西門から門の中へと入って、エラの工房へとまっすぐ帰る。

 工房前でピエールと別れると、ララはすぐに自室に戻って眠った。



 ララが目を覚ましたのは昼前だった。

「ケロちゃん、おはよう」

「りゃっりゃ! りゃ!」

 ケロは珍しくララより先に起きていた。

 ララが走っている間、ケロはララの服の中に入って眠ったりしていた。

 そのせいかもしれない。


「りゃあ! りゃ!」

 お腹が空いたのかケロは羽をバタバタさせて、ララに向かって口を開ける。


「ご飯食べようね」

「りゃー」


 ララが部屋を出て、食卓の方に向かうとテーブルの上に食事と手紙があった。


「師匠が用意してくれたのかな」

 そんなことを言いながら、ララは手紙を読む。

 手紙には錬金術ギルドに出かけてくるので、ご飯は好きに食べるがよいと書いてあった。

 エラはララの帰宅には気付いていたのだろう。


 ララはケロと一緒にご飯を食べると、すぐに実験するため自室へと戻った。

「まずは錬金壺を用意して―」


 ララは元から持っていた錬金壺と新たに作った三つの錬金壺を全部並べる。

 そして材料を使って実験を開始する。


「材料は節約しないとね。大事だし」

 極力材料を節約しながら、効果増幅と、複製の実験を実施する。

 実験するララの表情は真剣そのもの。

 ものすごい集中力を発揮して実験を進める。


 そして増幅と複製の再現に成功した。


「うん。成功! でも……もう少し効率を向上させられそうな気もする」

 ララは続けて試行錯誤に入った。


「理論的には……こうすれば……、そっか、そうするとこっちがダメなのか」

「りゃあ?」

「でもこうすればいいのでは? よし成功」


 独り言をつぶやきながら実験を進めるララをケロは首をかしげながら見つめていた。

 そして、数時間後、ララは多少の効率化に成功した。


「これでポーションの効果を強化しまくればとうさまの傷も癒せるかもしれない」

「りゃあ?」

「一度、実家に帰ってみようかな」


 そんなことを話していると、工房の扉が開かれる。

 エラが帰って来たのだ。

 ララは自室から出て、お茶とお茶菓子の用意を始める。


「師匠おかえりなさい!」

「おお、ララ。お帰りなのじゃ。材料採集はうまくいったのかや?」

「うん。材料も集まったし、さっそく実験してたとこだよ! 師匠はだいぶお疲れ?」


 食卓の椅子に座ったエラに、ララはお茶とお茶菓子を出して自分も座る。

 エラはお礼を言って、お茶を飲んで、お菓子を口にする。


「ああ、実はそうなのじゃ。この前夏風邪が流行り気味という話をしたじゃろう?」

「うん、覚えているよ」


 夏風邪が流行っていて錬金術の素材が足りない。

 そう言われたからこそ、ララは自分で素材を採りに行ったのだ。


「あれな。風邪ではなかったようじゃ」

「どういうこと?」


 流行り始めのころの症状は風邪に似ていた。

 だが、昨日から急に劇症化する患者が急増したのだ。

 発熱に嘔吐、下痢などの消化器症状、頭痛、意識障害などの神経症状。

 ひどくなってくると皮下出血や血尿などの出血症状も出るとのこと。


「それは明らかに風邪じゃないね、キュアポーションの効果は?」

「効果はないというわけではないののじゃが……」


 キュアポーションを飲めば、症状はだいぶ治まる。

 だが飲めばあっという間に快復するというほどに、劇的な効果があるわけではない。


「重症患者が多すぎて、キュアポーションの素材が足りないのじゃ」

 冒険者に依頼して集めた材料を全部つぎ込んでもまだまだ足りないらしい。


「私が集めて来た素材も全部キュアポーションに回すね。それで何とかならないかな」

「……すまぬ。助かるのじゃ」


 いくらララが優秀な錬金術師でも、一人の力では焼け石に水。

 エラもそれはわかっているが、口にはしない。


「キュアポーション作る前に、患者さんを診断したいのだけど……」


 少しエラは考えた。

 ララの腕が凄まじいのは間違いない。

 だが、患者にとっては、先日、若手錬金術師に弟子入りした少女に過ぎない。

 そういう若い新人に診られることを患者は嫌がる。

 エラ自身、若い女と言うことで嫌がられることがあるぐらいだ。


 男でも若いと嫌がられる。

 錬金術師の中にはひげを伸ばしたり、髪を白く染めて老けて見えるようにする者もいる。


「イルファがよかろう。ララの凄さを知っているゆえな」

「うん、わかった。じゃあ、準備するね」

「うむ。わらわも一緒に行くから準備が出来たら言うがよい」


 ララはあくまでも新入りの弟子。

 一人で診療する許可を、錬金術師ギルドから与えられていない。

 一人で診療したことがばれれば、最悪の場合ギルドからの除名もありうる。

 それを防ぐためにも、エラがついている必要があるのだ。


 ララはすぐに自室に戻って錬金壺や錬金薬の材料を魔法の鞄にしまう。


「準備できたよ」

「では行くか」


 工房を出ると、エラは北の方へと歩き始めた。


「師匠、イルファの家はあれじゃなかった?」

 イルファの家は工房のすぐ近く。入り口を出たらすぐに見える場所に建っている。


「それは下宿先じゃ。いまは実家に帰っておるのじゃ」


 病気になったら、実家に戻りたくなる気持ちもわかるというものだ。

 ララは納得して、エラの後をついて行った。

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