第9話.(ト)レジャーを楽しもう! その2

 「我が君、ただ今戻りました」

 「お待たせしましたわ、お兄様」

 素人同然のヒルダとハンマーをほとんど使ったことのないランの組み合わせに、内心ヤキモキしてたんだが、ふたりとも無事な姿を見せてくれたので、まずはひと安心だ。


 「心外ですニャ~。ここは楽しいレジャー施設ですから、命の危険ニャんてあるわけニャいです!」

 リチャードが憤慨しているが、まぁ、気持ちの問題だ、許せ。


 「えーと、おふたりの合計ポイントは……9800ポイント。惜しいですニャ~。あとちょっとで1等を狙えましたのに」

 ってことは、どうやら10000ポイント以上が1等か。


 「中級コース2等の賞品は“カップル焼き肉食べ放題チケット”です。このセンターのグルメゾーンで使用できますニャ」

 初級コースとエラく賞品のグレードが違わねえか、おい?

 「ちなみに、3等は“グレート燻製肉セット1人前”。1等は水晶原珠を使ったペアのネックレスですニャ」


 「な、なんですってーーーーー!!」

 ! な、何をそんなに興奮してるんだ、ヒルダ。お前さんなら、水晶原珠どころか瑠璃光珠を使ったアクセサリーだって簡単に買えるだろうに。

 「そう言う問題じゃありませんわ! 初めてのお姉様とのお揃いの記念品を手に入れる絶好のチャンスでしたのに……」

 ああ、なるほどね。


 「ふーむ、そんなに悔しがるとは申し訳ないことをしたのぅ。やはり、あそこで粘って「古えの王冠」を完成させればよかったか」

 「い、いえ、お気になさらないでください。わたくしが、大公魚を釣り逃さなければ問題なかったのですから」


 ……とか何とかひと騒動があった結果。

 結局、俺が、センターのロビーで売ってる土産物の黒真珠のブローチを“3人分”買う、ということでケリがついた。


 「なんだか、微妙に納得がいかねぇ」

 「あ、あのぅ、兄君様、私の分まで買っていただかなくとも……」

 いや、そういうワケにもいかんだろ。こういう時、女の子をひとりだけハブにするのは後味が悪いし──って、お前さん、本当は男の子だっけか。まぁ、いいや。

 いささか投げ遣り気味に3つのブローチを購入して、ウチの女性陣3人(?)に手渡す。


 しかし、よく考えてみると、ヒルダやカンティはともかく、俺が嫁さんに実用品以外のアクセサリー買ってやるのすら、結婚指輪を除くとこれが初めてじゃねえか、オイ。

 ……ヤバい。なんだか自分が途轍もない甲斐性なしに思えてきた。

 赤貧洗うがごとしの喰うや食わずの生活ならまだしも、家を即金で買えるほどの貯えを持つ旦那としては、いささか情けないかも。

 そう考えると、もうちっとイイもん買ってやるべきだったかなぁ。


 「いやいや、我が君、お気になさる必要はありませぬ。妾はこれで十分満足しておりまする。それに、初めて“家族”で遊びに来たよい記念になるではありませぬか」

 そう言ってもらえると助かるが、逆にランがよくできた嫁だけに心苦しい気もするな。


 「その通りだぜ、マック」

 「糟糠の妻。偕老同穴。内助の功。マックには過ぎた女性」

 「うぅ、やっぱりそう思うか? ……って、お前ら、上級コースに行ったんじゃあ?」

 合いの手を入れて来たのは当然ながらカシムとキダフだった。


 「もうとっくに終わったよ」

 「ぶい!」

 いや、キダフさん、無表情なままVサインされても対応に困りますって。


 「こちらのお客様方のポイントは素晴らしいです! 20000ポイントを越えてるから、特賞ですニャ!!」

 リチャードがエラく興奮してるが、そんなに凄かったのか?


 「ま、運もあるがね。メガボアズを倒したら、連続して竜骨岩のタグが出てな」

 「運も実力」

 キダフの言う通り、ハントマンにとっては採取や標的の当たり外れも重要な要素だしな。ここは素直に脱帽しとくか。

 ──と、思ったのだが。


 「20000ポイントを越えたお二方には、特賞としてロッテ村温泉2泊3日の招待券を差し上げますニャ!」

 何だか、とっても、チックショウ!


  *  *  *


 ともあれ、6人揃っていい汗(?)かいたので、とりあえずひとっ風呂浴びようと言う話になり、女湯のキャッキャウフフを間近で聞きつつ、男湯で悶々とするハメになったわけだ。


 「それにしても、お姉様、相変わらず抜群のプロポーションですわね。とくに、この胸!」


──ムニッ!


 「こ、これ、よさぬか、ヒルダ」 

 HAHAHA、そりゃ俺が、毎晩丹精込めて揉みしだいているからなぁ。

 「いいなぁ、姉君様……」

 「──貧乳はステータス。希少価値がある。問題ない」

 なんとなくキダフの言葉に隠しきれない悔しさが滲んでいるように感じられるのだが、その辺り、どーよ、旦那さん?

