第30話 パジャマパーティー

仄暗いステージを白いライトが照らしてる。

きらきらと舞っているのは埃で、「最近鼻の調子が悪いのはこのせいか」なんて

大音量で流れる、今月何度目かのイントロを聞き流し、踊りながら思った。


誰かの理想の女の子像を詰め込んだような歌詞を、張り付いた笑顔で歌いながら、やけくそで手を振る。



ー近づいた夏 青い海 君と手を繋いで

 いちごアイスを食べる 

 汗はきらきら 爽やかなサマー ー


曲が終わると、赤いリボンをつけたリーダー、サツキがアイドルスマイルでステージの真ん中に躍り出た。


「みんなー!今日もありがとー!

 “サマーストロベリー”でした!

 この後のチェキ会もよろしくね!」


半分ぐらい埋まった観客席からは

サツキー!とかマヨマヨー!とか、メンバーを呼ぶ声が飛ぶ。


こんなに少ない人数なのに、自分のカラーである緑色のグッズを見につけた人は探しても見つからない。

それでも、笑顔で手を振り「ありがとう」と言って退場する。


ふと、背後から刺すような視線を感じて振り返った。


結局、ライトが眩しくて何も見えなかった。







ところどころ錆びたねずみ色のロッカーが並ぶ更衣室は、一人でいると寒く感じる。

今は梅雨で、蒸し蒸ししているというのに。


地下アイドル、キュートリズムに所属して4ヶ月。


リーダーのサツキと人気メンバーのマヨは、今もまだチェキの行列に対応している頃だろう。


私は数人の、もはや常連になった数人のファンと談笑して早々に切り上げた。


親のすすめで、将来は安泰な仕事に就くことにしたが、それだけだと虚しい気がして、高校生のうちに華やかなことがしたいと飛び込んだアイドル業界。


夢見た喝采や羨望の眼差しは実際にはなく、ただただ人気者との実力の差を突きつけられる。



(こんなことなら、さっさと辞めようかな。)



ぼんやりと浮かぶ言葉に首を振る。

ロッカーを閉じて溜息をつく私の肩に何かが触れた。


「きゃっ!」


思わず悲鳴を上げ振り返る。


入口の扉の前に、今しがた入ってきたばかりだろう、衣装を着たままのマヨがいた。



「あはは〜。びっくりした?驚かそうとしたの。しずかーに入ったんだよ。」


おっとりとした調子で目尻を提げて笑うマヨ。


「ほんとびっくりした…。やめてよぉ、もう!というか、早くない?」

「えー?私が早いと言うより、サツキちゃんが遅いんだと思うよ〜。一人一人お話してるから。」

「さすがだねー。」

「ほんとだよね。私は写真撮ってじゃーねー!で終わりだもん。」

「あー…。」


にこにことしているマユだが、2ヶ月程前に悪質なファンとトラブルがあった。


いつものチェキ会で、突然大柄な男に抱きつかれたのだ。


運営がすぐに対応して事なきを得たけれど、相当怖かったと思う。


私の目には事件前後で様子が変わった感じはなく、警戒心の薄いのほほんとした雰囲気にいつもヒヤヒヤしていた。


(マユなりにちゃんと対処してるんだ…。)


