穢れた宝具

「本日の生放送はここまでーーっ! お昼休みの人はお仕事頑張ってねー、主婦の人は家事頑張ってねー、赤ちゃんはお昼寝頑張ってねー、つってね!

 ではまた明日お会いしましょう、さようなら!」


 カメラが止まり、お疲れ様でしたーと出演者スタッフ一同がばらばらに動き始める。

 僕も衣装のネクタイを緩め、みんなに挨拶をしながら楽屋に帰る。宝具の対応が間に合っているか心配だ。適切に対処すれば危険の少ない、理不尽度は低い部類の宝具だと聞いているから、大丈夫だとは思うんだけど……。

 セットを抜け、廊下を歩く僕の肩が、とんとんと叩かれる。


「やっ、ビンゴはん。今日はお疲れさん」

「あ……巽さん」


 巽陣たつみ じんさん。

 『SAY-SO-KEN』というお笑いコンビのツッコミ担当で、もちろん成神。芸歴は俺より短いはずだけれど、年齢はひとつ上。

 何度か収録などでご一緒して以来、少しプライベートでご飯を食べたりする間柄になった。


「おもろかったなー、今日の収録! まいどのことやけどこの番組、台本ほっとんどないもんなァ!」

「僕としては勘弁してほしいけどね。トークスキルに乏しいただのマジシャンに何回アドリブ振るんだよ、あの人……」

「なはは。ヤモリさん、えぐい振り方するもんなぁ。けど、ビンゴはんもけっこう返し上手かったで」


 そうだろうか。まぁ、ゲキワロGPに3年連続で3位以内のランクインを果たしている巽さんにお墨付きをもらえたなら、胸を張っていいかもしれないけれど。


「ところでビンゴはん。近頃、成神絡みでなんや妙な事件が多発しとるな」

「ん……あぁ、『凶暴化』……だっけ」


 すでに天秤座での調査で知っていることだが、知らないふりをしておく。本来の名称が『悪神オディール化』であることも。

 巽さんは大袈裟に肩を抱き、ぶるぶると震えてみせる。


「怖いわー。自分もなってまうかもしれんってのもそうやけど、ほら、俺の場合、神業もショボイやんか? 成神やから死ぬことないとはいえ、もし街中とかで遭遇したらと思うとなぁ」

「……そうだね。一般人が襲われていたら助けないといけないし、戦闘になることは避けられない」

「俺の神業、『笑かした相手を滑らす』やで? そんなんでどーやって戦えっちゅーねんな。成神闘技も100戦100敗やし」


 悪神……今朝のニュースでも、中田みすずさんが『化』してしまったそうだし。身内や自分が『化』してしまった時の身の振り方を、今のうち考えておかなきゃいけないかもしれない。


