3.『100日後に死ぬ神と6時間後に爆発する宝具と詐欺師の本懐』

クレバーシェパード・リリ

『おはよう。申し訳ないが、トラブルが発生しているようだ。二人とも、マヤンちゃんと一緒に、11時頃に以下に書かれている住所に向かってくれ。タクシーなど使ってくれても構わないよ、経費として計上する。

 本来ならぼくやカズが対応すべきなんだけれど、どちらも今日は生放送の仕事があるから。

 向こうでは、リリというシェパード犬がすでに対応に当たってくれているはずだ。気難しいヤツだけど、どうか仲良くしてやってほしい。

 では、お願いします』


 朝起きて、若干二日酔いの残ったダルさの中で顔を洗ってスーツに着替え、作戦フロアに降りたところ、すでに起きてきていた委員長がこれを見せてくれた。

 やれやれ、やっぱり大半が有名人の成神で構成されてる組織はこういう問題があるよな。俺と委員長とマヤンで向かえって、大人は俺一人じゃないか。

 あと、リリという犬のことも気になるな。たしか似たような名前の警察犬の話を何かで見たことがある気がするが……。


「昨日、ずいぶん遅かったみたいだけど、何してたの?」

「ん? ……友達と飲んでただけだが」

「ふぅん……」


 委員長の、どことなく納得していない感じの「ふぅん」に、俺は複雑な気持ちで頬をかいた。

 結局、今俺が天秤座に所属しているのは、ほとんど委員長の付き添いみたいなもので。昨日、TUに仮の形だが参加することになったのを、伝えるべきか少し迷う。

 認知の影響で世界が改変されているのであれば、その歪みを取り除くことはつまり……委員長を、死んだ状態に戻すことに繋がる。

 元々はそれこそが彼女自身の望みだったのだろうが……天秤座に所属している今、TUの思想はビンゴらとは相容れないものだろうし、世話になっている以上、TUに手を貸すことは彼らを裏切ることにも繋がるだろう。


「…………な、何?」


 朝から難しい思考を巡らしすぎたせいか、無意識のうちに委員長を見つめてしまっていたらしい。

 困惑して苦笑する委員長から慌てて目を逸らし、額に手をやる。


「悪い。二日酔いでボーッとしてただけだ」

「もう……大丈夫なの、そんな調子で」

「朝飯食えば治るよ。まだまだ時間あるし、とりあえず食べよう」


 ビンゴの書置きにあった住所に向かうとなれば、こっからなら車で30分程度で着くだろう。

 さて朝飯を……と、テーブルの上に置かれた、ラップのかかったサラダとトーストする前の食パンを見て、そういえば、と俺は彼女の姿をきょろきょろ探した。


「マヤンは?」

「電話かかってきた! って言って、エレベーターで下に降りていっちゃった。20分前くらいかな」

「ずいぶん長電話だな」

「……電話が鳴った途端、急いでスマホを胸元に抱き寄せて私から隠したから。あんまり邪推しちゃダメだと思うけど、たぶん、親御さんじゃないかな」

「あぁ……家出してるんだっけ、あの子」


 本人や保護者のビンゴの言動から、ある程度親御さんから容認された家出なのだろうが、成神とはいえ、中学生を長い期間ほっぽり出していて平気なんだろうか。

 まぁビンゴの元に置いとけば安心か。人の事情をあれこれ詮索するものでは無いと、俺は思考を停止する。


 そのあとすぐ戻ってきたマヤンと一緒に朝食をとり、俺は2人を乗せて車を走らせ、ビンゴに指定された目的地へと向かった。



「2人を運んでくれて感謝します。が、君は帰りなさい」

「…………」


 着くなり、見知らぬ犬にそんなことを言われる。

 目的地は、都市部から離れた、かつて大型商業施設が幅を利かせていた数ヘクタールほどの土地だった。

 現在では工務店の名前が書かれたパネルで囲まれており、外からはブルドーザーやショベルカーなどの工事用車両が見える。

 直近の駐車場に車を停め、そこから徒歩で三分ほど歩いたところ、現場の前で待ち構えていたシェパード。非常に不機嫌そうにこちらを見ている。


「……えーと」

「は、初めましてリリさん。私は……」

「ビンゴくんから聞いていますよ。新規加入した時任神奈子くんと椎橋涼くんですね。歓迎します。

 私はリリ。元警察犬で、現在は天秤座に棲みついて成神との研究を行っています。こう見えても学者です」


 リリと名乗る犬のことを、委員長は知っていたらしい。こっちは喋る犬というだけで面食らってしまっているのだから、知っていたなら事前に話しておいてほしかった。

 にしても、聞き慣れない単語が出てきたな。


「宝具って? ビンゴからは聞いていないが」

「それはこれから説明しますが、君は聞く必要のないことです」

「……は?」


 いきなりなんだこの犬。あからさまに迷惑そうにしやがって。


「たしかに天秤座のこれからに、一般人の『意見』は必要でしょう。ですが、それまでです。正直言って、備え箱の防衛作戦に君を同行させたビンゴくんの判断は軽率で愚かだと言わざるを得ない」

