変態狂奏曲

 ビデオ通話を発信すると、1コールと待たず、芳賀さんたちが応答する。


『ミスター椎橋ッ!!』

『涼! 大丈夫なのか?』

「ええ。まだまだ分からないことはありますが、とりあえず、今、PCルームで起きた事を報告させてください」

『分かった。聞かせてくれ』


 俺はPCルーム内で体験したことの全てを、事細かに話した。

 そして……まだ確信には至らないが、しかしほぼ間違いなく、宝具の本体であるPCは、現在天秤座が鎮静にあたっている『爆弾』と、相互に関係があるということも。


『……その爆弾の『合言葉』を入力できなければ、どうなっていたのでしょうか』

「おそらく、何らかの方法で記憶が奪われていたんだろうな。まだロッカールームは探索できていないので何とも言えないが、少なくとも作業場には異常性のある物は見当たらなかったし、人から記憶を奪う何かがあるとしたら、あのPC以外考えられない」

『別の宝具の存在を知らなければ絶対に回避できない記憶処理装置というわけか……そりゃ誰を調査にやらせても成果が得られないわけだ』


 本当に限られた状況、限られた場面、限られた人間にしか突破できない罠だったらしい。

 俺は『a jammy cow運の良い奴』だったってわけだ。こんなところで運を使ってないで、もっとフリーズ引いたり爆連したりすることに運を使いたいもんだね。


『工場内の様子が変化している点や、調査員によって通信途絶の状況が異なることから、PCが何度か移動している可能性がありますね』

『何はともあれお手柄だ、涼。引き続きロッカールームの探索をし、それを終えたら一旦帰還してくれ』

「承知しました」

『……涼。君はもう私の上司じゃないんだ、普通に了解とかでいいんだよ』

「クセですよ、クセ。別に治す気もありません。じゃあロッカールームを捜索します」

『君がいいならいいんだがね。了解した』


 その後ロッカールームを調べてみたが、特にめぼしいものもなく。

 ただ唯一……少し気になるものが。


「ロッカールーム、特に異常性のありそうなものなし。ただ、床に直置きされてる金庫の上に、妙な計算式の記されたメモ書きが」

『何か気になることが?』

「うーむ……見たことも無い関数の記号みたいなもんが使われてて意味は分からないが、何となく、この工場のものじゃない気がする」


 女ものと思しき、薄いピンクの地にハート柄の外枠が描かれた、少し派手めな正方形のメモ。

 小さな町工場の廃工場とは、雰囲気からして真逆だ。汚れもなく、最近ここに来た誰かが置いていったもののように思われる。


「カメラに映せてますか? 何か心当たりは?」

『ちゃんと映っていますが……特に』

『私も特に思いつくことはないね。とりあえず回収してみようか。分析してみれば何か分かるかもしれない』

「承知しました。ロッカールームも調べ終えたので一旦帰還します」

『お疲れ。缶コーヒーでも買って待ってるよ』


 通話を切り、手元のメモを観察する。

 鏡文字の『6』にトゲがついたような見知らぬ記号、『隱咲文字化け?の2乗』、『OdiF』という見たことも無い関数。

 高校数学程度の知識しかないから何とも言えないのだが、そんな俺でも分かる。出鱈目だ。こんな記号や言葉は普通の数学には存在しない。

 どんな計算をしているのかはさっぱりだが、メモの右下、『Ans:』の先を見る限り……この式の解は、『1分10秒』……らしい。


「……呪いの御札、とかじゃなきゃいいがな」


 分からんもんを考えても仕方ない。俺は芳賀さんに缶コーヒーを奢ってもらうのなんて何年ぶりだろうとか考えながら、工場の出口へ歩き出した。



「私には、『銃』が造れる」


 神業で、手の中に拳銃を創り出す。

 その銃口を外道院博士に向け、私は彼女を捕らえるべく、半歩ずつにじみ寄る。

 銃を向けられているというのに、外道院博士は余裕の笑みを崩さず、ベッドのシーツで優雅に自分の裸体を隠して口笛を吹いている。


「……大人しく従えば手荒なことはしません。私と一緒に来てもらいます」

「怖いにゃ〜。もっと仲良くしようよ〜」

「あなたの作った爆弾のせいで、多大な混乱が生じているのです。速やかに投降を……」

「その銃、『偽物』でしょ?」

「……!?」


 私は、動揺を隠せなかった。

 彼女は、成神ではない。ただ異常な頭脳と異常な性癖を持ったマッドサイエンティストで、本質は普通の人間なのだと、リリさんたちから聞いている。

 普通の人間を成神より下に見ているわけではない。だが、何の神業も使わず、私が神業で造った、『外見だけは本物に限りなく近いエアガン』をものの一瞬で見抜かれるとは……思わなかった。


「キミの神業は、『』じゃなくて『』。具体的に機能や内部構造が分かっていなければ創ることはできない。まぁ、『出来る』と強く思い込めば、認知できれば、例外はあるけれどにぇ」

「……何故、私の神業を、そこまで……」

「私は君のお婆さんみたいなもんだからね」


 ……は?