「どうかしたの?あゆみちゃん。」

「え?ううん!」

「なんか、今日ぼーっとしてるね。

 大丈夫?」

「ええー?マユがそんなこと言うの?」

「いうよぉ。だって、退場する時

 急に立ち止まって振り返ったよね。

 何かあったの?」

「あー…。」


マユは、鋭い視線を感じたあの時のことを言ってるんだろう。


でも、下手に言ったらマユを怖がらせるかもしれない。


「なんかスカートめくれてないかなって。」

「やだぁ!大丈夫だったよぉ!あはは!」


ごまかせたようでほっとし胸を撫で下ろす。

チェキ会には変な人はいなかったし、ただの勘違いだったかもしれない。


マユは普段通り、ゆっくりと丁寧に衣装を畳みながら服を着替えている。

上はまだキャミソールのままだ。


「マユ、早く着替えないと。今日は…。」


そこまで言いかけたところで、更衣室の扉が開いた。

リーダーのサツキだ。


カツカツと音を立てて大股で歩き、私の隣にあるロッカーに来た。

そして、少し乱暴に扉を開いた。


「サツキちゃん、お疲れぇ。」

「マユ、着替えて。」


労うマユに、目を合わせることも無く言い放つサツキ。


「今日はミーティングって言ったよね。」


ファンが褒めたカチューシャやチョーカー、衣装をどんどん外していく。


切り替えの速さに、ある意味尊敬してしまった。


「ごめんねぇ。あと少しだから。ね?

 そんな怒んないで〜。」

「あゆみ、着替えたなら会議室2に行って。いつもの場所。分かるよね?もう七瀬待ってるから。」

「分かった。」


私は短く返事して更衣室を出た。


最初は怖かった。

まあ、3ヶ月も一緒にいれば、サツキの強い口調にも、慣れる。





私たち3人が揃って五分ほどしてからマネージャーの七瀬さんが会議室に入ってきた。


たれ目で人の良さそうな顔をした、いわゆるえびす顔の彼は、「待たせてごめんね」とへらへらと笑いながら入ってきた。


彼の姿を見ると無言でスマホをいじっていたサツキがパッと笑顔を作った。


「七瀬さんおそーい!先に待ってるって言ってたじゃん。」

「ごめんねえ。ちょっと上の人と話をしててね。その間に、話し合いはしてくれてた?」

「ううん。私から話すよりも、七瀬さんからしてもらった方がいいかなって。」

「ははは、そっかあ。」


頭をポリポリと掻く七瀬さん。


私とマユは何を話し合うか知らず、てっきりライブの反省会でもするかと思っていた。


だから、今流行りのショート動画を見たり、夕ごはんに何食べたいとか、そんなくだらない雑談ばかりしてしまっていた。



「反省会じゃないんですか?」

「違う違う。何も聞いてないんだね。

 今日はね、キュートリズムが始めたWeTubeチャンネルのイベントで何をするか話し合いたくて。」

「ああー。」


大手動画配信サイト、WeTubeで動画配信を始めた私達。


週1回のライブ配信や月一の特別企画にと精力的に取り組んでいて、チャンネル登録者数は先日500人を超えた。


小さなライブ会場で細々と活動しているにしては、なかなかに好調な兆しだという。



「前も言ったように、チャンネル登録者数は500人を超えたし、この6月はキュートリズムが結成して1周年になる記念日もある。今までやってこなかったことをしてみようかなって。」

「うふふ〜!楽しそう!」


マユはのんびりとした口調で言う。


「それで、今日はみんなに何をするか考えて欲しくてね。

形式はライブ配信。あらかじめ録画して編集した動画を出すんじゃなくて、リアルタイムで進行していくヤツね。時間は一時間半ぐらいかな。」


七瀬さんから具体的な話が出る事に、どれだけ真剣に取り組まなければいけないか分かって、私はやっと緊張感を覚えた。


「何したらいいのかな…。」

「これを機にどれだけ登録者数増やすかってことだよね。めちゃくちゃ肝心。6月なんてとくにこれといった風物詩もないし、今日だって雨が降ったしさ、外は難しいよね。」

「たしかにね〜。お外は難しそうだね〜。」

「部屋の中でできることって何?なんかアイデアある?というか、今って家でなんかしてる?」


サツキは顎でしゃくって私に答えるように促した。


「ええと…特に何も…。」

「私はねえ、のんびーり、だらだらしてるよ!」

「あ、私もそんな感じ、かな。」

「あゆみちゃんもなんだねぇ!おそろいだ〜あはは。一日パジャマのこととかもあるよ。」

「私もだな。寝巻きでずっといちゃう。」

「マユ、流石に怠けすぎ。

同意だけじゃなくてなんか意見出してよ。このままだとずっと終わんないじゃん。」


サツキはイライラとした様子を隠さない。


(そんなこと言われたって、なんも浮かばないよ…。)