「あー、なんや気の滅入る話してもうたな。ビンゴはん、これから飯でもどーや? 昼飯にゃ遅いし晩飯にも早いけど」

「悪いね、ちょっと急ぎで帰ってやらなくちゃいけない仕事があって」

「もー、いっつもそれですやん。ワーカホリックも大概にせなあかんで」

「はは……気をつけるよ」


「『悪』ってのは……疲れた心から湧き出すもんやからな」


「……?」

「あぁ、気にせんとって。ただのポエムみたいなもんや」



 現在時刻 15:22

 次回爆弾起動周期まで 残り2時間37分31秒


 残りリセット回数 872回



「廃工場側の警察人員配置、完了したってよ。あとは次のリセット時刻を待って、警察の人らと通信しながら解除操作を行うだけだ。……ようは18時まで暇ってこと」

「了解」


 廃工場へ警察の機動隊を手配してくれたクソ犬との通話を切り、スマホをポケットにしまう。にしてもあの犬、どうやって通話してんだろ。首輪に通話機能でも付いてんのかね。

 ちなみに芳賀さんたちは、きっちりと俺の目の前で俺の口座に金を振り込んでくれたあと、すぐに別れた。天秤座の面々との接触は避けたいらしい。

 先ほど車で現場へと戻ってきたばかりだが、委員長から話で聞いていたツノ生やした変態と全裸に白衣の変態も既に帰ったみたいだ。

 今は、俺と委員長だけが、止まった爆弾を見つめてまばらに草の生えた空き地に座り込んでいる。


「外道院とかいうのを探すために色々走り回ってたんだったっけ。疲れてるだろ、俺の車で寝たらどうだ」

「大丈夫、ありがとう。ホントに疲れたら、神業で回復できるから」

「いいよな、それ。俺も日曜の夜まで飲み明かして、翌日の朝にスッキリ全快して出社とか憧れるよ」

「椎橋くんってホント、顔はまだまだ高校生でも通るくらいなのに、いろんなとこがオッサンよね」

「うるせぇ。好きで童顔なわけじゃねーよ」

「あはは」


 ……屈託なく笑いやがって。

 俺は憮然としてヤニに火をつける。空を見上げて煙を吐くと、昼の青空に白い煙が溶け込んで、空と口元が繋がるような、不思議な感覚に陥る。

 今日という日が忙しかったからか。なんだか、こうして青空を見上げてヤニを吸う時間に、奇妙な懐かしさを覚えてしまっている。


「はあ。それにしても、せっかく生き返ったのになんだか忙しい日ばっかりね。昨日は楽しかったけど買い物はあちこち忙しなかったし……。こう、ゆっくりと会話を楽しむようなひと時がなかったわ」

「……はあ。そんなに会話を楽しむようなヒトでしたっけ、イインチョさん」

「あら。私、中学生の頃いきてたころはお喋りで有名だったのよ。椎橋くんとも沢山お喋りしたじゃない」

「校則違反でガミガミ言われた覚えしかねーよ」

「ちょうどいいわ。次の爆弾リセットまで暇だし、これまで話せなかったこと色々話しましょうよ」


 その緩んだニコニコ顔に、少しだけ、昔の記憶が呼び起こされる。

 あー、たしかに……委員長が机に肩肘ついて、クラスの女子と話してる時、こんな顔してたな。休み時間に姿を見かけた時は、専ら誰かと話していたような気がする。


「……話しましょうよと言ってもだな。何を話すんだ」

「うーん、そうねぇ……あ!」


 いいことを思いついた、そんな顔でぴょこぴょことポニーテールを揺らして立ち上がる委員長。


「私には、『あの』サイコロを作れる!」


 ……あの?

 ボン。ファンシーな煙と共に、『やばかった話』やら、『感動した話』やら、6面にさまざまな話のタネが書かれた、やたらと丸っこい『あの』サイコロが登場した。


「いや、二人でやるもんじゃねーだろこれ。時間帯ももう昼より夕方に近いし」

「『ご機嫌よう』なんだから時間は関係ないわよ」

「人がせっかくボカしてやってんのにそのワードを出すな」

「いいから振ってよ」

「なんでだよ、言い出しっぺのあんたが先攻だろこういう場合」

「ふ〜る〜の〜!」


 ……なんか面倒くさいテンションになってきやがったな。お喋りが好きなのはいいとして、こんなバカげた茶目っ気のあるやつだったか?

 どうせ暇だし、委員長に限ってないとは思うが、不貞腐れたら面倒だ。俺は黙って従い、地味にでかくて妙に重いそのサイコロを振ることにした。


「よいしょっと」

「……私には出る目をコントロールできる」

「あ? 今なんか言わなかったか?」


 コロンコロン……ゴロゴロゴロッ!

 委員長が何か口にした瞬間、サイコロは物理法則を無視した異様な回転をして、ピタリと『恋バナ』の目を上にして止まった。


「何も言ってないよ。あ、『恋バナ』だって! 恋バナだよ椎橋くん! あちゃー参ったね!」

「参ったねじゃねーんだよ。おいコラ、今明らかな不正があったよな」

「何? 日本語分かんないんだけど」

「そんな誤魔化し方するやつ、今どき小学生か時々警察24時に出てくるヤバい外国人以外いねーんだよ。サイコロ転がった瞬間なんか言っただろあんた」

「なんにも言ってない。私今まで喋ったことない」

「マジで何の勝算があってそういう嘘つくの?」

「い〜い〜か〜ら〜は〜な〜す〜の〜!」


 精神年齢が10歳くらい低下してないか? それか加速しすぎて老化まで加速してボケちまったのか?

