46 お化け屋敷をつくろう

【注】

プライバシー保護のため、若干のフェイクを

いれております




ーーー



介護士のAさんから聞いたお話です。


彼女は中学生の頃に福祉の道を志し、高校は福祉科がある地元の高校へ進みました。


普通科と同じ基礎学習と共に専門知識の勉強、実技の練習、現場実習など、忙しない日々だったそうです。




「今思うと良くやっていたなと思います。」

とAさんは笑いました。




高校ということで、行うのは勉強だけではありません。

一般的な学校行事も、一年のスケジュールに組み込まれていました。



高校2年生の初秋。



介護実習が迫る中、文化祭の準備をすることになりました。


まずはじめに、文化祭委員の子を中心として、何をしたいかみんなで意見を出し合います。


当時、某テーマパークでホラーメイクをしたキャストが練り歩くというハロウィン限定イベントが行われていました。

また、ストーリーが凝ったお化け屋敷が都心を中心に大流行しておりました。


多数の票が入り、

お化け屋敷をすることに。


ただ、一部からこんな意見が出ました。


「手伝う分には全然いい。

 だけど、正直に言うと怖いのは

 苦手なんだよね。」

「実習近いし、その準備もしなきゃだよね。

 あんま時間ないけどどうする?」

「それに人数も少ないしね…。」


私を含め殆どはお化け屋敷に乗り気でしたが

色々な性格の子が集まるのが学校というものです。

怖いものや暗闇が苦手な子もいて当然でした。


また、実習が近いだけではなく、

遠方から通っている子もおり、時間を決めて大掛かりな装飾を作ることは困難でありました。



そこである子が

「それこそ、某テーマパークみたいに

 ストーリー性のあるお化け屋敷に

 するのはどうかな?」と

提案しました。


地方にある遊園地のお化け屋敷みたいに

暗闇でお化け役が人を脅かすだけにしてしまうと、怖がりな子が出来る役割が限られて、文化祭を楽しめません。


さらに、広い会場に様々なギミックを用意しないといけませんから、多くの時間も労力がかかってしまいます。


ですが、テーマパークのように、映像を見たり前置きをしてからお化けのいる会場に入ってもらう、という構成にすれば、脅かす役だけじゃなく、

映像制作という役割が生まれるので、怖がりな子の活躍の場が増えます。


「お化け屋敷の世界観にひたれる

 映像をしっかり作れば、

 狭い空間で少ない仕掛けで

 十分怖くなるし楽しんでもらえるんじゃ

 ないかな?そしたら楽じゃない?」


この提案に、みんな大賛成。


「映像班に、看板で宣伝係、誘導係…。

 怖いのが苦手な子でも出来ることは

 多そうだね。」

「ホラーメイクやってみたい!」

「学校遅くまでは残れないけど、

 買い出しぐらいならやるよー。」


楽しいことと流行り物が大好きな高校生ですから、やる気に火がついたらしく、みな口々にやりたいことを言い合って、

話し合いはいい感じに盛り上がりました。


すると、側で黙って聞いていた担任が口をはさみます。


「映像だったら理科室がいいか。

 あそこならパソコンを繋いで

 スクリーンに映像が写せる。」

「あ、そうですね。

 映像はそこで見るとして…。

 どこで脅かす?」


理科室は校舎4階の一番隅にあります。

周りにあるものは長い廊下と理科準備室くらいです。


「トイレがあるよ。」

「たしかに。」

「あそこだったら狭いし、

 何よりもトイレって

 ホラーの定番じゃない?」


理科室の直ぐ側には4階唯一のトイレがありました。

個室が少なくて空間が狭く、お化け役が少なくてすみますから、条件にぴったりです。


しかもその個室は、滅多に人が使うことがないので、比較的綺麗でした。



そこから簡単なストーリー案を出すなどして

話し合いは見事にまとまりました。



テーマは「トイレの花子さん」。


学園一のイケメンに助けてもらった女の子が、

派手なグループに目をつけられていじめられ

トイレで自殺してしまうというストーリー。


これに沿ったミニドラマを作り、

理科室のスクリーンで流し、数人グループずつトイレに案内して、個室に潜んだお化け役が怖がらせることになりました。




映像班には、機械に強くて動画編集ができる子に加え、暗闇とお化けが苦手な子が集まりました。


集まったメンバーで役柄を振り分け、その中で最後自殺する花子役に抜擢されたのは、

艷やかな長い黒髪を持つ美人な子。


いじめられっ子とは程遠い健康的な印象の子でしたが、ラストシーンは、幽霊になった花子が長い髪の間からいじめっ子達を睨むというものだったので、役にぴったりであります。


