第3話 変事

 門をくぐると広がる見事な日本庭園──


「弘仲さん」

 中でもひときわ目を引く、樹齢三百年と言われる松ノ木の手入れにいそしむ男を見つけ、可留が声をかけた。

「ああ、お坊ちゃん方、お帰りなさい」

「ただいま。相変わらず庭がピカピカだね。弘仲さんのお陰だよ」

 真了の言葉に「ほんとそうだね、ありがとう」と、可留も相づちを打った。


「いやいや勿体ないお言葉ですよ。むしろ長年お仕事を頂けてありがたいのはこちらですから」

 半年ほど前に還暦を祝われた住み込み庭師の弘仲は、そう恐縮をした。


「あれ?」

 何気なく庭を見回していた真了が一点に目を留めた。

「何?・・・・うわ、あれどうしたの?!」

 可留も目をやり不審な声をあげた。


 東の位置に座す樹齢三百年の松の対面、20メートルほど離れた西の位置にある樹齢百年ほどの同じく松ノ木が、まるで天から一刀両断されたかのように真っ二つに裂けている。


「ああ・・・・あれは雷が・・・・」

 妙に口ごもりながら弘仲が答える。

「雷?!」

 真了と可留の驚きの声が重なった。

「はあ・・・・」

 煮え切らない弘仲の口振りに違和感を感じながら、「いつ?」と真了は尋ねた。

「未明・・・・だったか、と・・・・」

「未明? 今朝早く?」

「天気良かったよね、星空だったのに」

 同市内の海側のマンションの一室に二人で暮らす真了と可留は、腑に落ちない顔つきで首を傾げた。

「こっちだけ雷って・・・・」

「弘仲さん、起きてた?」

 住み込みの弘仲は誰よりも早くに起きる習慣がある。

 高さ20メートル近い松ノ木を真っ二つにするほどの雷が落ちたのであれば気がつかないはずがない。

「あの・・・・旦那様がお話になられるかと・・・・自分はその・・・・寝てましたもので」と伏せ目がちに弘仲は言い、「ちょっと失礼します」と、妙にそそくさとその場から離れて行った。


「変だね」

「うん、おかしい」

 同時に何かを感じ取った二人の足は自然と裂けた松の方へと向かった。

 すると──

「真了、可留、早く入りなさい」

 高めの美しい声が背後から二人の名を呼んだ。

「あ」

「母!」

 着物に映える透き通る白肌の四十路よそじの母、結衣子がいつの間にかそこに立っていた。

「はい」

「わかりました」

 松ノ木が気にはなったが、父母には絶対服従の行木家おこなぎけの掟に逆らう気は微塵もない二人はすぐにきびすを返し、母に付き従った。

   

 父の話はたぶん、ただならない──歩きながら二人は同時にその予感を感じていた。


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