「私の理論を応用して君が生まれ変わったっていうか……あ〜、なんか思わせぶりに言っちゃったケド説明すんのメンドいなぁ」

「ひ、人の存在に関わることをそんな軽い感じで流さないでもらえます!?」

「なんかもう全部めんどくせ〜……爆弾? 爆弾のこと聞きたくて私探してたんだっけ? じゃあ無駄だよ、アレ1回ループ制御起動したら解除方法とかないし」

「はぁ!?」

「どこ連れてくの? 工事現場? 工場? どっちゃでもいーケド、歩くのめんどいから、お姫様抱っこして連れてって〜」


 ……な、何か、今、この人。嘘かもしれないけれど、何か、今までの私とマヤンちゃんの努力をゼンブ無駄にするようなトンデモないこと言わなかったか。

 とりあえずエアガンを消し、「私には、『地雷ファンデ』が出来る」。廃パチンコ屋で戦ったローリングさんの神業を真似して、ツタで外道院博士を拘束する。


「なんかこれ触手プレイみたいで興奮するね。私全裸だけど大丈夫? なんかビキニとか着た方がいい?」

「黙って!」

「え、もしかして『全裸が一番エロい』とか言っちゃうタイプかにゃ? 趣きがないなぁ、私女優が全部脱いじゃった後のシーンでは興奮できないタイプなんだけど」

「黙ってって言ってるでしょうが! 口にエアガン突っ込むわよ!」

「下の?」


 もちろん上の口にエアガンを突っ込んだ。


「あがががが!! ひみふほいへいへひひへふへキミすごい性癖してるね!」

「……とにかく、リリさんたちの所へテレポートしなくちゃ。ビンゴさんのやってたのを真似すればこのエロアマも運べるかな……」

へほほほひゃへひはははっはらでもこの喋り方だったら、|ほんはひほへはほほんふはいはんふひひっははらふひひへふはほ《どんな下ネタもコンプライアンスに引っかからずに言えるかも》!?」

「ねぇホントにうるさいんだけど」

「はんほ! ひっふふはいん! へっふふ! ひひょふひ! ふぇはひお!」

「あああああ!! うるっさい黙れッ、脳みそ小学生男子か!! 口に突っ込んだエアガン撃つわよ!」


 本気でイライラしてきた。相手が生身の人間なことも忘れて加速パンチを喰らわせそうになった。

 とにかくこんな発情期のクソバカに付き合っていられない。私は早々にここを出て、リリさんたちにこの女の相手を押し付けることにした。



「だ〜からっ、ホントにど〜しよ〜もないんだってばさ〜……最初からループを止めるシステムなんか作ってないの〜」

「貴様……ふざけているのか!」

「フザけてなんかないよ〜ん。てか、世の中にメーワクかけることが大好きな私ちゃんが、キミらみたいな正義の味方に都合のいいシステム設計するわけねーじゃん。ワンコの頭じゃわかんにゃいかにゃ〜?」

「グ……ヌググ……言わせておけばァッ……!!」

「まぁまぁ、レディに対してそんな怒鳴るものじゃないぞ犬畜生」


 宝多さんはご機嫌な様子でツノを撫でながら、スタスタと歩き、外道院博士の手を取った。


「外道院博士……いやみさこッ!! やはり君は美しい……美しく、美しく、美しいぃぃッ!!」

「ニュフフ〜、ありがと〜。宝多きゅんは相変わらずキモイね〜」

「君の事を美しいとは思うが正直絶対に君の方が色々な面で気持ち悪いと思うぞ!」

「どっちもどっちだろ」

「どっちもどっちだよね」

「どっちもどっちだと思います」

「だがそんなことはどうでもいい! なぁみさこ、正直もうこの宝具飽きたんだ! 新しいのを出してくれないかッ!!」

「縋るような顔で何を言うんだこの馬鹿野郎!?」


 リリさんが馬鹿野郎と言ってくれなければ危うく軽いツッコミ感覚で宝多さんをぶん殴っているところだった。

 私たちに町中走り回らせておいて何言ってんだこの変態。ツノへし折られたいのか。


「今回の宝具もまぁ悪くは無いんだよ、たしかにループして何度も何度も爆発する爆弾なんてエッックスィアィトゥイングでキュゥゥルではあるがッ、そろそろ新鮮味がなくなってきたんだよ!」

「あー、まぁそうかもねー。爆弾ってサイコーにスリリングでヤバくてエモくて可愛いけど、こう何回も繰り返してると感覚マヒしてきちゃうよね〜」

「変態どうしで共感しあうなッ!!」

「な、なぁ、あるんだろ? 新しく新しく新しい、素晴らしく素晴らしく素晴らしく、美しく美しく美しい新作宝具……!! く、くれよ……ほしいんだよくれよぉぉぉぉ!!」

「わ〜、ただでさえキモイのにこう迫られると地獄級にキモイね〜宝多きゅん。性癖の波長があってなきゃ口もききたくないレベルだよ〜」


 …………。


「……マヤンちゃん。あの。ダメなのは分かってるし断られるのは明白なんだけど。でも。あの。

 …………帰っていい?」

「あはは。……逃がさないよ」

「…………」

「全員限界が近いのは分かっています。ですが耐えてください」


 私もマヤンちゃんも頭を抱えてうずくまった。

 誰だか知らないが私を生き返らせた人間、絶対に許さないからな。こんな思いをするくらいなら死んだままでよかった。


「まぁでも。今新しいの出したらみんなパンクしちゃうんじゃないかにゃ〜。あと900回くらいあるっしょ? こういうのって、そういうバランスが大切だからさ」

「そこをなんとか頼むよォ〜」

「ま、待てッ!! 今なんと言った!?」


 ……え。

 今、何か。背筋が凍るような、絶望的な、滅茶苦茶な、最悪なことを言わなかったか。


「きゅ……900回……だと?」

「今のリセット回数何回?」


 外道院博士が爆弾に歩み寄り、カチャカチャと自前の工具で中の機材をいじくる。


「127回かぁ。君たち頑張ったね〜、ていうか暇なの?」

「おい、何を……」

「リセット回数。999回リセットされたら止まるのよね、これ」


 ……は?


「だから、あと872回かな? 残り872回リセットされたら終わるよ〜。頑張れ頑張れ、ケンチャナヨ〜」



 現在時刻 13:23

 次回爆弾起動周期まで 残り4時間37分00秒


 残りリセット回数 872回

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る