47 四足歩行


私事ですが数ヶ月前に転職しまして

新しい職場で楽しく働かせて

頂いております。


そこで新しく知り合った、

年下の先輩、浜田さん(仮)から聞いたお話です。


浜田さんはホラーゲームをしていたりと

オカルトが苦手ではないのですが、

私とは違い、怪談師という存在を知らなかったりと、怖い話というものには疎い方でした。


そんな彼女に、実体験はないか伺うと

「怪談ってよく分かってないから

 これが怖い話なのかピンときてないです。

 それに今でも、

 ただの見間違いだとしか思ってませんし。」

という懐疑的な前置きで、

幼少期の思い出を語られました。




浜田さんは家族揃って、観光が大好きでした。


旅行先で質の良い食事をすることが一番の楽しみなんだそうです。


浜田さんが小学校に上がる前の

まだまだ幼い時に、父親の仕事が休みということで、家族揃って旅行にでかけました。




観光名所を巡って疲れた一日の終わりに

泊まったのは旅館。


浜田さん一家は2階の部屋へ通されました。




温泉や夕食が終われば、

これといった楽しみはなく、

唯一残された娯楽はテレビぐらいです。




そこでぱっとつけてみますと、

視聴者が実際に体験した怖い話をドラマ形式で紹介する、某番組が映しだされました。




「あの番組って当時、今に比べると

 相当怖かったじゃないですか。

 それですっかり怯えてしまいました。」



怖い怖いと思いながらも、

その場から逃げることはせず、

最後まで見てしまった浜田さん。



恐怖心薄まらぬまま、

彼女は眠りにつきました。



寝る直前までテレビを見ていたせいか、

それとも、

旅館という慣れない環境がためでしょうか。




彼女は夜中に目を覚ましてしまいました。





真っ暗な部屋、浜田さんは何かの気配を感じていました。


家族以外の何かがいる気がする。



言葉ではうまく言えない感覚が、

浜田さんの心をざわつかせます。




彼女は違和感の元を探ろうと辺りをきょろきょろ見渡しました。



そして、あるものを見てしまったのです。





「猫がいたんです。」

「猫?」

「そう。正しくいうと、猫の影、ですが。」



旅館などの宿泊施設特有の、

大きなはめ殺しの窓に面するカーテンが

ピッタリと閉じられていたのですが、

そこに、猫の影が映っているというのです。



影というのですから真っ黒で

顔がどこにあるかも分からないのに、

幼い浜田さんは確かにそこから、

視線を感じました。



特にそれ以上何かあったわけでもないですか

じーっと見られる嫌な感覚のまま、

気にしないようにと布団をかぶり夜を過ごします。


気がついたら朝で

影は跡形もなく消えていたのでした。






「とまあ、こんな感じです。

 ね?怖くないですよね。

 怖い番組見て変な見間違いを

 起こしただけなんですよ。きっと。

 視線は感じたけれど。」

「いやいや、怖いですよ。

 だって、旅館というぐらいですから

 外にはベランダなんてなかったでしょう?」

「あー!たしかに。なかったです。」


室内が真っ暗な状態で

カーテンに影が映ったということは

外からの光が、外とカーテンの間にいた何かにあたっていたということになります。


当たり前ですが

ベランダのように足場のないところに

猫が立てるわけありません。


それに、そもそも部屋は2階にありましたから

猫が来ることは殆ど無いでしょう。


 

「私からしたら、

 足場がないはずなのに

 カーテンに猫の影が映ったというだけ

 十分怖いです。

 でも、猫の影なんて可愛いですね。」

「猫…。うーん。」



浜田さんはそう言うと、何故か首をひねり

黙ってしまいました。



「どうして不思議そうにしてるんですか?」

「いや…あれが猫だったのか

 自信がなくて。」


この言葉に、私は思わず笑ってしまいました。



「猫だと思ったということは

 影に耳や尻尾がついていたんですよね?

 一目瞭然じゃないですか。」



浜田さんは眉間にシワを寄せて、

首を右に傾けました。



「い、やぁー…。

 ついてなかったですね。」

「え?」

「耳も尻尾もなかったです。」

「え、じゃあなんで猫だって

 思ったんですか?」

「ああ、それはですね。」



浜田さんは両手を軽く伸ばし、

左右の手の間の間隔をボストンバッグくらい

あけました。



「このぐらいの大きさの影だったんです。

 それで、四足歩行の動物みたいに

 足が4つついていました。

 まだ小さくて知識がなかった私は

 この大きさで四足歩行をするもので

 思いつくのは猫ぐらいしか

 いなかったんですよね。

 …あ!」



浜田さんは影について細かく説明したあと、

突然何かを思いついたらしく、

納得したような声を漏らして、

そして、肩を揺らし笑い始めました。





「人間も四つん這いになれば

 四足歩行っていえますね!

 あははははは。」




と私を見てにっこり笑いながら

楽しそうに無邪気に笑いました。






浜田さんが見た影は、いったいなんだったのでしょうか。



足場のないところにゆらりと佇む

四足の何かなんて、

想像するだけでもゾッとします。



少なくとも、こう断言できるでしょう。




猫ではない、と。



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