今度こそ殺さぬ

「……破壊しようが爆発しようが解体しようが、6時間で必ずリセットされる爆弾……か」

「納得してもらえた?」

「なるほどな。いかにも外道院の考えそうな悪趣味な宝具だ……」


 苦虫を噛み潰したような顔でしるこは言う。

 穢れた宝具だとか、宝具を斬りに来ただとか、言動を見る限り、外道院博士と何かただならぬ因縁があるようだが。


「にしても君。普通、人の顔面を狙って実銃を撃つか? 頭イカレてるんじゃないのか?」

「いやいやいや。刀でいきなり斬りつけてくる人に言われたくないんだけど」

「いちおう斬る前に色々言ってるだろう。特に何も無く無言で銃を瞬時に出して撃つとか、人の心がないのか? 拙者はよく知らないが君の格好は有名な漫画の主人公のそれだろう? そんな戦い方したら子供は泣くぞ」

「うるさいなぁ……椎橋くん、猿ぐつわとか持ってない?」

「持ってるわけねーだろ。どんなアグレッシブな性癖してたら猿ぐつわ持ち歩くんだ」

「ピストル持ち歩いてる社会不適合者が言えた口?」


 それに関しては反論の余地もないが、ピストルと猿ぐつわでは持ち歩く意味合いが違いすぎると思う。あくまでも前に一緒に仕事をしていた組で支給された、護身用のものだし。


「……で。どうするんだよ、あんた」

「まぁ、リセットされる爆弾などいかにもありそうではあるが、そう説明されて、はいそうですかと帰るわけにもいかん。君たちの話では、あと2時間もすればリセットが起こるのだろう?」

「今16時10分だから……次の周期である18時までは、あと1時間50分だな」

「それまで待つってこと?」

「リセットとやらをこの目で見届けたらこの場から去ろう。それまで暇だな。おい、拙者は客だぞ。茶とか出んのか」

「委員長、猿ぐつわ出せるか? さっきスマホで調べたらこんな感じの形らしいんだけど」


 本当うるせーなこいつ。剣士ってもっと無骨で寡黙なキャラじゃないのか。


 さて。防護柵はしるこが死んでいる間に委員長が復元したし、まだリセットまでだいぶ時間があるし。今度こそ暇をもてあましてきたな。


「……あのさ、委員長」

「ダメよ」

「まだ何も言ってねぇだろうが!」

「どうせパチンコ行きたいとか言うんでしょう」

「思考を読むな」

「わざわざ思考を呼んだりしなくても、椎橋くんが四六時中パチンコのことを考えてるのは分かりきってるのよ」

「いや今はスロットのこと考えてた」

「猿ぐつわ、試しに二つ出してみたんだけど」

「ごめんなさい」


 そんなもん突っ込まれたらヤニも吸えなくなっちまう。怖い顔をした委員長から数歩離れて距離を取り、俺は新しいヤニに火をつけた。


「あんた、なんで外道院の宝具を斬るんだ」

「話す義理はない。先程も、知る必要はないと言ったはずだが」


 鋭い目を取り戻し、睨み上げてくるしるこ。

 だが、今にも刀を振りかざさんとしていたさっきまでの状況とは違う。鎖でがんじがらめにされ、身動きの取れないしるこにビビっていては、詐欺師なんかできるわけがない。


「……俺や彼女は、成神関連の厄介事を解決する秘密結社的な組織に属している」

「なに?」

「ちょっと、椎橋くん」


 天秤座のことを部外者に話していいのか、と言外に含んで、委員長は窘める。


「構わんだろう。それに、こいつがどんな理由であれ宝具を斬るために活動しているなら、今回話さなくてもいずれまた出会うことになる」

「……そう、ね」

「話を戻すぞ。……令和になってから、成神が出現し始めてから、この国では常識では説明できない、ある種『怪異』とも言える現象がいくつも発生している。宝具もその中のひとつだ。

 あんたに鉛玉をぶち込んだそこの彼女も、ある怪異に悩まされている一人だ。だからもしも、あんたが宝具のことで何か悩まされているのであれば……うちの、『天秤座』のリーダーは、あんたに手を差し伸べるだろうぜ」

「…………」


 しるこは、少し目を下に向けて考え込んでいる。

 まだ俺たちのことは信用していないだろう。こうやって考え込んでいるのは、『俺たちに協力を求めるかどうか』ではなく、『俺たちを上手く利用して自分の目的を達成できないか』ということを考えているはずだ。

