イベントにこれ着るの?僕が!?
自分の部屋のなかで僕はコスプレカフェで撮った写真を眺めて、呆然としていた。二人の店員と一緒に、美里愛ちゃんは静かな笑顔を浮かべ、香帆ちゃんは精一杯のスマイルを見せていた。僕はド緊張のあまり、女子たちから数センチ離れたところでの撮影なので、なんか仲間外れにされた感じがする。というよりそもそも僕は、本当の意味で彼女たちの仲間ではない。
「ほう、満足満足」
僕の向かい側で人魚座りをしていた美里愛ちゃんは、別の写真をながめてご満悦だった。
「明日のコスプレ、どうする?」
「あのさ」
僕はシリアスなトーンでつぶやいた。
「どうしたの?」
「本当に確認させてくれ。男物のコスプレ、ないの?」
「ない」
美里愛ちゃんは即答だった。
「いや、あれだけ衣装が多かったらさ、紛れ込んでたりしないの?君自身が忘れちゃってるだけで」
「女の子らしいコスプレしかした覚えないから。男装してたら、初めてのそれぐらいは覚えるし。私の記憶に男装した思い出がないってことは、この膨大な点数のコスプレセットのなかに男物の衣装はないの。それぐらいわかるでしょ」
美里愛ちゃんは堰を切ったように言葉を流し僕を黙らせた。
「私、たまには男のコスプレもやってみたいです」
「ほら、香帆ちゃんだって言ってるよ」
「う~ん、少なくとも明日の体育館ユートピアまでには用意できないわね。ほら、今時のネットショップ、注文から到着まで早いって言ってもさ、せいぜい今日注文して明日来るぐらいが限界だし」
僕は希望のないアンサーに幻滅し、床にうつ伏せになった。
「何腐ってんのよ。明日のコスプレ決めないと、私から勝手に決めちゃうよ」
嫌な予感がしたので僕は顔だけ上げた。美里愛ちゃんはクローゼットから預けたケースを取り出す。
「たとえば……」
美里愛ちゃんはそれだけ呟きながら、何かを探しているようだった。
「女装が恥ずかしいんですよね?」
香帆ちゃんが優しく僕に聞いてきた。でも彼女の太ももが僕の胴体に接触しそうになったので、数センチほど距離を取った。
「そうだよ」
「何が恥ずかしいんですか?」
「もう女装してるところを見られたくない。百歩譲ってコスプレはいいわ。でもせめて男らしさを守ってくれ。そう言いたいよ」
「それなら、今持っている服のありあわせで、コスプレっぽくしたら」
「それじゃあコスプレになんないから無理だよ。コスプレっていうのは、リアルに近づかなければいけないんだから。あと、架空の人物作ってその人の格好しているっていう体もナシね。多分主催者絶対に認めてくれないから。追い出されるから」
美里愛ちゃんがケースを掘り返しながら非情な言葉を重ねていく。
「申し訳ないけど、明日もきっと」
「女装かよ。もう嫌だよ。女装しているところを見られたくない」
「でも、入学からまだ1ヵ月も経っていない今、高校ではまだあなたを白滝清太と認識する人はあまりいないのでは」
「まあ確かに、アンタみたいなただの童貞に興味示す人なんて、限られてるってのはあるわよね。少なくともこんなゴールデンウィーク前じゃ」
「そうは言ってもさ、3年間ずっとこんなのが続くんだろ?3年生のときには結局、色んな人に白滝清太=女装って言われちゃうんだよ」
僕は憂いをあらわにしながら、また床に顔を伏せた。
「白滝清太くん=女装……ですよね」
香帆ちゃんが天を仰いで何かを考えているようだ。しかし、僕はそこから何かが出てくるなんて、到底期待などできなかった。
「白滝清太くんが、女装してるって気づかれないとしたら……そうです!」
香帆ちゃんが何かを思い立った。僕は条件反射的に上半身を起こし彼女の方を向いた。
「何があった!?」
「清太くんが女装してるってわからない方法、ありましたよ」
「女装してるって、わからない?」
僕は香帆ちゃんの次の発言に全神経を集中させた。
「仮面を被っちゃえばいいのではないでしょうか?」
それを聞いて、美里愛ちゃんの衣装を探す手も止まった。
「美里愛ちゃん、あれだけコスプレ衣装を揃えているということは、仮面もありますよね?」
「被ったことあるといえば、あるわね」
美里愛ちゃんも心当たりはあるようだった。確かに、仮面を被り、これまでの部活で着たことのない衣装を着れば、他人に白滝清太と認識される確率は限りなくゼロに近い。
「わかったわ。仮面、つけさせてあげるわ。肝心の仮面は、ここにはないけど、明日持ってきてあげてもいいわよ」
「いいの?」
美里愛ちゃんは振り向くと、無言で口角を軽く上げた。
「いいってことだよね?」
僕は念を押すように問いかけた。美里愛ちゃんはピースサインをした。これは仮面の許可に間違いない。
J.K.C.K.に入って、ほんのわずかだが希望の光が訪れた。
仮面のおかげで、白滝清太とは認識されないという楽しみができた。謎の人物という別人でいられるなら、僕はそれでよかった。
あんなくだらない契約書にサインさせられてから、現実逃避したい思いが心の奥底で渦巻いていたのだから。
仮面という楽しみだけを胸に抱えて、次の日を迎えた。
「な、な、な……」
「もしかして、意外と気に入った?」
美里愛ちゃんは僕がこのとき着た衣装に関する感想を問うた。その衣装は、バニーガールだった。
タンキニ型のトップスの胸元で、蝶ネクタイが一体化している、下は股下推定2センチのエナメル地のショートパンツ。網タイツももれなくセット。そして顔にはちゃんと真っ黒な蝶の仮面がついている。
「安心して、ハイヒールではなくブーツだから。それに、ちゃんと仮面は忘れてないでしょ」
「なぜだああああああああああっ!」
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