最低最悪の美しき爆弾
「このッ…………パブリックエネミーがァァ!!」
リリさんの絶叫がこだまする。
叫ぶのも当然だ。爆弾の残りリセット回数が872回ということは、つまり、6時間に一度のリセットが872回行われるまで終わらない。
単純計算、あと218日はこの爆弾を解除し続けなければならないということになる。
「我々は……爆弾が発見され、警察の機動部隊がお手上げだと助けを求めてきてから、丸10日ここにいる。ここで爆弾の解除とループへの対抗策を模索することだけをしている。食事や睡眠は取っているが正直不自由すぎて気が狂いそうだ。
それがあと218日だと!? 冗談も休み休み言いたまえッ、外道院みさこッ!!」
「『冗談も休み休み言え』ってヘンな言葉よねん。仕事の時に冗談言わなくない?」
「休みの時に言えという意味ではなく、頻度を開けるという意味での休みじゃあないかなッ!! あぁいや、決して君の間違いを正してメァウゥントを取りたいワケではないのだがッ……」
「もおおぉぉーー!! うるッッ――さい!!!!」
耳をつんざく大絶叫。
誰もが口を噤む静寂の中。声を上げた本人であるマヤンちゃんだけが、肩を上下させて、フー、フーと、荒い呼吸をしていた。
「……ハカセ」
「は、はいッ!」
「……私、言ったよね? 人を悲しませたり、人に迷惑をかけるような発明はやめてって。……今回のは何? 何人死んだのかな?」
「に……ニュフフ〜……」
「発見した一般の人。警察の機動部隊。14人の死者が出てるって聞いたよ。人の命を何だと思ってるのかな?」
「うーん。でもまぁ、私基本的に私以外の人間は全員死ねばいいと思ってるからにゃ。私、日本嫌いだから。いや世界全部嫌いなんだけど」
「…………」
「あっ! いやいや! マヤンちゃんは別よん! マヤンちゃんキャワだから!」
バチバチバチッ!
マヤンちゃんの身体が、稲妻のような青白い光を帯び始める。心無しか、周囲の温度も急上昇しているような……。
……き、『キレてる』んだ。マヤンちゃん。
彼女の中の喜怒哀楽の『怒』を、今まで見ることがなかった。その明朗快活さとお気楽さから、これからも見ることは無いと、数日間の付き合いで思っていたのだが……怒ると、こんなに激しいなんて。
「あぁっ、マヤンさん! 怒った姿もケゥゥーーットだがッ!! だが今は、今は私の美しい宝具が大事だから、どうか抑えて――」
「――黙れ」
帯電した稲妻が一気に収束し、野球ボールくらいの大きさにまとまる。
これは……何か、ヤバい!
「か、『加速』!!」
加速状態に突入してすぐ、宝多さんに体当たりして、今立っている位置から数メートルの場所に吹っ飛ばす。
勢いよくぶつかり、前のめりに倒れた私の後頭部に、激しい温度を感じた。
「ぶわっ!?」
「っ――……!」
青ざめる。
私のポニーテールは半分焼け焦げて消失。さっきまで宝多さんが立っていた位置には、マヤンちゃんが発射した電撃の塊によってできた、凄惨なクレーター状の地面の『抉れ』が出来ていた。
「ま、マヤンちゃ……」
「楽しみにしてたのに」
「えっ?」
彼女は……泣いていた。
未だその身に電気を纏い、怒りに肩を上下させながら、目から大粒の涙を零し、嗚咽している。
「久しぶりにリリさんに会えるから、すごく楽しみにしてたのに。早く宝具のことを終わらせて、リリさんと一緒に帰って……椎橋さんとも仲直りさせて、みんなで楽しくできるって…………」
「マヤン君……」
「なんで邪魔するの……簡単に人を殺せる道具を美しいとか言えるの……そんなものを999回もリセットさせて私の時間を奪おうとするの……! 意味わかんないッ!! お前らなんか……お前らなんかッ……!!」
やばい、また……今度は、さっきよりもでかいのが……来る!
