第6話 怪しい事件

 実家である屋敷を出てしばらくの間、真了と可留は無言のまま並んで歩いていた。

 父、慈一郎から語られた言葉の数々が二人の脳裏を支配していた。


「ちょっと、寄ろうか」

 道路沿いに目に入った薔薇の花壇が美しい公園を指し、真了が言った。

「そうだね」

 可留がうなずく。

 晴天の五月、新緑も生き生きと光っている。

 開いたベンチに二人は腰をおろした。


「父の話だけど・・・・」

「・・・・うん」

 張り詰めた静寂を破り、慈一郎が口にした言葉を同時に思い浮かべた。


『来月の誕生日、二人に秘技を授ける』

 秘技──父、慈一郎は重々しく言った。

『この秘技を用いた者は我が行木家の歴史上いまだ数名のみ。秘技を駆使せず任を全うした者がほとんどだ。が──』

 しばしの沈黙のあと、父は言った。

『黒惨鬼が封を破り再び世に放たれた以上、お前たちに課せられる任は重い。しかしこれも宿命。何としてもあれを再び封じねばならない』


「秘技、か・・・・」

「出来るのかな、俺たちに」

「やるしかないだろ」

「まあ・・・・うん」

『割れた松ノ木、あれは黒惨鬼の宣戦布告だ』

 父の厳しい声が甦る。

「並みの力じゃないな」

 真了が深刻な口調で言い、ふぅ、と、ため息を吐いた。


 その時──


「やだ、近くじゃない!」

「怖いわぁ、家に帰りましょ」

「そうね、戸締まりしなきゃ」 

 花壇の前で子供たちと動画の撮影などをしていた母親らが、口々に言いながら慌てたように急に帰り支度を始めた。

 スマホ画面を見ながら焦った感じが見てとれる。

「通り魔かしら、嫌だわー」

「とにかく帰りましょう」

(通り魔?)

 ベンチに座る二人の前を母子グループが通り過ぎる時に聞こえたその言葉に、真了と可留は瞬時に気配を感じ取った。


 殺業鬼一族──人の魂の闇、どす黒く濁った負のそれに巣食い、突き動かし、他者を殺めさせ、その悲劇の陰な波動を好み、繁栄の養分とする人間界の敵。

 今、耳にした言葉"通り魔"に、そのうごめきを察知し二人の胸はざわめき立った。


「これだ」

 可留がスマホ顔面を真了に向けた。

『アパート経営者、何者かに殺害される』

 ネットニュースのその見出しに目をやると、真了は「黒惨鬼か別の奴かは分からないが──匂う。現場に行くぞ!」と言い素早く立ち上がった。

「よし!」

 可留も勢いよく立つ。


 並んで見交わす互いの目に、覚悟を決めた強い光が宿っていた。

 





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