第4話 父、慈一郎

 黒光りする上質な黒檀の座卓が中央に構える十畳の和室。

 その上座には既に父、慈一郎じいちろうが座っている。

 眼光鋭い目と太い眉、肉厚な鼻に大きめの口。

 二人は物心ついた頃からその存在の威圧感と迫力を感じてはいたが、五十路いそじに入った現在、父から放たれるオーラはますます重厚さを増している。


「見たか?」

 真了と可留が下座に正座をするなり、前置きなく父が口を開いた。

「松ノ木、ですね?」

「見ました」

 二人同時に頷く。

黒惨鬼こくざんきだ」

「こくざ・・・・えっ?!」

「ええっ?!」

 父の口から出たその名にすぐにピン!ときた二人は驚きを隠せず声をあげた。


 1200年前の平安の世から、恨み、妬み、憎悪、嫉妬、などの黒い負の念を抱えた人間の魂の闇につけ込み、操り、この世にあまたの悪害をもたらしてきた鬼界の殺業鬼さつごうき一族。

 

 時のみかどからの任命を受け、その討伐に独自の術をもって命をかけてきた伐鬼道ばっきどう行木おこなぎ一族。


 その当主に代々伝わる奥義書【極ノごくのき】に連なる鬼どもの名。

 その中でもひときわ強く警鐘をならすべく太文字で記されている〈黒惨鬼〉がどのような悪意と技を持ち、人の世に阿鼻叫喚をもたらしてきたかを、幼い頃から二人は伐鬼道の修行の過程で幾度となく聞かされてきた。


 その〈黒惨鬼〉が現れたと、今、父の口から語られ、真了と可留は動揺した。


「うろたえるな」

 二人の感情の揺れを見て撮り、慈一郎はそうたしなめた。

「しかし、父・・・・」

 真了が口を開く。


 語尾に『上』と付けることを好まぬ慈一郎により、二人は幼少期から『父』『母』と、両親をそう呼んでいる。


「黒惨鬼はその・・・・父の先々代が命をもって封じたのでは・・・・・」と、真了。

「確かにそう聞いていますが・・・・」

 可留も口を挟んだ。


「むろん、先代が昭和の時代、その命と引きかえに某所に封じたことは間違いない。しかしその封が・・・・破られた」

「えっ?!」

「だ、誰にっ?!」

「それはまだ見えていない。ただ・・・・」

「・・・・ただ?」

 固唾を飲む二人を前に一呼吸おき、やがて慈一郎は「これは過酷な戦いになる」と強い口調で言った。

 瞬時、室内に緊張が走る。


「父・・・・」

 次の言葉を待つ前に真了が呟く。

「あの・・・・僕らは何をすれば・・・・」

 可留が問う。

「二人共、今から話すことをよく聞きなさい」

 諭すように慈一郎が言う。

「はい・・・・」

「・・・・はい」 


 緊迫と切迫が入り交じるような感情のまま、二人は父から語られる言葉を一言も聞き逃さぬよう、あらためて背筋を伸ばした。


 無音の真空かと思えるほどの静寂が、今、三人を包んでいた。


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