 彼女は人を騙す目をしていた。


「……拙者は、外道院に記憶を奪われたのだ」

「何ですって?」

「…………」


 これはおそらく真実。


「ある日……目が覚めたら、外道院の研究所にいた。意識が覚醒してくるにつれ、私は自分の記憶が部分的に消えていることに気付いた。自分の生まれ育った道場の場所や、門下生仲間の行方、どこに住んでいたのか……そういったことが分からなくなってしまったのだ。

 だから私は、外道院に刃を向けて尋問した。私に何をしたのか、と」

「……それで?」

「『生まれ変わらせてあげたんだにゃ〜ん』……と。そして激昂する私に、自分の作った宝具の話を聞いてもいないのに聞かせてきた……だから」


 だから。

 そう言った彼女の瞳に……嫌になるほど真っ赤な、真っ赤な、真っ赤な赤が映る。


「……殺した」

「殺……えっ? でも……」

「外道院は、宝具の力を使って、自分のクローンを大量に作っているんだ。現在の外道院aが死ぬと、次の外道院bがどこかで目覚め、動き出す仕組みになっている」

「……あの女、本当に成神じゃないのか?」


「私も、奴の話を聞いて奴が成神だと思ったから斬った。ありがちなことを言うようだが、殺す気はなかったんだ。どうせ成神は死んでも生き返るだろう、そう思って刀を振るった。

 だが奴の体は真っ二つになったまま再生せず……死んだ。

 外道院は人間なのだ。ただの人間だ。人を大量に殺す宝具を作り、世の中をめちゃくちゃにし、平和を嫌い混沌を望む……ただの人間だ」


 ……にわかには信じ難いが、これも、真実なのだろう。

 嘘が感じられないし、何より、こんな突拍子もない嘘、つく意味もない。


「そして奴は……自分が一機死ぬと、同時に危険な宝具が街に放出されるシステムを構築していた。私が奴を殺したせいで、大勢死んだッ! 外道院に振るった刀は、一人も殺すつもりなく振るった刀は、無関係の市民を大勢殺してしまったのだ!!」

「そんな……」

「……今度こそ殺さぬ。一人として殺さぬ。外道院を永遠に生け捕りにし、忌々しい宝具をこの世から葬り去ってやる……そのためには、日々宝具を探し歩いている」

「………………」


 ……ここだ。おそらくここに嘘がある。

 人は嘘を吐く時、相手が嘘だと断定しようのない嘘を吐くか、相手が嘘だと指摘しにくい嘘を吐く。そして今、しるこは後者の手法を用いた。

 激しい怒り、辛い過去、悲惨な現状。大きく強い感情の中に嘘を入れ込むことで、嘘っぽさを薄め、さらに嘘と勘づかれても指摘しにくい状態を作り上げた。


「……俺はあんたに同情することは出来ん。境遇が違いすぎて、想像が及ばない」


 しるこを自分たちの仲間に出来れば、今後、委員長の生き返りの謎を追う上で、経験的にも戦力的にもかなり心強いのではないかと考えたが……ダメだ。底が知れなさすぎる。

 こいつは、何か他の目的を隠している。それが何か分からない以上、天秤座に迷惑をかけるリスクを侵すわけにはいくまい。

 俺は先手を打って――もしかしたら後手に回っていると言えるかもしれないが――しるこを、適切な距離感に置くよう牽制する。


「……不本意で不可抗力とはいえ、人を死なせた過去があるなら、うちで歓迎を受けるのは難しいだろう。

 だが、あんたのことをリーダーに相談はしておくよ。だからあんたも、宝具を見つけた時にそこに『天秤座』を名乗る成神がいたなら……今日みたいにいきなり斬りつけるんじゃなく、まず宝具の状況や説明を聞くぐらいはしてくれないか?」