「ちょ、ちょっと、リリさん!」

「……さっきから、初対面なのにイキナリご挨拶じゃねーか。俺が無力なのは認めるが、言い方や態度ってもんがあるんじゃねーのか?」


 おろおろとリリの鼻先に事前に用意しておいたドッグフードを出すマヤン。その手のひらを前足で押し返して、リリは鼻を鳴らす。


「何を。私が、君のために、言い方や態度に気を付ける必要がありますか?」

「成神がただの人間に気を遣うわけがない、と?」

「そう解釈してもらって結構。それに、無力なのを認めるとか言ったが、君はちっとも分かっていない。成神が無茶を出来るのは、成神だからだ。大概において死ぬ事がないからだ。その点、君は死ぬ」

「…………!」

「成神には一般人を守る義務があるのです。正直言って迷惑なのですよ。今回の任務において、君の護衛に割くリソースなどありはしない」


 委員長が何か言いたげに俺とリリを交互に見るが、やがて諦めたように、視線をフェンスの先に移した。

 たしかにこの犬っころの言っていることは正論だ。俺は役立たずだし、姫路カテドラルでの防衛戦も、ライト係しかやることはなかった。


「……分かったよ、帰ってやる。お前の態度に納得はしないがお前の言葉は納得だよ」

「ふむ。ありがとう。人間の割には理解が早くて助かるよ」


 このまま黙って背を向けて帰るはずだった俺の足は、その言葉によって引き止められる。


「……間抜けな捨て台詞だと思って聞き流してくれればいいが。俺が一番嫌いなのは、お前みたいに、運良く成神になれたからって普通の人間を見下す奴だ」

「運良く? 君は成神になるための努力をしているのかね? まぁどうでもいいが」

「俺はそこのなんでも出来る人とは違って、次の仕事が決まったら天秤座は出て行くつもりだ。意味の無い喧嘩はお互い損にしかならんだろう」


 ……あぁ、胸糞悪い。


 俺は逃げるように車に戻ると、二度三度舌打ちをして、ヤニに火をつけてパチンコ屋に向かうことにした。



「リリさんのあほーーっ!!」


 椎橋くんの車が見えなくなるなり、マヤンちゃんが半べそかいて膝をつき、リリさんを乱暴に撫で始めた。

 意外にもリリさんはされるがままだ。


「なんであんな意地悪言うの! 椎橋さんだって、ビンゴくんに言われて来てるんだから、あんな邪険に扱われたら怒るに決まってるよ!」

「私はあくまで彼のために事実を言ったに過ぎませんよ……顎はやめなさい、顎は」


 椎橋くんのことは心配だが……彼は私と違って大人だ、イライラした気持ちも、きっとすぐに自分で処理して帰ってきてくれるはずだ。

 私も椎橋くんの友人として、リリさんの物言いに思わないところがないわけではなかったが。本人が怒りにまかせて行動を起こしたりせずすんなり引き下がったのだから、私もやるべき事をやらなくてはならない。


「それで、リリさん。説明を」

「あぁ、そうですね。事は一刻を争う。簡潔に述べると、この仕切りの向こう側の土地には……『爆弾』がある」


 爆弾。

 なんとなく、この大袈裟に隔離された雰囲気から物騒なものが中にあることは想像がついたが……爆弾、か。

 フィクション以外で聞くのが初めてなその単語に、私は唾を飲んだ。


「大変だね。でもリリさん、『宝具』ってことはタダの爆弾じゃないんでしょ?」

「その通り。宝具とは、成神の出現と同時期に現れ始めた、およそ一般の物理法則や常識からかけ離れた異常な効力を持つ物品、土地、生命体、事象などを指す言葉です」

「異常な効力……」

「その他の宝具の例などはおいおい話します。今回の場合は……その爆弾が、『何度爆発しても、何度解除しても復活する』という異常性を持っているのです」



「1分12秒……まだまだって感じね〜……」


 少し顔が強張るのを自覚し、私はメインモニタから目をそらす。

 最高傑作はいちおう完成した。けれど、まだだ。いつか来る『その時』のために、私は、次の理論を完成させなければならない。

 その為には……。

 やめやめ。こういう『マジ』なのは似合わない。私はいつも通り『ニュフフ』と笑って、エナジードリンクを一気飲み。


「さてさて〜、こっちの調子はいかがですかっと」


 カチカチ。マウスクリックで待機画面を解いたサブモニタ。映し出されているのは、深刻な顔をした犬と女の子2人。

 彼らの様子を見てほくそ笑んだ女は、すっかり冷めた宅配ピザを一切れ、ぺろりと丸呑みした。


「ニュフフ。さて、今回はど〜んな風に私の発明品で遊んでくれるのかにゃ〜?」

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