第10話.(ト)レジャーを楽しもう! その3

 「──たべちゃうぞー♪」

 いや、キダフさん。アンタ、その容姿で、そうやってはしゃいでると、まるっきり子供に見えるぞ。


 「ごはん~だ~♪」

 それに引き換え、カンティくらいの子がはしゃぐのは微笑ましいやね。


 「みんなでおしょくじ♪(←小声で)……ハッ! な、何でもありませんわ!」

 ──あぁ、うん。我が妹がボッチをこじらせ過ぎて不憫極まりないが、もはや、何も言うまい。


 とまれ、年少組3人(含む成人1名)の浮かれっぷりを、(生)暖かい目で見つめる、我々年長者3人。

 改めて説明する必要もないかもしれないが、ひと風呂浴びて(カシムが湯桶によるKOから回復して)落ち着いたところで、いよいよ残りの“うきうきグルメゾーン”に揃って来ているのだ。


 グルメゾーンは、狩猟士協会直営酒場に匹敵するその床面積の大半が、自由立食ビュッフェコーナーになっていた。

 入り口でひとり50ゼニー払うだけで、好きに取って食べてもOKと言う、育ち盛りや食いしん坊には夢のような空間だろう。制限時間は1刻(※約2時間)だが、それだけあれば酒飲みながら話に花を咲かせててもお釣りが来る。

 ビュッフェという形態上、立食が基本のようだが、一応申し訳程度にテーブルと椅子もあるので、その一画を俺達で占拠することにする。


 しかし、カンティやキダフはともかく、貴族の令嬢としてそれなりの美食に慣れ親しんでいるはずのヒルダが浮かれているのはどうかとも思うが──まぁ、気持ちはわからんでもない。


 10を越える円卓に並べられた山海の珍味の数々!

 ザッと目についたものだけでも……


 ・紅蓮鯛尾頭つきのハーブ塩焼き

 ・ローストギガントバフの東方風ソース

 ・カイザートリュフ&千年蝦&オレンジキャビアの3大珍味のテリーヌ

 ・7種類の野菜(シモフリナス、メガマッシュ、五香セリ、パールオニオン、虹玉レタス、銀雪草、辛味ニンジン)のサラダwithニアーロ風ドレッシング

 ・えりまきマグロとツノツキマグロの大トロの刺身

 ・竜頬肉の唐揚げ&毛長豚ロースの串焼き

 ・ミコット米と玉子豆のリゾット 雪白牛のチーズ味

 ・エルドラドリアンのソルベ


 ……などなど。正直、素材を聞いただけで、「これ、絶対予算オーバーしてるだろ!?」と言いたくなるような名産品のオンパレード。伯爵と言う地位の割に質実剛健な暮しを営むウチの実家では、どれかひとつくらいならともかく、ここまで品数が揃うのは年に何回もお目にかかれないご馳走級だ。

 垣間見えるキッチンで働いているのは、ケトシーのコック4名に司厨長らしき人間のシェフ1名という豪華スタッフだ。まぁ、さすがにオープン記念の今だけサービスだろうとは思うが……。