「パジャマパーティー。」


マユがぼそっと言う。


「パジャマパーティーなんてどうかな?」

「...。」

「いいね!それ。のんびり雑談してって感じで。」

「なんかお泊まり会みたいになりそうだね〜。お菓子持っていこうかな?」

「お泊まり…あ!枕投げ!」

「それいいね!」

「雑談と枕投げで一時間半もいけるもん?あともう一個遊びがいるよ。」

「えーと、うーん。」

「...あ!マユ、さっきの動画。」

「え?」


私はさっき二人で見ていた、巷で流行っている動画を開いた。


それは、ある女性が旦那さんの寝言を隠れて録音したというもので、その支離滅裂な内容が面白く、たった数秒の動画なのに何十万回も再生されていた。


「スマホにボイスレコーダーって入ってるじゃない?それで寝言を録音してこようよ!

それをライブ配信で聞き合うの。誰が一番変な事言うかみたいな。」

「ええー。なんか寝るのドキドキしちゃうな。どうなるんだろう。イビキかいてたらやだな。」

「やだあ、大丈夫だよう!自慢じゃないけど、私の寝言、結構うるさいらしいんだ〜。」

「ははは。マユは沢山お話してそうだね。」

「私はそんな寝言言わない。」


サツキがぼそっと言って、盛り上がっていた雰囲気がサッと冷める。


「ま、いいわ。ライブ配信はいつ?」

「6月の…25日。ライブが終わったあとにここのスタジオで撮ろうかね。」

「あと十日で寝言を録音すればいいわけね。早く終わってよかった。じゃ、お疲れ様でしたー。」

「ああ、サツキちゃん、まってね。…話したいことあるから。」


カバンを肩に掛けて、ドアに手をかけた皐月を七瀬さんが呼び止める。


「あ、マユさんとあゆみさんは先に帰ってていいからねぇ。」


細い瞼の隙間から、鋭い眼光が覗く。

早く帰れ、と言っているみたいだ。


のんびり屋のマユも慌てて立ち上がる。

小声で「行こう。」と言って小走りで会議室を出た。


廊下を少しいってから、やっと足の動きを遅められた。

なんの話しなんだろうね、とマユに聞くが首をかしげている。



「うるさい!指図しないで!」


突然、サツキの大声がしてバンッとドアが開かれた。


怖い顔をしたサツキがドタドタと私達の間を割り込むようにして走っていく。


「サツキ!」


聞いた事のない大声に驚いて振り向くと

同じく飛び出してきた七瀬さんと目が合った。


私たちに気がつくと、七瀬さんはいつもの笑顔にさっと戻って、額に滲んだ汗を拭きつつ「まいったな、たはは。」と笑って見せた。


「七瀬さん、何があったんですか?」

「あ、ああ…。ほら、今日僕が遅刻したのは、話し合いをしてたからって言ったよね?実は、まあ、上の人からね、サツキとファンとの距離が近すぎるって注意を受けたんだ。」

「…。」

「マユさんのこともあったからね。2人共、気をつけてね。」

「は、はい。お疲れ様でした。」


七瀬さんが手を振ったので、私達はすぐに踵を返して出口に向かった。


マユも言ってたな、サツキがしっかりファンサービスしてるって。


傘立てからとり、スナップボタンを外してバサバサと開けば、ひだに入りこんでいた雨粒がだらだらと流れた。


「サツキちゃんも、一生懸命なんだろうね。」


マユがぽつりと呟いた。


「最初は10人だったのに、今は3人。初期メンバーはサツキちゃんだけ。もともと、カリスマ性もあるし、努力もできるから残ってるんだろうけど、結構自分のこと追い込んでるみたい。心配。」