衣装を方方から借りたりして寄せ集め、準備ができると、本物の映画さながらに、いくつかのシーンに分けて、撮影が始まりました。



「私は小物づくりの班なので

 人つてに聞いた話になるんですけど

 映像づくりはなかなかに楽しかった

 そうです。」



学校一のイケメンが登場して

みんなが取り巻きが黄色い歓声を上げるシーン、花子が転ぶシーン…

などなど、順調に撮影が進んでいきました。


仲良し同士でしたから、笑ってしまってNGシーンが出たり、休憩中も談笑したりと終始和やか。


怖がりな子ばかり集まった映像班てしたが、お化け屋敷の出し物とは想えないぐらいとても楽しめていたそうです。


さて、一番の目玉、ラストシーンの撮影になりました。

ここでお客さんを驚かせることが、今回のお化け屋敷の醍醐味です。


そのシーンはこんな感じだったそうです。



ーーー


4階のトイレは

昼間だというのに照明もなく薄暗い。

水垢がついた薄雲る鏡に、3人のいじめっ子が意地悪く歪めた顔を映しながら話す。


『死ぬなんて思わなかった。』

『私達悪くない。』


悪事に身を染めたいじめっ子達は、互いを慰め合い、偽りの友情というぬるま湯につかる。

そうしていれば、全てが平穏ですんだ。

ー今までなら。


『ねえ、あれ…。』


一人が鏡越しに、何かを見つけ、背後を指差す。

嫌な気配を感じた二人が振り向き、それを見つけ、言葉を失った。


長い髪をだらりと前にたらし、

顔を伏せた、自分達と同じ制服を身にまとう少女がそこにいた。


少女はばっと顔を上げ、垂れ下がった髪の合間から、じっといじめっ子達を睨んだ。



『きゃー!!!』


いじめっ子達の金切り声が上がる。



ーーー



「はい!カット!」


カメラ係の声を合図に、花子役の子といじめっ子役の子が笑顔になって寄り合い、

お互いに演技を褒めあいました。


「頑張ったね!」

「めっちゃ怖かったー!」


この日の撮影はここで終わり、

足りないシーンなどは後で撮ろうと、

解散になりました。




生徒会の仕事が暇になった私は、映像班の一員であり、動画編集係の子に、今どんな感じか聞きに行きました。


「一通り撮れたよ!だけど、

 編集してみると足りないシーンが

 いくつか見つかって。

 後は撮り直したいものとか色々ね。

 それはまた今度やるつもりだよ。」


そう言って、件のラストシーンを一足先に動画を見せてくれました。


「それを見て、正直に言うと、怖くないと思いました。」


俯いた顔が上がり、髪の隙間から顔が見えるのですが、その顔は半笑いでした。


キラッと光る澄んだ目に、人の良さがにじむ頬、緊張で緩んだ口元は愛らしく、怨めしい雰囲気は漂っていなかったのです


「見せてくれてありがとう!

 完成楽しみにしてるね。」


そんなことを言って、再編集されるだろう映像の完成を心待ちにしていました。






数週間後、クラス全員が理科室に集まりました。


ミニドラマの完成披露試写会です。


実際に機材が動くか、スクリーンに映ったときどうなるかという確認の意味もありましたので、映像班の子はどこかそわそわしていました。



パソコンとプロジェクターが上手くつながり、映像が流れました。



歓声に囲まれ、さっそうと歩くイケメン。


「かっこいい!」

「えへへ。」


いじめシーン。


「ひっどーい!あれが本性でしょ!」

「違うわい!私マジ天使だからね?」


思いやりあるツッコミや賛辞があったりと

小さな劇場は和気あいあいとしていました。


Aさんはその光景を見て、怖いのが苦手だという子も楽しめていることに安堵し、嬉しくなったそうです。


さて、肝心のラストシーン。

いじめっ子三人衆がトイレで雑談しています。


あらすじはみんな分かっていますが、

それでも雰囲気が怖いのか、みんな静かに見入っていました。


『ねえ、あれ…。』

一人が指差し、カメラが死んだはずの花子を映します。



Aさんは、花子を見てゾッとしました。



まるで暗闇にぼんやりと浮かぶように、黒く長い髪に包まれた顔がありました。


その顔は全体が黄色く、右斜に傾き、灰色に落ち窪んだ目はどこか宙を見ていて、赤くだらしなく空いた口は、まるで笑っているかのように歪んでいたのです。


うわっと声が出そうな程の迫力に、驚くとともに、感動したそうです。


(あれはメイクかな?ほんとすごい…。)



そう思って見ていたときでした。


顔がぐるんと後方に消え、

そして、下から上がるように、

あの、見慣れた花子役の子の、照れた顔が髪と髪の隙間からのぞいたのです。


暗転し映像が終わり、クラスのみんな拍手をしました。


「すごーい!」

「怖かった!」

「ちゃんとできてるー!」


花子役の子が「そうかなぁ。」と嬉しそうに笑っています。


怖いのが苦手だと花子役を担ったその子に、

一生懸命映像を作った子に、

文化祭を楽しみにしているみんなに

Aさんは言うことができませんでした。



「今、花子の俯いた頭に、

 知らない顔が貼りついてなかった?」




Aさんは誰も気づいていないその顔を

見間違いだと言い聞かせて忘れることにしました。









「今思い出すと、あの顔は花子を演じた子のものではなく、全く別物の男性の顔でした。

あれは一体誰で何者だったのでしょうか。

ただの見間違えだと思いたいのですが…。」

Aさんはそう言って、怯えた顔を伏せました。




なんど見間違えだと否定しようとも

生きた人間を嘲笑するかのような男の顔は、

何故か鮮明に思い出されるといいます。




みなさんも、お化け屋敷に限らず

架空のお化けを作るとき、ホンモノを呼び寄せないよう、十分お気をつけくださいませ。


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