 駄々っ子みたいに、いや駄々っ子そのものになった委員長は、両手をふりふり、俺に『恋バナ』を話すよう急かす。


「いくら本来は同い年とはいえ、20半ばの男がJK相手に恋バナするって……。どんな地獄だよ」

「いいじゃない。オトナらしい、トレンディでセレブな恋バナ聞かせてよ」

「前々からちょくちょく思ってたけど、あちゃ〜とかトレンディとか、あんたの語彙、ババアだよな」


 ブン。


「ぐわあああ!! ぺっ! ぶぇっ!」


 口元に異常な高音を感じ、すぐさま吐き出す。

 ……さっきまで普通に吸っていたヤニが、逆向きに……つまり、火のついている側が口の方に向いていた。

 こっ、この女! 加速した一瞬の間に俺にこんな絶妙に致命的な嫌がらせを!


「何しやがる! ちょっと口ん中に灰残っちまっただろうがッ!! ぺっ、ぺっ!」

「無垢な乙女にババアとか言うからよ。次言ったら目にやるわよ?」

「人をオッサン呼ばわりしといてその程度でキレてんじゃねぇ、この自己中サイコ女!」

「ん……それもそうね。悪かったわ。じゃあ今から神業でドス出してあげるから、それで好きなところ一突きしていいわよ」

「無垢な乙女は人生で一度も『一突き』なんて単位を口に出さねーんだよ。ヤクザかあんたは」


 ……なんだか、こいつが死ぬ前の日も、こうして言い合いをしてた気がするなぁ。たしかその日は親戚からもらった整髪料をつけて学校に行って、そしたら委員長に見つかって校則違反だと口うるさく言われて。

 あの日と同じ、余裕というには引きつりすぎた余裕の笑みを浮かべて。委員長は腕を組んでふんぞり返る。


「ふふん、分かったわよ椎橋くん。そんなに恋バナをしたくないなんて、あなたもしかして、その歳になってまだ彼女のひとつも出来たことがないんではなくて?」

「……まさか10年前に死んだ中学の同級生から童貞煽りされるなんて思わなかったが」

「えっ、ホントに?」

「ちげーよ」

「なら話してみなさいよ、ほらほら」


 ほらほら、うりうり、と委員長が鼻息荒くにじり寄ってくる。

 やっぱりドス出してもらえばよかったかな。


「別に話してもいいんだけど。賭けてもいいが、絶対に、絶ッッッ対に気まずくなるぞ。これからしばらく爆弾のために二人でここに待機しなきゃいけないのに、気まずすぎて目も合わせられなくなるぞ」

「そ、そこまで……?」

「そこまで」

「い、いや。一人だけでしょ? さすがに今までの恋人全員とそんな酷い恋愛したわけじゃ……」

「…………」

「なんでそこで黙るの!? えっ、ホントに聞いちゃいけない感じだったの!? ごめんごめんごめんごめん!」


 こいつ、俺が詐欺師だってこと忘れてるみたいだな。まぁ全てが嘘なわけではないが。

 慌てふためく委員長に不敵に笑い、俺は持ってきた水でさっき大惨事になった口をゆすぐ。


「――懐中電


 ――音は、なかった。


 この爆弾を街中から隔離するための、背の高い防護柵が……一瞬にして、『カットされた』。

 斬られたとか真っ二つにされたとかはそぐわない。当たり前のように、小学生が工作でカッターでコピー用紙を切るみたいに、斜め45度に切り捨てられた。


「……え」


 声が出るその瞬間には、俺は委員長に突き飛ばされていた。

 切られた防護柵が、敷地の内側に……つまり俺たちのいる方に倒れてきたのだ。

 地響きと、轟音。土煙。

 爆弾と俺を守るように立ちはだかった委員長の背中越しに、俺は……これをやってのけた成神の姿を。襲撃者の姿を、見た。


「拙者の名は懐中かいちゅうしるこ。18歳。東京都立西額さいがく高校三年生、進学予定は無し。昨日帰ってきた一学期中間テストは古典以外全て赤点。皆月流皆伝の剣道家。好きな食べ物と名前の由来は懐中汁粉。嫌いな食べ物はなすび。焼いたやつならいける。特技は剣道以外でなら早寝。目を閉じたら1秒で眠りにつくことが出来る。直前にホットミルクを飲めば0.6秒まで縮められる。趣味はキーホルダー集めと温泉巡り。スリーサイズは82・54・80。彼氏はいらないがホットパンツの女の子を見るとムラムラする」


 浴衣に近い、動きやすそうな蝶柄の和服に身を包んだ女性の剣士。


「外道院の穢れた宝具を斬りにきた。邪魔立てするなら……殺し斬る」

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