宝具【番号未定】;『マニュアル』

「入りました。中は……暗いですが、窓が開いていて、陽が差し込んでいるので、視界は良好」

『ありがとう。ふむ、カメラを通してこちらから見る限り、前回潜入時から特に変わったところはなさそうだね。進んでくれ』

『これまでの調査では、潜入後最短4分で通信が途切れています。ご用心を』

「はいよ。と言っても何に気をつけりゃいいか分からんが……とにかく周りをよく見ることにするよ」


 工場内には、ドリルや各種工作機などが雑多に置かれている。学校の体育館くらいの広さしかない上に、特に視界を遮る大きな物体もないため、工場内に入って数秒でほぼ全体を見渡すことができた。

 特に変わった物品があるようには思えないが……念の為、作業場をぐるっと回ってみることにする。


「作業場を歩いていますが……旋盤、ドリル、機械の一部らしき金属のでかい板とか……特に異常なものは見当たりません」

『わかった。以前の調査員の報告によると、中には狭いロッカールームとPCルームがあるらしい。作業場の調査を終えたら、そこを探してくれないか』

「承知しました」


 まるで肝試しだな……いちおう懐に組でもらったピストルは忍ばせたままだが、何か化け物とかが出てきたとして、ロクに撃ったこともないコイツで相手になるかどうか。

 ていうかまず、撃てる実体を持った相手なのかどうか。

 考え事をしながらも、ぐるっと作業場を回り終わる。観察すればするほどに、この工場が何を作るためのものだったのか分からなくなってくる。


「……金属板、アンテナ、カーペット、壁にぶら下げられたノート、薬局に置いてある人形、テディベア。置いてるものに統一感がなさすぎます」

『そのような報告は以前なかったな。外道院氏が置いていったか、或いは認知による変遷か……』

『いずれにせよ記録しておきます』

「だいたい作業場は終わった、これよりPCルームの探索に移ります」

『ご用心くださいね』


 用心したところで何かできるとも思えんが。ビビり散らすことが用心だというならとっくにしているし。

 さて、奥の2個並んでるすりガラスつきの個室トイレみたいなドアがロッカールームとPCルームなのかな。


「ちなみにですが、以前の記憶を失った構成員たちにも映像の記録はさせたんですよね? 最後に映ってたのは何だったんです」

『みんなバラバラだ。記憶喪失の原因の参考にはならないだろう』

『突如として画面がホワイトアウトし、カメラの通信が切れてしまったのでございます。パチンコ大好きな椎橋さんに分かりやすく申し上げるのなら、『ぷちゅん』というやつです』

「マジか、激アツだな」


 信頼度77%ってとこか。


 さて、PCルームの扉を開く。建付けが悪く、一旦スマホをジャケットのポケットに入れ、ドアノブを回しながら左肩でぐっと体重をかけることでやっと開けられた。

 ギギ、とか、ガボ、みたいな、建物から鳴り出す音として非常に不安になる錆びた音と共にドアが開いた。

 PCルームの中はほとんど物置部屋みたいになっていて、肝心のPCは、この令和の時代にこんなものがあるのかという感じのブラウン管デスクトップのものが1台あるだけ。

 相変わらず、右腕のないマネキンやらタイヤやら、突拍子のない雑多なものが散らばっている。

 ドアを閉め、再びスマホを取り出す。


「……ん?」


 通話が切れている。

 それどころか……4G回線が使えない。都内だというのに圏外になってしまっている。

 何だ……これが宝具の効力か?

 微妙な違和感に少し冷や汗をかくが、まずは冷静に部屋から出よう。作業場に戻れば回線は回復するだろうし、もう一度通話を繋いで指示を仰ぐべきだ。

 部屋から出るために、今度は内側から、先程と同じように体重をかけてドアノブを回す。


「くっ……ん……? お、重い……?」


 重いというか……コンクリートの壁に向かって延々と押しくら饅頭でもしているかのように、全く手応えが感じられない。

 嘘だろ、閉じ込められた……!? 連絡がつかないこの状況で!


「何が起こって……!? おい! 誰か何かしたのか!? 開けろ!」

『Please enter the bomb code.』

「ハッ!?」


 何だ、今の声。どこから……英語みたいに聞こえたが……。

 声の主はすぐに分かった。PCルーム内、1台だけあるブラウン管のパソコン。薄暗い部屋の中で、ぼんやりと黄色い光を放っている。

 恐る恐る近付いてみる。画面には大きく、『爆弾解除マニュアル』と書かれており、その下に、小さな入力フォームがある。


『Please enter the bomb code.』

「まただ……エンター、ザ、ボム、コード……爆弾のコードを入力しろって事だよな……?」

『Please enter the bomb code. Hurry up急げ.』

「なッ……!?」


 ハリーアップの音声と共に、画面上に数字が表示される。

 残り58秒。57秒。

 何だ。ゼロになると何が起こる!? まさかこれが調査員たちの記憶を奪った仕掛けなのか!?

