捕まっちゃって余計困ってます

「杏?何でこんなところにいるの?」

 美里愛ちゃんが唖然とした様子で声を上げた。

「私たちも体育館ユートピアの参加者です」

 風紀委員長が落ち着いた様子で杏に代わり答えた。

「申し遅れましたね、私は工藤高校の風紀委員長を務めます、3年B組の板本恵里香です」

 恵里香さんは自己紹介をすると、ジャケットの懐から名刺らしきものを出した。


「といっても、あなたたちは今回我々のターゲットですので、名刺なんて礼儀は必要ありませんね」

 恵里香はあっさり朝令暮改する形で名刺をしまった。この地味に無駄な時間は何だ。


「私はJ.K.C.K.、自由気ままなコスプレ研究会の会長である、奥原美里愛です。ちなみにクラスは言わないことにするわ。アンタたちのような邪魔者が休み時間とかに殴り込んできたら困るから」


「確か、1年A組でしたよね?ウチの杏ちゃんから聞きましたよ」

 恵里香は淑女的な口調で指摘した。確かに彼女のクラスは1年A組だ。というより美里愛はどんな意地で所属クラスを非公表にしようとしたのか。相手は同じ高校の先輩なのに、色んないみでくだらないことを考える会長だな。


「杏ちゃんからの報告を受けまして、我々風紀委員会は、この場でJ.K.C.K.を摘発します」

 恵里香はどストレートに物騒な宣言をした。


「ちょっと待って、アンタたち何言ってんの?何を見てるの?何を血迷っているの?そもそもアンタたちは警察じゃないでしょ?さらにそもそもアンタたち……」

 美里愛の口調はどんどん険しくなっていく。何か爆発しそうなものを溜め込んでいるような感じだった。


「コスプレをしていない!ふざけないで!」

 美里愛は力任せに指を突き出した。指差す先の風紀委員会のメンバーたちは、確かに私服そのものの格好だった。

 それよりも美里愛ちゃんの怒声で、周囲が一斉にこちらに注目し、僕の恥ずかしさがジワジワと増しているんだが。


「確かに、そうだよね。こっちが言うのも何だけど、それってコスプレでしょうか?どう見ても違う気がするんですが……」

 僕は風紀委員会のメンバーをなるべく刺激しないようにやんわりと美里愛ちゃんに加担した。


「アンタたち、目の付け所が甘いわね」

 杏ちゃんがそう吐き捨てると、僕たちの右隣のブースに入り込んだ。2秒も経たないほどの素早い動きで出てきた彼女の手には、ファッション雑誌があった。それは清純派ティーン向けファッション雑誌『Juvita (ジュヴィータ)』である。


「この雑誌、私が確か中学生に入って間もない頃から人気になり始めたんだっけ。これはその最新号。ここに写っていたカリスマモデルたちのコスプレよ」

「ひどい言い訳ね!」

 美里愛ちゃんがたまらず憤慨した。確かに僕も杏ちゃんの弁解には大きな違和感を覚えた。モデルの格好をコスプレと言ってのけた人、初めて見た。そこまでして、僕たちを、というより美里愛ちゃんを捕まえたいのか。


「ちなみに私は、ドイツ人の母と日本人の父のハーフモデル、森田アーデル」

 それが風紀委員長、恵里香の今回のテーマらしい。

「私は、IORI」「私は、天草麗奈」

「そして私、山藤杏は中野瑠理香がJuvita最新号で実際に着ていた服よ」

 次々とモデルの名前を列挙したあげく、風紀委員会が一斉に、誇らしげにモデルボーズを決めた。おしとやかななかにもティーンらしい初々しさが垣間見えて、不覚にも可愛いと思ってしまった。


「何見とれているの」

 美里愛ちゃんが僕の耳をつねる。

「うわあああっ、放せ!」

 痛みと女子に触られている恥ずかしさで、僕は再び狼狽した。美里愛ちゃんの手を離れるや、右手で耳をかばう。


「不意打ちに触るのやめてくれる?」

「敵に惚れてんじゃないわよ。アンタじゃロミオのなりそこないにもなれないんだから」

 痛いけど正直核心に刺さる言葉だ。


「ここでゴチャゴチャしている暇はもうないわ。さっさとアンタたちのことを捕まえなくちゃ」

 恵里香さんが恐ろしい本題に話を戻した。


「私たちは私服みたいな格好してるけど、私服警官っているでしょ。Juvitaのメンバーたちも雑誌内の企画で男女構わずダサいファッションをメッタ斬りにしている。企画名は『Juvita Girlsのおしゃれ警察』。ここがコスプレの現場なら私たちもおしゃれ警察として、リアルにアンタたちを捕まえる次第よ。それじゃあ、やっちゃいますか」


 恵里香さんをはじめ、風紀委員会のメンバーたちが一斉に僕たちに襲いかかった。突然の襲撃に僕も、美里愛ちゃんも為す術がなかった。異様な光景に周囲の人たちが混乱状態になっている。女子同士(一人除く)の取っ組み合いを見て、独特の性癖をさらすように興奮したオタクな男の姿も2人ぐらい見えた。


 でもそんな感想を言っている場合じゃない。恵里香さんと杏ちゃんが美里愛ちゃんを抑え、あとの知らない二人が僕の腕を床に抑えつけた。

「やめろ、やめろ、やめてくれえええええ!僕、二人同時に触られるのはちょっと」

「つべこべ言わないの!」

「それ以上騒いだら……」

 と言葉を途絶えさせた風紀委員会メンバーが、いきなり目を閉じ、キスの表情で僕に迫った。


「ひゃあああああっ、それやったら鼻の奥から赤い油田が噴き出すよ!」

「……じゃあやめとく」

 眠そうな目をしたその女子は、大人しく顔を引いてくれた。しかし、これで拘束が終わるわけではなかった。


「もうイヤだ、離してくれ!何でこんなに力が強いんだ!」

「さあ?アンタが男のくせにショボいだけなんじゃないの?ちゃんと運動してる?もしかしてゲームとかネットサーフィンばかりで体がなまっちゃってんじゃない?」

 ……それも図星だった。


「あああああっ!」


 必死で足をバタバタさせる僕にどんなフェチを見出したのか、一人の小太りの男性が前に立って、スマホをかざしてはカシャカシャカシャカシャ、と写真を連射していた。まさかこれをSNSにアップする気か。しかしそれどころではない事態に見舞われているのも現実だった。


「それじゃあ、連れていきましょう。ほら、誰かバスケ少女をカバーして」

 恵里香さんの指示で、僕を抑えていた一人が、網にかかったままの香帆ちゃんを立たせる。すかさずもう一人の女子が羽交い締めに切り替え、僕を逃がさないようにした。


「ぎゃあ、待って、女子の羽交い絞めだけは勘弁してください」

「じゃあ、コブラツイストをかけてほしい?」

「そういう問題じゃないと思います!」

「いちいちうるさい」


「ほらほら、揉めてないで。問答無用で3人を連れていくわよ」

「はい!」

 こうして僕たちは、警察ごっこ中の美少女4人組により強制退去となった。

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