「たしかに、そうだね…。…頑張ってる、確かにそうかもしれないけれど、やっぱり私にはサツキの性格はキツイな。」

「一生懸命なだけなんだよ、きっと。ね?リーダーだし、追い込んでるところがあるのかもよ。あゆみちゃんもあゆみちゃんで入ったばっかりなんだし、ゆっくり慣れてけばいいじゃない。」

「うーん…そうだね。」

「あ!ママが迎えに来た。あやめちゃんは一人暮らしだったよね。」


ぱっといつもの調子に戻るマユ。


「私もサツキちゃんとあやめちゃんみたいに、一人暮らしした方がいいのかな?なんて〜あはは〜。じゃ、お疲れ様ぁ!」

「あ、うん。おつかれ、さま。」


私はピンク色の傘を手に、水溜まりを蹴りながら去るマユを、どこか寂しい気持ちで見送っていた。


頑張ってる、一生懸命、そうかもしれない。

だけれど、私はあの真っ直ぐさが怖くてしかたない。


あの調子でいくと、誰かから恨みを買うんじゃないか、いや、実はもう既に買っているとか。


だってたった一年で10人居たはずの初期メンバーがサツキだけになるって…。


そこまで考えて首を振った。


(さっさと家に帰ってゆっくりしよう。)


開いた傘から、だらだらと水が流れ落ちていって、肩を濡らした。






『 …ぐー…くかー…。』


あれだけ緊張するかと心配していた寝言録音も、すっかり慣れた。

だけれど、別の問題が現れた。


「はあ…。昨日も録れてない…。」


イベントまであと3日だというのに、

毎晩録っても寝言は一言も聞けなかった。


最近はこうして、寝る前に昨日の録音を確認し落胆する、という日々が続いている。


「んあー!どうしよう!」


マユにも聞いたが、彼女はばっちり録れたらしい。


(…わざと何か言う…しかない?)


