プレゼント (完)

 翌日も僕は部室の前にいた。鍵でドアノブを回し、扉を開く。部屋では元通りにコスプレ衣装の数々が三方向のハンガーラックに並べられていた。僕はその光景を見て、思わず安心してしまった。数秒後にちょっと罪悪感が来る。独特すぎる美里愛ちゃんのコスプレ衣装のコレクションを見て、また僕は変な女装押し付けられるのではというおそれが押し寄せてきた。


「何してるの?」

「うわあっ!」

 僕は驚いて転びそうになりながらも立て直し、美里愛ちゃんの方へ向き直った。そこには工藤高校のブレザーの制服ではなく、別々のデザインであり、どちらもどこの学校のものかわからないセーラー服を身にまとった美里愛ちゃんと香帆ちゃんがいた。


「美里愛ちゃん……!?」

 僕は美里愛ちゃんの格好に戸惑った。セーラー服がいつものように露出度高めだったからではない。美里愛ちゃんは黒を基調とし襟元に白いラインとリボンが入った清楚なデザイン。袖は両腕を手首までしっかりと覆っていた。普段は半袖かノースリーブなのに。


 トップスの裾も、ちゃんとお腹を隠している。スカートも膝がちょうど隠れるぐらいの長さだ。


「いかがですか、この衣装」

 そう問いかける香帆ちゃんのセーラー服は、白を基調に、襟元とリボンが青い。スカートはダークグリーンで、白くて細い格子模様が入っている。本当の水兵さんを思わせながら、爽やかにまとまっている。


「二人とも、それってどっちかと言うと」

「あの女の名前は出さないでよ」

 美里愛ちゃんは杏ちゃんの姿を想像してちょっとムッとしたみたいだ。そんな調子で彼女が靴を脱ぎ、玄関に上がったときだった。


 やっぱりJ.K.C.K.は、J.K.C.K.だ。二人のセーラー服の背中部分の下部に、キレイな楕円形の穴が開いている。そこから見えるのは紛れもない素肌だった。スカートも後ろの部分だけがやたら短い。下着のお尻の部分がちょっとしたはずみでチラリとしないだろうか。しかもその新手の露出方法はダブルで行われている。僕は目のやり場に困るとともに、急激に押し寄せた緊張の波と戦っていた。


「どう?これぐらいなら慣れない?」

「私も、これなら以前より恥じらわずに振舞えます」

 二人がいたずらな笑みで振り向く。僕は答えに困る。


「大丈夫みたいね。鼻の奥からナイアガラは流れていないから」

 僕は美里愛ちゃんの言葉に動かされるように鼻の下をいじった。指先をチェックしたら、確かにそこには何もついていなかった。


「色々あって私も考え直したの。官能的に見せるスタイルは変わらないけど、ただ見せっぱなしにするだけじゃなく、体の一部をピンポイントに見せる。上品と見せかけてのセックスアピール。たまにはこれもいいじゃない?」

「そ、そうだね!」

 僕は食い気味に答えた。美里愛ちゃんの露出度が今までよりもマシだったから、しばらくずっとそれぐらいの格好をしてくれたらいいのにと思っていた。


「それだけじゃないわ」

 美里愛ちゃんはカバンを置くと、しゃがみ込み、中から衣装を収めた平たい袋が出てきた。中は紺色一色っぽい。

「これ着て」

 美里愛ちゃんは唐突に衣装を手渡した。


「アンタをアシスタントらしくするための新衣装よ。さあ急いで、これから再び勧誘活動だから。今ならまだ遅くはないわ。帰宅部を中心に狙うわよ」

 僕は急かされるように袋を破く。また美里愛ちゃんならではの卑猥な女装なのかと警戒心むき出しになりながら、衣装をそっと取り出し、広げてみる。


「これは……?」

 僕が取り出した一枚は、学ランのような衣装だった。ただしノースリーブである。なぜか背中の部分は刀の一太刀を受けたように裂けていた。

「さあ、あと一枚あるわよ?」


 僕は袋に残っていたもう一枚を取り出してみる。それは、紺色の短パンだった。推定でひざより数センチぐらい上だろうか。しかし、僕はそれを見て、呪縛から解放されたような気分になった。美里愛ちゃんの顔をうかがうと、自身の手柄に満足そうだった。


「アンタのために用意した衣装よ。これなら文句ないでしょ」

 僕は確信した。最後まで美里愛ちゃんらしい趣味の衣装ではあったが、そんなことが急にどうでもよくなった。


 もう、女の子の格好をする必要はないんだ。


「ありがとう」

 僕は、湧き上がる嬉しさを五文字に込め、着替え始めにブレザーを脱いだ。その様子を美里愛ちゃんはいつまでも微笑みながら見守っている。ネクタイを外し、ボタンを二つ外したところで、僕は女子に着替えを見られている事実に気づいた。

「あの、外に出るか背中向けてくれないかな?」

「リーダーに指図するの?」

「だって、僕は男子で、君たちは女子だろ!」


 香帆ちゃんは警戒を強めるように、無言で部屋の角に向かった。密着しそうなぐらい接近すると、そのまま置物のように動かなくなる。それを見た美里愛ちゃんがため息を吹く。


「しょうがないわね。終わったら『終わった』って言ってよ」

 美里愛ちゃんは不機嫌っぽい表情を見せながら、背中を向けて香帆ちゃんの右隣へ移動した。

「そっちこそ、『終わった』っていうまで振り向かないでよ」

 僕は念を押すように忠告しながら着替えを進めた。


 こうして僕は、ガタイのいい不良みたいなコスプレを完成させた。ちなみに素肌に直接着た学ランのボタンは上のホックまで全閉めだ。美里愛ちゃんみたいに見せたがりじゃないから当然である。

「どう、J.K.C.K.公式アシスタントのユニフォーム」

「素晴らしく似合ってるじゃないですか」

 香帆ちゃんの素直な褒め言葉にちょっと嬉しくなった。

「まあ、ここで着た衣装のなかでは、一番これが好きだな」


「そう、じゃあ、早速行くわよ」

「えっ?」

 僕は戸惑いながらも、美里愛ちゃんが右手に「J.K.C.K.活動中!」と書かれたプラカード、左手に赤い蝶の仮面を持っていることに気づいた。


「これ、好きなんでしょ」

 そういうわけではないが、僕は美里愛ちゃんの勢いに押されるままに仮面を受け取った。しょうがないなと思ってちゃっかり装着した。


「ほらほら、早く」

 美里愛ちゃんが僕を連れ出そうと手を掴む。


「えっ、ちょっと、まだ手をつながれるのは!」

「つべこべ言わない。はぐれちゃったら、結局女子のコスプレを着せちゃうんだからね!」

「それはもっとダメだって!」

「とにかく来るの!」

「私も、早く4人目のメンバーがほしいです」


 美里愛ちゃんに手を引かれるだけでなく、香帆ちゃんまでも僕の背中を押しながら、部室の外へと連れ出した。

「鍵は!?」

「あっ、そうだった」

 美里愛ちゃんのとぼける声に辟易しながら、僕は部室へ戻り、玄関横にかけた鍵を取ると、改めて外から鍵をかけた。


 こうして僕は、美里愛ちゃんや香帆ちゃんとと色んなコスプレを楽しみながら、3年間幸せな高校生活を送る感じになるのか?

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隣人の彼女が必要以上に見せたがりで困ってます STキャナル @stakarenga

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