 「……ノーコメントだ」


──ビクッ!


 「あら、どうかしまして、キダフさん?」

 「……何となくバカにされたよーな気がした」

 !

 (すげぇ勘だな、おい)

 (バカヤロー、あとでお仕置きされんのオレなんだぞ?)


 「うぅ、でも、やっぱりオッパイおっきくなりたいですよ~」

 「心配ありませんわ、カンティ。女の子は年ごろになれば相応に……そう、おうに…………」

 あ、言葉に詰まったな、ヒルダ。あいつも思春期のころは、ペチャパイに悩んで、涙ぐましい努力を続けてたからなぁ。

 あの頃の辛く哀しい思い出が走馬灯のように脳裏を駆け巡っているのだろう。いと哀れ。

 ──と言うか、ここらへんで誰か根本的な問題に突っ込めよ女風呂。

 カンティは、一応、男のだろーが! ──俺も時々忘れてるけど。


 「本当ですか、ママ?」

 しかしながら、あくまで素直なカンティは、敬愛する養母ママの激励に、目を輝かせている……みたいだ。たぶん、想像だけど。


 「え、ええ……」

 「姉君様は?」

 「ん? 妾は成人した姿で人化したからのぅ。しかし、近所の奥様方の話を聞く限りでは、バランスのとれた食事と適度な運動が、ないすばでぃには肝要とのことじゃぞ?」

 「そうなんだー」

 「乳製品がいいと言うのは迷信ですわ。むしろザクロや大豆などのほうが効果はありますわね。……い、いえ、あくまで人から聞いた話ですけど」

 ププッ! そ、それであの頃、伯爵家(ウチ)の食卓にはやたらとザクロのデザートだの大豆食品だのが並んだワケか。


 「わかりました! 私、がんばります!!」

 まぁ、無駄な努力だとは思うが、(精神的には)乙女の夢を壊すのもナンなので、あえて追求するのは避けよう。盗み聞きしてたのがバレるのも恐いし。


 ──と、その時は思ったワケだが。

 後年、“お年頃”になったカンティの胸が明らかに膨らみ始めて、最終的にBカップを越えるぐらいにまで成長したのには驚いた。思い込みの力ってスゲ~!


 「ぅおーーーい、そろそろ茹だってきたんだが、上がらねーか?」

 女湯の会話が一段落したのを見計らって、壁越しに声をかけてみる。

 「ああ、申し訳ありませぬ、我が君。ですが……」

 「お兄様、レディのお風呂は、時間がかかるものですのよ?」

 「すみません、まだ髪の毛を洗っていないので……」


 ちっ、まぁ予測の範囲内の反応だが。

 しゃあねぇ、先に上がって待ってるか──ん? 何やってんだ、カシム?

 「シッ! バカ野郎。大きな声出すんじゃねえ」

 女湯との境の壁をよじ登って……って、まさか覗く気か!?


 「男と生まれたからには、イイ女が女風呂に入ってるのを覗かないわけにはいかんだろう、同士マクドゥガル?」

 あー、その意見には同調してやってもいいがな。生憎隣りにいるのは、嫁さん含む俺の身内ばっかなんだわ。ドゥー、ユー、アンダースタン?

 「え、えーと……わ、わかった。共に行こう。キダフの裸見るのも許すから」


 それはそれで魅力的な提案だが、多分本人は納得しないと思うぞー。

 「え?」

 チョイチョイとカシムの背後の方を指差す。

 恐る恐る奴が振り向いたその先には……。


 「──憎悪の風呂より来たりて、正しき憤怒を胸に、我は邪心すけべを絶つたらいを執る!」

 今にも鬼神を召喚せぬばかりに憤った女夜叉が、壁の向こうから顔を出されていました。

 「無限の投げ桶(アンリローデッド・ペイル)!」

 「いたいイタイ痛い……や、やめてくれ、キダフ。オレが悪かったから!」


 俺はさっさと逃げたからよく知らんが、カシムが次から次へ投げつけられる桶から逃げ惑う様は、女湯側の湯桶が無くなるまで続いたらしい。合掌。




<オマケの閑談>


 「しかし……改めて考えてみると、ロッテ村温泉旅行って微妙だな」

 「オレたちハントマンにとってはロッテ村って言うと、雪山の麓にある仕事場ってイメージが強いからなァ」

 「──問題ない。センターにかけあって、別の場所へのツアーと換えてもらった」

 「へぇ、そんなこともできるのか」

 「で、どこに行くんだ、キダフ?」

 「──港町ハルメン食い倒れツアー」

 「そ、それも微妙……」

 「──ミコット村英雄記念館見物ツアーと言うのもあった」

 「……素直に換金してこようゼ、キダフ」

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