再会、二人の『加速』
「しかし、なんだ、拙者ばかり自分の事情を話して、不公平なのではないか。君たちも、さっき言っていた『怪異』について話したらどうなんだ」
「それは……」
しるこの質問に、委員長が答えようとして口を詰まらせ、こちらを仰ぎ見る。
委員長自身、理解しきれていないことだ。
委員長に起こっている『怪異』。10年前に死んだ時任神奈子という女子中学生が、ブラックセーラーという漫画の主人公そっくりの、女子高生の姿で、『生き返った』。
これは、ビンゴ以外には話していない。天秤座のメンバーには話すべきかと考えているが、彼らにも色々と複雑な事情があるらしく、そういう個人的な部分には突っ込んでこない。
だから、しるこに話すべきかどうか。話すにしても、どこまで話せばいいか。委員長は決めかねてしまったのだろう。
俺は少し考え……ヤニの火を、携帯灰皿に押し付けて消した。
戦闘や体を張る仕事を委員長に任せっきりにしている以上、こういう頭や舌を回す仕事は、俺が引き受けるべきだ。俺は頷き、代わりに答える。
「不公平だとは思うし、申し訳ないが、話すことはできない。彼女の怪異は、ある成神によって『仕組まれたもの』だからだ」
「仕組まれたもの……?」
「あんたが外道院に記憶を消されたように、彼女、時任神奈子も……ある成神によって、『何か』をされた。その結果、その身に怪異を宿す羽目になり、それがきっかけで俺と出会った。それ以来共に行動している。
彼女の正体が第三者にバレた場合には、一般人にも危害が及ぶ可能性がある。だから話す訳にはいかないんだ、すまない」
『嘘』は言っていない。
詐欺師は、無闇矢鱈に嘘を使わない。
はぐらかして、ぼかして、真なる核を話さず、なおかつ、そんなぼんやりした話を曖昧だと感じさせない話術。
実際に、しるこはその説明で納得したようだった。『一般人にも危害が及ぶ』という文言が効いたらしい。
「承知した。一般人に危害が及ぶというのであれば致し方あるまい」
「理解してくれて助かる」
「では代わりに、恋バナでも聞かせてもらおうか」
「あんたもか! この色ボケ共が!!」
この20代半ばのサラリーマン風詐欺師を見て、なんでどいつもこいつもそんなに恋バナを持ちかけてきやがるんだ。
「なんか椎橋くんって、『恋バナを聞き出したら絶対に面白いだろうな』っていう雰囲気があるのよね」
「文脈にもよるがほとんどの場合悪口だぞ、それ」
「やはり、まだ女子高生の身分としては、大人の恋愛というものに憧れがあるのだ。自分がしたいとは全く思わぬが」
「それは恋バナが聞きたいんじゃなく他人の恥ずかしい話が聞きたいって言うんだよ。あとアンタもう侍風の言葉遣いやめろ、言動で十分キャラ立ってるから」
「僕も聞かせてほしいなぁ、椎橋くんの恋バナ」
身体中の毛という毛が、天を向いて逆立つ。
いきなり耳元で囁かれ振り向くと……真っ白な軍服じみた服に長いマフラー。一度その姿を見たら脳裏に焼き付く、漫画のキャラクターのようなインパクト。
ホワイトボルト。興梠ジョーだった。
イタズラ好きな笑顔でその場から飛び退き、ごめんごめんと両手を合わす。
「成神ってのは何でこう人を驚かせないと登場できねーんだ! 来週のマガ神100冊買って全部アンケート最下位で送るぞコラッ!!」
「それは普通にやめてほしいかな」
「……何故、ここに?」
委員長が、あからさまに不機嫌そうに。いや不機嫌なんてもんじゃないな、敵意をもって、ジョーに尋ねる。
当然の反応だ。何しろ彼は……彼の話を信じるならばだが……彼女、時任神奈子を、この世に蘇らせた張本人なのだから。
先ほどしるこに話した、委員長を成神としてこの世に蘇らせた、『ある成神』そのもの。本来、安らかに死んでいたはずの彼女が、生きて、走って、悩まなくてはならなくなった、葛藤の要因そのものなのだ。
ジョーはただ細くした目で委員長を見つめ、キザな振り付けで深深とお辞儀をした。
