本当にこれでいいの?

 おもむろにドアが開かれ、風紀委員会のリーダーである恵里香さんを先頭に、4人の各メンバーが黒板の前に並んだ。


「起立」


  何も知らない委員会メンバーの一人の掛け声で、僕たちは立ち上がり、「礼」とともに頭を下げ、「着席」とともに椅子についた。


「それではこれより、J.K.C.K.の今後の活動における緊急会議を始めます」

「ってちょっと」

 何事もないように進行しようとする恵梨香さんを、美里愛ちゃんが遮った。


「昨日の戦いで、私勝ったのよ。もう何も言うことないでしょ」

「確かに、ウチの杏が勝負を仕掛けたのは事実。そしてあなたが勝ったこともちゃんと聞いている。だからこそ、今後の約束に関して正確なことを打ち合わせる必要があるのよ」


「いや、正確なことならコイツが果たし状でしっかり示したから。私が勝ったらJ.K.C.K.とは二度と関わらない約束よね」

「いいえ、J.K.C.K.の活動を認めると言っただけです」

 杏ちゃんが立ち上がり、美里愛ちゃんに反論した。


「不規則な発言は謹んで。とりあえず二人とも落ち着きましょう」

 恵梨香さんが優しく二人を諌めた。二人はおとなしく座り直す。


「最初に大切なことから言うと、J.K.C.K.の活動は認めるわ。こちらから勝手に活動を合わせるような働きは一切しない。ただ……」

「ただ?」

 美里愛ちゃんが怪訝そうな声で復唱する。

「杏ちゃんから言いたいことがあるのよね?」


 杏ちゃんが静かに席から立ち上がる。


「この私を、J.K.C.K.に入れてくれないかしら?」


 衝撃的な申し出に僕は唖然とした。

「ど、どうしてよ?」

「ほら、もうあれで決着はついたから遺恨は清算された。そして、アンタのコスプレに対する考え方について、ずっと考えていたの」

「杏……」

 さすがの美里愛ちゃんも、返す言葉に困っている様子だった。


「やっぱり私、自分の殻に閉じこもりすぎていた。布に包まれ続けることに満足しすぎるあまり、常識はずれな格好を阻害しすぎていた」

「ちょっと待って、それって、風紀委員会であんまり言うことじゃないんじゃないかな?」

 僕も焦って杏ちゃんを心配した。


「大丈夫、風紀委員会のメンバーは続けるわよ。風紀委員会としてJ.K.C.K.の活動を容認することも確か。あまり他の生徒に迷惑をかけない範囲なら、どんなコスプレもしていいわよ」

「ついに、私の主張が理解できるようになったのか」

 美里愛ちゃんが戸惑いながら杏ちゃんの心情を察した。


「少しだけね。それに、他人の服装にいちゃもんをつけて、言い分も聞かないで排除しようとするのは、それこそ工藤高校の風紀に反すると思ったし。その点は、すみませんでした」

 杏ちゃんは潔く僕たちに頭を下げた。

「表現の自由を守るのも風紀のうち。たとえ自分の思想と違う露出度の高いコスプレでも、工藤高校の仲間なら、ちょっとは守ってあげなきゃね。そこで、私もアンタたちの生き方を学ぶために、J.K.C.K.の世界を体験することに決めたの」


「本当にいいのか?」

 美里愛ちゃんが杏ちゃんに真顔で問いかける。

「問題はないわ、真っ黒な蝶の仮面をした人のようなバニーガールのコスプレだって、一度だけなら受ける」


「それなら言うことはないわね」

「美里愛ちゃん、何をする気かな?」

「決まってるでしょ」

 美里愛ちゃんは杏ちゃんの方を見たまま、僕に自信満々に告げた。


---


「ほお、これが噂のJ.K.C.K.のコスプレ!」

 杏ちゃんの、おそらく人生初のコスプレらしいコスプレは、白を基調とし青い線でハートを図案化したような模様が入った鎧に、青いミニスカートでまとめていた。

「これには2パターンあるわよ」


 純白にピンク色のリボンがついた、スカートの短いセーラー服をまとった美里愛ちゃんが、杏ちゃんのコスプレをご満悦に見つめていた。

「香帆、やっちゃって」

「わかりました」

 香帆ちゃんが杏ちゃんのスカートの腰元を掴む。

「せーの」

 スカートが一気に剥ぎ取られた。下からはブルマのような形で密着し、股下が1センチ程度しかない極端なショートパンツが現れた。

「どう?」


 杏ちゃんは慣れないコスプレのせいか、頬を赤らめている。それよりも、僕の方が必死で鼻を押さえている。手のひらを見ると、一応赤くは染まっていない。ギリギリセーフか。

「何手のひらを見てるの?」

 杏ちゃんが素朴に僕に問いかけた。

「いや、何でもないよ」

 僕はそうごまかした。


「なるほど、こんなこと毎日やってるんだ?」

「その通り」

 美里愛ちゃんは満足そうに口角を上げた。

「アンタたちの活動実態はよくわかったわ」

「じゃあ、二着目にいく?」


「そうね。一応乗ってみるわ」

 杏ちゃんは照れながら応じた。僕は誰かに言われるまでもなく慌てて部室から抜け出し、着替えが終わるのを外で待った。


---


 翌日、僕はいち早く部室にやってきた。美里愛ちゃんは今週掃除当番だというので、あらかじめ部室の鍵をもらってドアノブに差して回した。

 誰もいない部屋を訪れると、妙な違和感に気づかされた。部屋に上がり、ハンガーラックへと近づく。ハンガーラックに手をかざしてみる。今までならそんなことさえもできなかった。じゃあ今どうしてできるのか。




 そこに服が一枚もないから。

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