心に浮かんだ、ひとつの悪事。

頭を振ってそれを打ち消す。


「録れなかったら、録れなかった時だよね。しかたないっ!」


私はスマホのボイスレコーダーをセットして眠りについた。







「なんかぁ、変な感じしない?」


マユがにやにやと笑う。


私達はいつもライブを行うステージ…ではなく、ダンスの練習をする稽古場でパジャマ姿で集まっていた。


床にはふかふかの布団に、メンバーカラーのカバーがつけられた枕。


パジャマも、メンバーカラーのものを身につけている。


「マユのパジャマのデザイン可愛い!」

「あゆみちゃんも可愛いよ〜。スッキリしたデザインだね〜。うふふ〜さらさらだぁ。」

「やだあ!くすぐったいよ〜。」

「2人は寝言録れたの?」


サツキの唐突な質問にうっと黙る。


「私は録れたよぉ。」

「あゆみは?」

「私は、録れなくて…。」

「そのまま提出したの?」

「え、うん。」


サツキがはーっとため息を吐く。


「だったら、寝言っぽい音声録るとかすればよかったじゃない。」

「そ、そんなの、ずるかなって。」

「私はやってきたよ。」

「えっ。」

「じゃないと盛り上がらないじゃん。」


返す言葉が何も無い。


サツキのプロ意識に感心しつつ、嘘ついてまでやるのかと、少し引いた。


いや、アイドルならここまでやらないといけないのかな…、自分がおかしいのかと思い詰める。


しんっと静かになり、

七瀬さんがキーボードを叩く音だけが響く。


「よしっ。配信の準備が出来たよ。じゃあ、スマホ返すね。」


録音データを読み取られたスマホが返ってきた。

今の気持ちもあってか、重く感じる。


「ねぇ、あゆみちゃん、知ってた?」

「え、何?」


マユが固い表情をして言う。


「配信中お菓子食べちゃダメなんだって!ガッカリだよねっ!」

「な、なんだぁ、怖い顔して言うから何かと思ったよ!もー、マユはたべものばっかり!」

「だってお腹すいたんだもん。」

「みんな、準備はいいかな?配信まで10秒前!10、9…。」

「わー、緊張するっ!」


カウントダウンに急かされて、各々髪の毛を整えたり、身なりを整える。


七瀬さんが無言で手のひらを差し出した。

途端に、目の前にあったパソコンの画面に私たちが映る。

右端には待機していたファンが打った“まだかな?”や“楽しみー!”などのコメントが下から上へと流れていた。


「こんばんはー!私たち、せーのっ」

「「キュートリズムです!」」

「配信見に来てくれてありがとー!」


サツキの掛け声と共に


“サツキー、今日も可愛い”

“まよまよー!パジャマだぁ!”


「声聞こえてますかー?」


“聞こえてるよー”


リアルタイムで返ってくる反応に驚いた。

ライブとはまた違った応援に、胸が踊った。


そこから私達は1周年の感謝の言葉や雑談、予定通り枕投げ対決をした。

反応は好調で、視聴数も20人と多く、コメント欄も盛り上がっていた。


「さあ、最後の企画です!」


“ええー!もう終わり?”

“もっと見たいよ〜”

“いまきたばっかりなのにッ”


「あっという間だね〜。」

「公式アカウントで予告してた通り、私達の寝言を公開しまーす!パジャマパーティーといえば、お泊まりだもんね〜。みんなどんなこと言ってるんだろう!」

「今になって恥ずかしくなってきたよぉ。」

「私も!」

「最初は、あゆみでーす!」

「わ、わあ…変なこと言ってないかな…。」


照れるふりはしたけれど、内容は分かっている。

流れたのはもちろん、すやすやとした寝息とたまに歯ぎしり。

寝言はひとつもなく、ただただ無言の時間が流れる。


(うわあ、これならわざとでもいいから何か話せばよかった…。)


鏡を見なくても、耳が赤くなっているのがわかる。


「あゆみらしく、大人しい感じだったね!次はマユー!」

「ええー、うわぁ、ほんとに恥ずかしいなぁ。」


すやすやとした寝息が数秒聞こえた後、

呂律が回らない声で「メロンパン…」という囁きがあった。


これにはみんなで大笑い。


「ちょっとー!夢の中でもお腹すいてるの!?」

「やだあ!ほんとびっくり!」


“まゆたん可愛い”

“今度の差し入れはメロンパンにするね”


「コメントも大盛り上がりだー!じゃ、最後は私ね。」

「どんなこと言ってるんだろう〜。」


サツキが目配せすると、数秒経ってから録音が流れ始めた。


うーん、という呻きのあと、シーツが波打つ音がした。


そして、「しっかりしなきゃ…」と、歯切れの良い小声が言った。



「…。」

「…夢の中でもしっかりしてるんだね。」


マユの言葉に、サツキは目に溜めていた涙を頬に伝わせた。


「うん…そうなのかも、やっぱり、私がリーダーだからって。しっかりしなきゃって…。ぐすん。だって、キュートリズムが好きだし、もっと有名にしたいからっ!」


そこまで言うとサツキは顔を上げて、パソコンについているカメラを真っ直ぐ見た。

泣いたばかりの目は、キラキラと輝いている。


「この一周年頑張れたのはっ、マユとっあゆみはもちろんだけどっ、一番はみんなのおかげですっ!ありがとうっ!ぐすっ。」


“サツキちゃん…”

“ㅠ_ㅠ”

“いつも一生懸命で大好きだよ”

“こっちも泣けてきちゃう”


マユがサツキの背中をさする。

コメント欄も含めて、感動的な雰囲気に包まれていた。


(ああ、サツキはこのメッセージをみんなに伝えるために…。それだけ一生懸命なんだ…。)


私の胸もじーんと熱くなった。

いつもの怖さもきっと、一生懸命の裏返しなのだ、とやっとマユの言っていることが理解出来た。


「ありがとう。ほんとに、ありがとう!