「…………ああ。承知した」


 数秒の沈黙の後に、しるこは深く頷いた。

 『…………』の間にどんな思考が彼女の脳内を駆け巡ったかは知れないが、彼女の表情から推し量るに、十中八九穏やかなものではないだろう。

 目的達成のためには何でも利用する。そんな決意を彼女の瞳からは感じる。


 人を騙す眼。

 俺も持っている眼であり、同時に、俺が最も嫌いな眼だ。


 かくして俺と懐中しるこの、ささやかな、表に出ない、ほとんど意味を成さなかった緻密な心理戦は幕を閉じた。



「……外道院みさこ。こうして顔を合わせるのは何度目かな?」

「ん〜、5回もいってないくらいじゃないかにゃ。私、君らと会う時は基本ドローン越しだし」


 天秤座拠点、作戦室。

 帰ってくる間に、リリから大体の事の流れは聞いた。今回も毎度の宝具事変の例に漏れず、イレギュラー発生しっぱなしのとんでもないドタバタの連続だったみたいだ。

 リリには本当、頭が上がらないな。

 椎橋さんの活躍によって解除方法が確立されたため、宝多さんは一旦自分の会社に戻り、外道院は今ここに、リリとマヤンちゃんが連れ帰ってきてくれた。


「せっかく連行してきてくれたリリとマヤンちゃんの手前、こんなことを言うのも何だけど……正直、君を拘束することは無意味だと分かりきっているんだ」

「ほんっと! ビンくんはお利口さんだよね〜、どこかの頭の固いド〇ーマンと違って」

「誰がドギー〇ンだ」

「私、ピザを摂取できない生活とこの世の人類全てと退屈が大ッッッ嫌いだからさ〜。も〜今もすぐにでも『自爆』しちゃおっかなって思ってるくらいなのよねん」

「君は奥歯に自爆用スイッチを仕込んでいるんだったね。そして、君が死んだ瞬間、君の複製クローンがどこかで目を覚ますと同時に、街を滅ぼす危険のある宝具が3解き放たれる」

「ぴんぽ〜ん。外道院みさこ検定3級の資格を与えましょ〜う! そう、その『縛り』があるから、君たちは永遠に私を拘束したり殺したりして無力化することはできないってわけだネ☆ ぴえん🥺」


 自分で言ってて頭が痛くなってきたな。ぼく達はなんて狂ったヤツを相手にしてるんだ。

 この人がまだ成神じゃなくただの人間として生きているのはどう考えてもこの世のバグだろう。いやまぁ成神の存在自体バグみたいなものだけども。


「……ほんと嫌い、マジでムカつく」


 マヤンちゃんがパチパチと体から青い火花を散らしている。彼女が怒っているのは久々に見たなぁ。

 そんなマヤンちゃんの怒り顔に「鬼きゃわ〜、マジてぇてぇ尊い、この顔思い出すだけで5回は抜ける」と、この世の終わりみたいな気持ち悪い賛辞を述べる外道院。

 ぼくは基本的にこの日本を守るための活動には力を惜しまない気でいるし、成神にしか解決できない事件や宝具のことには出来る限り対処したいと思っているが、この変態外道院とだけは本当に関わりたくない。許されるなら、今すぐ外に出て巽くんと電話して一緒にごはんに行きたい。


 はぁ。ぼくは溜め息を吐いて、マヤンちゃんに許可をもらってから、加熱式タバコのスイッチを入れて吸い始める。


「外道院。君をここに留め置くことは意味の無いことだ。だから意味の無いついでに、ひとつお願いを聞いてくれないか。

 そのお願いを聞き入れても聞き入れなくても、聞いてさえくれれば、すぐに解放するよ」

「オッケー! なになに〜?」


 意味の無いことは人間が最も嫌うことだ。

 多大な労力をかけた仕事が全くの無意味に終わることは、どんな過酷な労働よりも、人の精神をすり減らす。

 どれだけの宝具を鎮静化させようが、どれだけの宝具を収容しようが、スナック感覚で宝具を作り出す外道院がいる限り、すぐにまた次の宝具が牙を剥く。


 そんな虚しい作業が、もしも、ひとつの懇願で無くなるのなら……。


「……宝具を作るのをやめてくれないか」

「むり!」


 まぁ、無くなるわけもないのだが。


「わかった。帰っていいよ」

「わ〜〜〜〜い。帰りにマック寄ろっと」


 リリとマヤンちゃんが、拘束を解かれて一目散に作戦室から飛び出していく外道院を、恨めしげに睨みつけていた。

 ぼくは……もはや、何の感情も湧かない。

 今回は何もしていないが、宝具絡みで何度もし、存在ごと消えかけたこともあった。

 そんな危険を何度繰り返しても、結局、また次の危険に見舞われるだけで。


「……やっぱり、無駄だったか」


 ぼくは、深く、タバコを吸った。

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