 がむしゃらにマウスをカチカチと操作するが、カウントダウンは止まらないし、表示も消えない。パソコン自体の電源を落とそうとしてみるが、それも駄目。全く効かない。

 唯一操作が効くのは、今もチカチカと縦の棒が点滅している、入力フォームのみ。


『Please enter the bomb code.』

「くそッ……何だ、何なんだよ!」


 残り27秒。


『Please enter the bomb code.』


 考えろ、考えろ、考えろ!

 爆弾のコードって何だ!? 爆弾のコード、爆弾、爆弾なんてそんなもん、この日本で普通に生きてて見聞きするわけ……。

 残り20秒。


『Please enter the bomb code.』


 ……待てよ。『見て』はないが『聞き』はしたぞ、それもついさっき。

 記憶の濁流が、一気にぶわっと脳みその表層を走り抜ける。

 電話、委員長、宝具……。


「……あっ!」


 そうだ! 宝具!


『Please enter the bomb code.』


 委員長たちが今対処している宝具……たしかあれも爆弾だったはずだ。

 そして、こいつも……正確にはこいつが本体かどうかは分からんが、宝具であることは間違いない。

 二つの宝具。爆弾というキーワード……!!

 残り12秒。


『Please enter the bomb code.』


 だが、爆弾のコードって……!?

 クソ、思い出せ! あの電話で委員長はなんて言ってた!? 爆弾についてどんな話をしてくれた!

 残り10秒。

 残り9秒。

 残り8秒。


『Please enter the bomb code.』


 もし……もしも、こいつが、この『爆弾解除マニュアル』が、あの爆弾を解除するためのものだとしたら。

 2つの宝具。互いが互いに関わり、影響し合う。

 委員長が教えてくれた、爆弾のプレートに書かれた英単語。


 残り5秒。

 残り4秒。

 残り3秒。


『Please enter the bomb code.』


 思い出した。


INTERACTIVE相互作用ッ!!」


 元モノカキ仕事のタイピング能力をフルで発揮し、俺は最高速でキーボードを叩く。

 縋るような気持ちで、目を瞑りながらEnterキーを押下。


『――OK. Welcome, a jammy cow運の良い奴.』


 タイマー表示は、残り1秒で止まっていた。

 どっと嫌な汗が吹き出る。間に合わなかったらどうなっていたかは知らんが、とにかく助かったようだ。クソが。

 ガチャリ。音がした方を向くと、先ほどまで謎の力で厳重に閉じられていたPCルームの扉が、ひとりでに開いていた。

 ……タネは分かった。一旦ここを出て、作業場でもう一度外の芳賀さんたちと通話を繋ぐか。


 俺は胸ポケットから取り出したハンカチで額の汗を拭い、PCルームから一旦退出した。



「へぇ〜。やるじゃにゃ〜い、凡人クン」


 モニタの前でぱちぱちと拍手をし、ラスト1枚のピザをぺろりと口の中へ。


「ニュフフフフ。けっこう盛り上がってきてくれてお姉さん嬉しいな〜。真面目ちゃんも何か閃いたみたいだったし、そろそろ私も見つかっちゃうかな」


 ま、今更逃げる宛もないし、そもそも2メートル以上走る体力ないし。

 ちょうどピザも食べ終わったから、のんびりお昼寝でもしてお迎えを待つことにしちゃおっかな〜。

 私は唯一の着衣であった白衣を脱ぎ捨てて全裸になると、床に向かってリモコンを操作し、ベッドを出現させてその上にダイブし


 ドォオオオオォォオオォォーーーーーーンバカバカバカグァバババズドドォォオオオォォドンギャンブブババナッシャアァァーーーースドドドドドゴゴォォォォン!!!!!!


 ギャグ漫画でしか聞いた事のないような滅茶苦茶な音がして、部屋の入口付近が吹き飛んだ。

 のんびり時間が吹っ飛ばされたことに関しては何も言わないとして、私が今この瞬間入口付近にいたら間違いなく死んでたと思うんだけど。そこんとこどうなのかしらん。

 土煙が消え去るのと共に、ショッキングピンクのマントに身を包んだ、スーパーヒーローのご登場。


「私には……『テレポート』が出来る」

「やぁ、思ったより早かったね〜。なんか飲む? うち、レッ〇ブルとゾー〇しかにゃいけど」

「外道院博士。あなたを捕縛します」



 現在時刻 12:51

 次回爆弾起動周期まで 残り5時間08分11秒

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