 名残惜しいけれど、これで配信は終わりだよ。みんな、ほんとにありがとうね!」


サツキは笑顔で手を振った。

私達もそれに合わせる。


“こちらこそありがとう!”


急速に流れていく、数々の感謝の気持ちを伝えるコメント。

その中に、いくつか違う雰囲気を漂わせたコメントが混じっていることに、私は気がついた。


同時に、今まで気にとめていなかったノイズが頭の中に響く。


(何?この音?)


“ねえ、まだ、続いてない?”

“ありがとう”

“ほんとだ。まだサツキちゃんの寝言続いてる。”


ざわつき始めたコメントに、ようやくサツキも反応する。


「え?何?どうしたの?みんな。」

「…聞こえる。」

「え、何が?マユ、何が聞こえるの?」

「しっ…。」


サツキは口を閉じた。


誰も話さなくなってようやく、パソコンから音が出ていることに気がついた。


サツキの寝息と被さるように聞こえる、足音だ。


ずっずっと引きずるように歩く何かの気配が、音だけで伝わってくる。


“サツキちゃんは寝てるんだよね。”

“え、何この音”

“明らかに足音じゃん”


私とマユが、これもわざと入れたものなのか?と目で訴えるが、サツキは怯えた様子で必死に首を振る。


足音が速さを強め、そして、ピタッと止まったかと思うと、今度はギシッギシッとベッドがきしむ音がした。


“なんだよ、これ”

“え?重さ的に、男?”

“彼氏?”


サツキは悲鳴を上げた。


「違う!彼氏とかいないしっ!何この音!さっさと止めてよ!」


七瀬さんは冷や汗をだらだらかきながら

「さっきから止めようとしてるのに止まらないんだ!」と大声で返した。


「やだっ!聞きたくない!ねえ!止まってよ!」

「サツキ!」


サツキは立ち上がってパソコンにしがみつくと、電源ボタンを連打した。


なのに、何故か音量が上がっていく。

それに怯えきったサツキはその場にへたりこんでしまった。



『うっ、ぐっ…。』


ベッドがきしむ音に合わせて、サツキのうめき声が上がる。


寝息はぴたっとやんでいて、上手く呼吸ができていないようだ。


『は、ぐぅっ…。』


歯をギリッと食いしばる音がして、息が漏れるのとともに、か弱い声がした。



『くる、しい…くるしい…』



サツキが苦痛を訴えた、その時だった。




『う゛んう゛んう゛ん!!!

 わ゛かる゛わ゛かる゛わかる゛!!!!』



野太く低い、だからといって、男性だとも女性だとも判別できない歪んだ大声が鳴り、ブチッとパソコンは電源が落ちた。

サツキはすっかり放心状態で、しばらく立ち上がることも出来なかった。



ここからの展開は急速だった。


七瀬さんから呼び出しがあり、行ってみたがサツキがいない。

なんと、彼女はあの出来事の翌日にキュートリズムを辞めたというのだ。


七瀬さん交えた話し合い、というか、ほぼ結果は決まっていたけれど、

キュートリズムは解散することになった。


初期メンバーだったサツキがいない今、いくら人気メンバーのマユがいたとしても、キュートリズムの存続は難しいとの判断だった。



正直、私もマユも怖い思いをしたということもあって、そのまま二人でアイドルを辞めた。



マユとは今でも仲良くしているけれど、もともと避けていたナツキとは、あの日以来、全く連絡が取れなくなってしまった。




今、何をしているんだろう。

そして、なにより、あの声の主は一体誰なんだろう。


そんなことを、今でも考えてしまう。





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