(悪)夢のコスプレカフェ

「ようこそ楽園へ」

 天使のような白いローブをまとい、純白のベレー帽をかぶった女性が、清純な笑顔で僕たちを出迎えた。全身をゆったりと包んだローブのおかげか、女性から神々しいオーラを感じる。これがコスプレの魔法なのかと思った。それに比べて僕のコスプレは、ガーターベルトなどその他もろもろ隣人で同級生の女子に押し付けられているだけ。ますます恥ずかしい限りだ。


「3名で」

「わかりました」

 女性は僕が男子である事実にツッコむこともなく、座席への案内を始めた。


「こちらの席になります」

「奥に行って」

 美里愛ちゃんが僕の腕に軽くタッチしながら、当たり前のように要求した。座席の左側についたてがあり、僕をその側に座らせることで脱走を防ぐ目論みか。

「何イヤそうな顔してんの、童貞」


「おい、やめろ」

 天使の女性の目が点になっている。僕はこれ以上気まずくなることを恐れ、大人しく美里愛ちゃんが指定した席についた。美里愛ちゃんが隣に座り、彼女の向かいに香帆ちゃんが着く。


「それではご注文が決まりましたら、お知らせくださいね」

 女性が清楚な声で告げると、やや早歩きでその場を後にした。


 周囲を見渡すと、コスプレカフェらしくと言うべきか、女子校生だの勇者だの、水着だの、思い思いのコスプレをした人たちが集まっている。そのほとんどが女性だ。もしかしたら僕みたいに女装している男子も混じっているのかもしれないけど。

「え~と、どれにしようかな」

 美里愛ちゃんが日常のノリでメニューを開く。


「アンタたちも早く決めて」

 美里愛ちゃんが僕たちに見えるようにメニュー表を置いた。

「私、『幸せの黄色いレモンムース』でお願いします」

 香帆ちゃんの言葉で気づいたのだが、このメニュー、よく見ると料理名がどれもクドい。『聖戦の荒野パンケーキ』とか、『ミカエルズユートピアホイップクリームのパフェ』とか、『レフィア国異世界カフェのクラブサンドイッチ』とか。


「清子、アンタはどうするの?」

 美里愛が僕を女装中の名前で呼び急かす。

「だから清太だって」

「どっちでもいいわよ」

「よくないよ」

「いいから早く決めなよ」

 僕は不服を感じながらもひとまずメニューを見つめる。


「クッキーが食べたいから、『ダッシュクッキー』?」

「わかった。私は『ドラゴンズブラッドパフェ』。すみませ~ん、店員さ~ん」

 美里愛はさっさと僕のターンを打ち切った勢いで自分のも即決し、店員を呼んだ。


 注文後、香帆ちゃんの「幸せの黄色いレモンムース」と美里愛ちゃんの「ドラゴンズブラッドパフェ」はすぐに来て、彼女たちは早速それにありついていた。レモンムースは普通のレモンムースだった。ドラゴンズブラッドパフェは、イチゴソースがふんだんにパフェにかけられていて、クリームが真っ赤に染まっていた。そこに真っ二つに切られたイチゴが別々に突き刺さった状態だった。


「へえ、これがリンドヴルムの血か」

 美里愛ちゃんはなぜかファンタジーの世界観に入り込んだように、パフェをじっくりと味わっていた。


「清太、いや間違えた。清子のクッキー遅いな」

「今、いらない言い直ししした?」

「ごめんごめん」

「何に対する『ごめん』なの?そんなに僕のことを女子と見なしたい?」

 僕は美里愛ちゃんの素っ気ない女子扱いに軽く憤慨した。


「でもよく考えたら、ダッシュクッキーって、ここでは男子向けのメニューだった気がします」

「香帆ちゃん、ここ行ったことあるの?」

「このコスプレカフェ、東京都内に4店舗展開されていて、中学時代に別の地区の同じ店に行ったことがありますから」


「そうなんだ」

 僕は何事もなかったかのように会話を収めたが、クッキーの何が男子向けなのかはサッパリわからなかった。


「お待ち遠さまです、誇り高き戦士の方」

 突き抜けるように高いアニメ声で、オレンジのメイド服を着た元気娘がクッキーを乗せたお盆とともにやってきた。

「ダッシュクッキーを注文したのはあなたですね?」

「はい」

 僕は条件反射的に答えた。


「じゃあこれ、ダッシュクッキーなんで、美味しく頂いてください」

 メイドの従業員がクッキーをテーブルに置いた。

「うわ……」

 美里愛ちゃんのつぶやきが生々しかった。僕はクッキーの形を見て、衝撃を受けた。


 まさしく、女子のパンティーの形だった。なかにはご丁寧に真ん中の上の方で小さなリボンらしき形が刻まれたものまである。


「これ、何ですか?」

「ああ、確か、中世のユイラープ国っていうところに、東京で引きこもりのニートをしていて転生した勇者というのがいまして、その人の得意技が『ザ・ダッシュ』。魔法の靴で目にも止まらぬ速さで走ることで、手にバキュームエネルギーを伝え、その結果すれ違った女子のパンティーを」

「もういいです、わかりました!」

 僕は慌てて右手で「ストップ」のサインを示し、説明を遮った。


「あの人、信じられない」

「今日も出たわね、ダッシュクッキー注文した男」

「何となく衣装を着こなせてないから男かなと思ってたけど、あれを注文するってことはバリバリ童貞の男ってことだよね」

 周囲のコスプレ客たちが僕に痛い視線を送りながら口々に冷徹な言葉を放った。僕は観念して従業員の前から手を引っ込め、クッキーと向き合った。


「それじゃあ楽しんでくださ~い」

 従業員が無邪気に去っていくなか、僕はダッシュクッキーの信じられない現実を目の当たりにし、ただただ呆然としていた。

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