場に緊張が走る一瞬。
――テテンテテンテテンテテン……♪
……あぁ〜だーきしーめーてーこの胸〜――
……絶妙に間の抜けたJ-POP。
私のLINEの着信音だ。こんな鬼気迫る状況で電話をかけてくる間の悪い奴はどこのどいつだとディスプレイの表示を確認する。
椎橋くん……? 何の用だろう。
「ご、ごめん。出るね」
「…………」
マヤンちゃんの帯電が少し収まった。
「も、もしもし? 悪いけど今取り込んでて――」
『爆弾の解除マニュアルを見つけた』
「えっ?」
「何だと!?」
耳元のスピーカーから漏れだしたその声が……私たちの間に、衝撃を生んだ。
#
『今は127回目のリセットだな。現在、爆弾は平べったい楕円形をしていて、楕円中央部に例の『INTERACTIVE』のプレート。その上下に2つずつ、星、月、太陽、雲のボタン。左右にガラスで覆われた、赤白緑青のコードが12本ずつ無造作に接続されている』
「……すごい、完璧」
『もう解除状態なんだよな。解除手順は、ボタンを月から雲、もう一度雲、次に太陽のボタンを押す。順番通りに押すことでガラスが開き、中のコードを赤白青の順番に1本ずつ切っていく。緑は残す。この手順で解除しただろ? 犬っころ』
「その呼び方は癪だが……その通りです」
「で、でも、どうして? 解除マニュアルって?」
『そこにいるんだろ、外道院。あんたに説明してもらった方が早いんじゃないか』
「ニュフ。そうだね〜、じゃあちょっと喋ろっかにゃ〜」
外道院博士は白衣をぶわっとはためかせ、かけてもいないメガネをくいっと戻す仕草をした。
どうでもいいが、ここに連れてくる前にちゃんとTシャツとホットパンツを着てもらっている。白衣をぶわっとやっても安心ということだ。
「種明かしをすると、今回の宝具は『爆弾』じゃないのよねん。『6時間ごとにリセットされる爆弾』と『記憶改竄効果のあるフラッシュを発生させる解除マニュアル』のセット。ニコイチなの」
「記憶改竄効果……!?」
「し、椎橋くん、平気なの!?」
『あぁ。あんたのおかげでな』
「へ……私?」
「爆弾解除マニュアルは、ここから何キロか離れた廃工場に置いたパソコンなんだけど〜。記憶改竄フラッシュの発動条件は、『爆弾に刻まれたコードの入力に失敗すること』なんだよにゃ」
『つまり……あんたから電話で聞いた『INTERACTIVE』を入力することができたから、俺は無事で済んだってわけだ』
なるほど……偶然、爆弾のことを知らない人間がマニュアルだけ見つけても、記憶を改竄されてしまってその存在を忘れてしまうということか。
「ここからは一般人くんも知らにゃいことだと思うけど。そのマニュアルは、爆弾がリセットされる度に新しいページが追加されるようになってるのよ。リアルタイム更新ってワケ。すごくない? 褒めて褒めて〜」
「ああッ、素晴らしい! 美しいよみさこッ!! クソッ、そんな素晴らしい宝具の発見を、あろうことか一般人如きに先を越されてしまうだなんて! オマイガッ!! オマイガッ!!」
『……そっちうるせぇんだけど。スピーカーモード解除してくれないか?』
「私たちはさっきからずっとこの地獄を直に体験してたのよ。もう少し我慢して」
外道院博士は自分の発明に惚れ惚れとして妄想の世界に行ってしまったようだし、宝多さんのツノはつやつやと光っている。私の帰りたいメーターはとっくに限界を超え、そろそろ亀裂が走りそうだ。
「それにしても……椎橋くん、なんで廃工場なんてところに?」
『……公園でヤニ吸ってたら、その工場跡が何かピカッと光った気がして。少し気になって中に入ったんだよ』
「そんな好奇心強い人だったっけ、あなた」
『暇だったからな。パチンコ打つ金もおろさなきゃなかったし』
「少しいいだろうか」
リリさんが、私の手元の電話に声が届くように近寄ってくる。