「やあ。僕の愛しい『ブラックセーラー』」
「私の名前は時任神奈子です。これまでも、これからも。それより質問に答えてください。何故ここに来たのですか」
「ふうむ……まぁ、端的に言えば、君の匂いがしたから、かな」
……なんか今日出会う成神、変態ばっかだな。
「こんなところで興梠ジョーに会えるとは。拙者、サインもらってきていいかな?」
「黙ってろ」
ジョーは、地面に置かれた爆弾を一瞥すると、ふむん、と鼻を鳴らすように息を漏らした。
「それ、宝具だろう?」
「な……なんで」
「見れば分かる。伊達に長いこと成神の世界で生きてないさ。しるこちゃんはともかく、君たちは多分、これを止めるためにここにいるんだろう?」
「な、名前呼んでもらえた!」
ミーハーを爆発させているしるこは置いとくとして。
ジョーは……その言動を聞くに、俺たちの行動をある程度把握しているらしい。
既に天秤座のことも知っているのかもしれない。さっき大まかな事情を話したしるこの手前、嘘を吐く意味もないだろう。
むしろ……巻き込んだ方が得だ。
「あぁ、そうだ。そいつは爆弾。それも、何度解体しても6時間に一度リセットされる、はた迷惑な爆弾さ」
「椎橋くん!」
「へえ……そんな簡単に話してくれるんだ」
「とても困っている。このままだと俺たちは、6時間毎のリセットのために、数ヶ月ここに縛られなければならなくなる。非常に困っているんだ」
含みを持たせた俺のセリフに、ジョーはふっと笑い、やれやれと首を振った。
「……一般人が困っていたら、成神が助けないわけにはいかない。そういう目論見なのかな。僕が断ったらどうするつもり?」
「どうもしないさ。人に話したりもしないし、そっと心に留めておくことにしよう。でもまぁ、一般人である俺は、非常に困っていて、助けてほしいんだけどな」
「はぁ……人が悪いね。仕方ない、やってみよう」
上手くいった。
『民衆からの支持』によって力を得ている成神は、基本的に、民衆の困り事を無下にはできない。
リリたちや委員長ではどうにもできなかった爆弾のリセットを、ジョーが加速の能力だけで解除できるのかと言えば疑問が残るが。もしかしたら、ということもあるだろう。
ジョーは爆弾に歩み寄り、それを少しもビビる様子もなく持ち上げ、くるくると回して観察し始めた。
「これは解除されてる状態なんだよね?」
「あぁ。次のリセットは18時だ」
「…………」
俺にリセットの時刻を聞いて、じっ、と、爆弾を見つめるジョー。しゃがんだ体勢のまま、爆弾を睨めつけて動かない。
なんだ? 何か呪文でもかけているのか?
そんな妙な緊張を孕んだ時間が数分過ぎ、ジョーはふと立ち上がると、大きな溜め息を吐いた。
「……君たちは。こいつが手に負えなかったっていうのかい?」
「は?」
「君たちは、じゃないな。君だ、時任神奈子」
「え……」
「君ほどの成神が、こんな爆弾ひとつをどうにもできなかったのかと聞いているんだ!」
突如声を荒らげるジョー。名指しされた委員長は、ただ困惑して怪訝な表情をつくることしかできない。
ジョーは片目を隠すほど長い前髪を乱暴にかきあげると、もう一度、はぁぁぁ、とわざとらしく大きな溜め息を漏らす。
「……これは、正直……かなり期待外れだな」
そう自嘲して、ジョーは手に持った爆弾を、空き缶でもポイ捨てするようにその場に放り投げた。
「危なッ……!!」
委員長が加速して、何とか地面に落下する前にキャッチする。
「何しやがる! 解除されてるとはいえ爆弾だぞ!?」
「気が変わった。手は貸さない」
「はぁ!?」
「ブラックセーラー。君がこの宝具をなんとかするんだ」
委員長を指差して。
「できないなら……君はもう、終わりだ」
不可解にも、不敵にも……不明瞭な意味を込めて、『終わり』を告げた。
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