『なにも出来ない』

 目的地であるTU基地近くの廃工場へは、俺が二人を乗せて車で向かうことになった。

 あんたらは成神なんだから飛んで向かった方が早いんじゃないのか? と聞いてみたが、キャベンディッシュは「風を浴びるとお肌が乾燥しちゃう〜、やむ〜」とかほざいて、芳賀さんに至っては微笑みを返すだけだった。

 報酬とは別にガソリン代も請求しようと思う。

 芳賀さんが、今日はまだ新聞を読めていないと言うので、カーナビのテレビのチャンネルを情報バラエティからニュース番組に変える。


『速報です。女優の中田みすず氏が、先ほど傷害および殺人未遂の容疑で現行犯逮捕されました』


 中田みすず……? ワイドショーで聞いた名前だが、殺人未遂とは穏やかじゃないな。

 助手席の芳賀さんが、小さく息を吐いて脚を組みかえた。運転中なので顔は見えないが、成神が一般人を襲った事件に、何か思うところがあるのかもしれない。


『警察の発表によると、中田氏は、会話が不可能なほどの興奮状態にあったとみられ、現在薬物検査が実施されているとの事です』

「……オディール化、か」


 オディール……? 芳賀さんが言った言葉を正確に聞き取れた自信はないが、俺の知らない成神の世界の用語だろうか。


 それからは特に会話らしい会話もなく、廃工場の元々の駐車場らしきスペースに車を停め、俺たちは廃工場の前に立った。

 『立った』とはそのまま解釈してほしい。立ったまま、誰も何も言い出さず3分経った。立つことしかしていない。


「中に入らないのですか、りょーちゃん」

「次その呼び方したらぶっ飛ばすって言ったよな」

「きゃー。こわーい」

「……あのー。芳賀さん。もしかして、これ、俺一人で入るのですか。特に何の装備や用意もなく入るのですか」

「『そんな装備で大丈夫か』ってやつですね」

「あぁ。説明が足りなかったね」

「で、ですよね! なんかさっき言ってた宝具探査機みたいな大爆笑おもしろトンデモ科学アイテムが……」

「スマホで電話つなぎながら、中の様子を実況してほしい」

「中学生か! 中学生が子供たちだけで企画した小規模な肝試しか! 今どき動画配信者でももうちょいちゃんとした器具身につけて入るわ!!」

「あ。じゃあ、これを腕に巻いておいてください」

「おお、なんか凄そうな機械ついてるし、これぞお助けアイテム……」

「心拍計です。これでりょーちゃんのビビり度は全部まるっとお見通しというわけで……」


 一度腕に巻いた心拍計を外し、地面に叩きつけて全体重をかけて踏み潰す。


「あぁーー!?」


 その上5回にわたってダンダンダンダンダンと踏み砕く。


「あーーあーーーーっ!! いやーー!!」

「芳賀さん! マジで言ってるんですか!? 何もないならせめてどっちか同伴してくださいよ!」

「そうは言われてもね。私たちが記憶を失ったら、それこそこの宝具に対応出来る人間はいなくなるわけで」

「大人しく人柱になれってことですよこのヘクトパスカル野郎ッ!!」


 自分の持ち物を破壊された怒りで、キャベンディッシュが頭を沸騰させよく分からない罵倒を放ちながら地団駄を踏む。


「は、芳賀さん。冗談抜きで俺には『なにも出来ない』んですよ。俺はただの一般人で……」

「出来なくてもいい。ただ、調査を試みてくれればいいんだ」

「う……そうは言いますが……」


 アホお嬢様は置いといて、どうやら芳賀さんもマジで俺を丸腰手ぶらで突撃させるらしい。

 金がもらえるならと軽い気持ちで、というか射幸心に煽られて引き受けてしまったものの、これ、非常にヤバいんじゃなかろうか。

 と、ようやく事の重大さに気付いて膝がガクガク震え出した時。懐に入れていた携帯が激アツな着信音を鳴らした。


「あ! 電話だ! ちょぉーっと出てきますね失礼失礼!」

「逃げるなーー!!」


 逃げるなと言われて待つ奴がいるか。

 俺はひとり駐車場まで戻り、車の中に逃げ込んで電話に……ん?


「委員長?」


 昨日スマホを契約してもらったらしく、今朝、クソ犬共の所に向かう車の中で電話番号を交換したばかりの委員長の名前が、ディスプレイに表示されていた。

 あいつは今、クソ犬共と宝具の対応にあたっているんじゃないのか。違和感を感じながらも一応出る。


「もしもし?」

『あ、椎橋くん? よかった、出てくれた』

「は? ……ははっ、なんだ、さっきので拗ねて出ないとでも思ったのか?」

『そうじゃないけど……椎橋くん、成神のことについて話す時複雑そうだし。何か、思い詰めてるんじゃないかって』

「…………」


 電話での会話なのに、バツが悪くて、俺は視線をあちこちにずらした。

 ある意味で同い年とはいえ……高校生の女の子にこんな風に心配させて、情けないよな。


「心配かけたな。俺は大丈夫だよ、そっちの宝具はどうなんだ?」

『あぁ、えっと……。……椎橋くんに教えたこと、リリさんに知られたら怒られるかもしれないけど、いいや。話しちゃうわね』

「いいのか?」

『いいの。……今回の宝具は、爆弾よ。表面に『INTERACTIVE』って文字の書かれたプレートが埋め込んである。解除しようが爆発しようが、6時間後には元の状態にリセットされる、タチの悪い爆弾』