私もしゃがんで、出来るだけ声を拾いやすいようにスマホの位置を下げた。
「リリだ。まずは感謝しよう、よくそのマニュアルを発見してくれた」
『あんたの感謝なんかいらねーよ』
「すぐにでも、天秤座の活動に理解のある警察関係者に処理班を手配させましょう。その者にマニュアルの読み上げを行わせ、私が引き続き解除作業を行うことにします」
『あ? なんであんたが残る必要があんだよ。もう神業なんかなくても、マニュアルさえあれば素人でも解除できるだろうが』
「……外道院が全ての仕様を嘘偽りなく開示したとは思えない。リセットを続けていれば、何か不慮の事故が起こる可能性も有り得る」
『…………』
リリさんの言うことも最もだ。
「えー、嘘なんかつかにゃいよー」などと両手の人差し指をつきあわせている外道院博士。ハイテンションで間の抜けた言動に惑わされそうになるが、彼女はそもそも……発明した宝具で、大量に人を殺しているのだ。
彼女は狂っている。宝多さんもそうだが……彼らの発言は、どれだけの根拠が揃っていようと、全てまるまる信用するには足らない。
リリさんが不測の事態に備えて現場に常駐するのは、確かに、必須の事のように思えた。
『……俺があんたの代わりをしてやるよ』
「椎橋くん……!?」
意外な申し出。リリさんは、すでに水が貯められそうなほどに深い眉間のシワを、より深くする。
「……君は、まだ先頃私が言ったことの意味を理解していないようだ。私は何も君が無能だからという理由だけで君を退けたのではない。
私は成神だから失敗できるが……君は、死ぬのだぞ」
『天秤座の話を聞いた時点である程度危険な目に遭う覚悟はしてる。今回なんかはマニュアルのお陰で危険度も極限まで下げられている状態だ、この程度のリスクも冒せないで天秤座のメンバーでいられるわけねぇだろ』
「しかし――」
『ずっと帰れてなかったんだろ。マヤンと一緒に過ごしてやれよ』
「…………君は……」
「椎橋さん……」
マヤンちゃんの帯電が、完全に消える。
『昨日帰ったら、作戦室に高そうなドッグフードが置いてあったぜ。あんたの帰りを心待ちにしてたんだろう』
「マヤンくん……」
「……すぐ帰って来れるはずだったのに、何日も帰ってこなかったから。心配で……」
『爆弾解除したら6時間経つまでは空き時間があるんだろ。残りのリセットが終わるまでずっと箱詰めは厳しいが……少なくとも、今日明日くらいはマヤンと一緒にゆっくりしてやれよ』
「……しかし、」
「私も残ります」
リリさんとマヤンちゃんが、虚をつかれたように私の方を振り向いた。
「椎橋くんが、あの四六時中「パチンコ打ってないと手が震える」とかほざいてるカスの椎橋くんが、他人のことを気遣って申し出ているんですもの。私が何もしない訳にはいかないわ」
『今さりげなくカスとか言わなかった?』
「私がいれば、もし万が一何か起こっても、椎橋くんを護ることができます。……リリさん。私たちではふがいないかもしれないけど、今日は、マヤンちゃんと一緒に帰ってあげてください」
「…………」
リリさんは、どことなくバツの悪い顔で、マヤンちゃんの方を見た。
泣き腫らした瞳。本当にリリさんのことを思い、心配して、心の底から叫んだ跡がそこにある。
「…………楽な仕事ではないですよ」
『ただの人間だって、任された仕事はちゃんとやれるんだってことをお前に分からせてやるよ』
「ありがとうございます。今はゆっくり休んでください」
マヤンちゃんが、リリさんを抱き上げる。
本当にただの『少女と犬』という感じの構図。だが、あれだけプライドの高いリリさんが、嫌がりもせずマヤンちゃんの胸に収まることに甘んじている。
リリさんとマヤンちゃんには……確かな絆があるようだった。
「二人ともっ……本当に……ありがとう……」
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