 年少組は歓声混じりに円卓に突貫しているものの、ここまでご馳走を目の前に積み上げられると、俺としては正直胸膨れがしてくる。

 仕方がないので、俺やカシムは適当な2、3品をツマミ用に皿に盛って、氷結石のクーラーで冷やされたロッテ村特産の地ビールを煽ることにした。


 「おや、お召し上がりにならないのですか、我が君?」

 「うーん、腹が減ってないはずはないんだが、ここまで大量に出されると、見ただけでお腹がいっぱいと言うか……。」

 「いるか?」とビールの瓶を掲げて見せたが、ランは微笑って辞退した。


 「妾もいまひとつ食欲が湧きませぬでな。少々湯冷めしたのやもしれませぬ」

 「そりゃいかん。待ってろ。何か羽織るもの借りてくる!」

 後ろでランが何か言いかけていたが、俺は気にせず入り口にいる係員の方へと走り出していた。


 *  *  *


<カシム視点>


 マックのバカが席を離れた瞬間、目の前のランさんはテーブルに肘をつき、そっと溜め息を漏らす。


 「奥さん、もしかして、かなり体調悪いんじゃねーか?」

 グラスを置いたオレが問いかけると、彼女はオレの存在に初めて気づいたように、驚いた表情を見せる。


 「……カシム殿。いつから?」

 いや、普段あれほど凛として気を張っているこの女性が、プライベートな空間でもないのに、崩れた様子を見せていると言うだけで、その調子の悪さは推し量れる。気配に聡いはずなのに、オレのことに気づいてなかったみたいだしなー。


 「──痛いのはお腹?」

 唐突にオレの背後から聞き慣れた声が問いかけたが、オレとて付き合いは長いから、今更驚かん(いや、ホントはちょっと驚いたけど)。


 「やれやれ、お二方には敵いませぬなぁ……」

 ほんの少しだけ倦怠の色を瞳ににじませて、ランさんが苦笑する。

 「たいしたことはありませぬ。ただちょっと下腹が痛く、頭が重くて、体の芯がダルいだけであります故」


 いやいや、それって十分たいしたことだと思うぞ!? 聞いた限りでは、風邪の初期症状かとも思えるが……。


 「──ひとつ不躾なことを聞く。前の生理はいつ?」

 ちょ……キダフ、親しき仲にも礼儀ありと言ってだな。いや、女同士ならこういう会話もごく普通のことなのかもしれんが。


 ところが、ランさんは彼女には似合わぬキョトンとした顔でキダフの顔を見つめている。

 「生理……ああ、月経のことですかえ? いえ、妾はまだ知りませぬので……」


 ヲイヲイ、ウソだろう!? 20代半ばで、しかもキダフのような幼児体型(ギロリ)──コホン、少女のような体型の持ち主ならいざ知らず(と言うか、キダフにだって毎月、しっかり「ある」し)、こんな成熟した肢体の持ち主に、「来てない」なんてことが……。


 と、そこまで考えて、この女性が普通の人生を歩んで来てはいないことを、オレは思い出した。


 「──下腹はシクシク痛む感じ?」

 「うむ、言われてみればそんな感じですのぅ」

 つぎつぎ問いかけるキダフへのランさんの回答を聞いていると、ますますその疑いは強まった。


 「おい、キダフ、もしかしてこれって……」

 「──おめでとう、ラン。今日から貴方は“女の子”」

 「は? へ? えーと……え? え?」

 やがて、キダフの言いたいことを理解したのか、ランの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。


 「エエエエーーーーーーーーーッ!?」


 *  *  *


 ランの(滅多に……と言うか一度も聞いたことがないような)絶叫を聞きつけて、慌てて席に戻ったとき、俺は一瞬己れの目を疑ったね。

 あれだけ常日ごろから、凛と気高く、落ち着いた、あの師匠との試練の時でさえも最後まで取り乱すことのなかったウチの嫁さんが、まるで年若い(い、いや、ランさんは今でも十分お若いですヨ?)、年端もいかない女の子のように顔を赤らめて目を回していたのだ。


 「おいっ、カシム、こりゃいったいどうなって……」

 「おめでとうございます、お姉様! この部分に関してなら、わたくしにも色々とご忠告してさしあげることができますわ!!」

 「──私も同じ。頼りにしてくれてよい」


 あのぅ、僕ちん、状況が見えないんですけど。

 いろんな意味で興奮している4人に聞くのはあきらめて、俺はニコニコしているカンティの方に目をやった。


 「あー、何か知ってるか、カンティ?」

 「えーと、何でも、姉君様が“女の子”になられたんだとか。変ですよね? 姉君様はもうリッパな大人の方で、女の子と言うより大人の女性って感じなのに」


 ……

 …………

 …………………

 …………………………


 「なにーーーーっ!?」


 カンティの答えの意味を俺が理解するまで30秒ほどの空白が生じたのだった。

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