 インタラクティブ……あんま聞き慣れない英単語だな。訳すと、相互作用、とかだっけ。

 委員長はそのあと、現在の宝具を巡る状況について大まかに教えてくれた。現在、クソ犬と宝多って奴が爆弾の解除にあたっているらしい。


「そいつは……大変そうだな」

『本当にね。それで、爆弾のリセットループを止める方法を製作者本人から聞き出すために、今、私とマヤンちゃんで『外道院博士』という人物を探しているの』

「げ、げどういん……?」


 インパクトえぐすぎるだろ。全日本マッドサイエンティストっぽい苗字選手権第一位だよ。


『その反応からして、知らないようね』

「あ、あぁ……。役に立てなくて悪いな」

『知ってた方がビックリするわよ。とりあえず、この電話で話したかったのは、今言ったことと……あともうひとつ、ブラックセーラーについて教えてほしいんだけど』

「ブラックセーラー?」


 主人公が委員長をモデルにして描かれている、興梠ジョーの漫画。それが今なんの関係が?


『漫画の中で……アニメでもいいんだけど。ブラックセーラーが、物とか人を探すシーンって、なかった?』

「……質問の意図は分からんが、あるぞ」

『そのシーン、出来るだけ細かく説明できる?』

「え、えーと……」


 そんな急に言われてもな。読んでるとはいえ、ファンと名乗れるほど熟読してるわけじゃないし。


「4巻くらいだったかな……」

『そこはどうでもいいッ!!』

「あんたが出来るだけ細かくって言ったんだろうが!」

『ご、ごめん。でも、メタ的な情報はいらないから、作中での事だけ、詳しく話してほしいの』

「はいはい。えーとな……何者かに誘拐されたワカバって子供を探す時に、ブラックセーラーは家族に、その子の写真を見せてもらうんだ。

 それで、目を閉じて日本地図をイメージする。その状態で、『ワカバの位置を示せ』って呟くと、イメージした地図の上に赤い点が浮かんで、ワカバの位置が判明。ブラックセーラーはそのポイントに急行する……。

 というのが一連の流れだ」

『……なるほどね。日本地図をイメージして、探す対象を発声する……と』


 サラサラと、筆記具が紙を叩く音が入る。わざわざメモするほどのことなのか?


「なぁ、なんかこれが役に立つのか?」

『ええ、大助かりよ!』

「……ならいいんだが」

『間違いなく、椎橋くんの今の話のおかげで、私は今回の宝具を止めることが出来る。だから胸を張りなさい』

「……それはどういう、」

『じゃあね!』


 ぶち。通話は突如として乱暴に切られた。

 ……最後の質問に関しては、結局何がなんだか分からなかったが、確かに一つだけ言えるのは……彼女は、俺を励ましてくれた。

 たしかに俺には『なにも出来ない』、ただの一般人だ。これまでもこれからも、それは変わらないだろう。

 だが……。


「……騙されたと思って、やってみるか」


 詐欺師やってた奴の言うセリフじゃねーなと、少し自嘲してしまう。

 車から出て、スマホを握りしめ、俺は2人の元に戻った。


「お待たせしました」

「お。……ふむ、目の色が変わったね」

「…………」


 キャベンディッシュはまだいじけているらしい。


「やるだけやってみますよ」


 『なんでも出来る』彼女にあれだけ言われて、なにも出来ないなんて言い訳、いつまでもしてる訳にはいかないからな。

 『なんとかしてやる』。

 『なにかしら爪痕を残してやる』。

 俺は顔を両手で叩き、自分を奮い立たせ……。


「……俺には、『調査』が出来る」


 廃工場の中に、足を踏み入れた。



「……解除完了」


 爆弾のランプが緑色に光り、時限発火装置の解除を知らせる。


「ご苦労。いやはやしかし、解除マニュアルなどもないのによくやるよ」

「外道院が作ったものだからな。警察犬時代に目にした『ちゃんとした爆弾』のような構造じゃない。パーツや解除手順もパズルじみているから、手順書がなくとも計算と傾向からの予測で解けるようになっているのだよ。まぁ、並の人間では解けないだろうがね」

「ご苦労。聞かれてもないことをペラペラと。まぁ私はこの宝具を無力化してコレクションできれば何でもいいから、せいぜい頑張ってくれたまえよ」

「…………」



 現在時刻 12:30

 次回爆弾起動周期まで 残り5時間29分30秒


 


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