6匹目・やはりみんな訳アリのようで

やって来た九人と子音たち三人、合わせて12人。

いや本当に12人やってくるとは。

今は朝食を終えた子音たちも呼んで広間に集まっている。


この広間を使うのも大分久しぶりだ。

昔はおじさん――子音の父親とかがなんやかんや理由を付けて宴会を開いていたのが思い出される。

最近は離れと同じ様に掃除するぐらいでしか足を踏み入れなかったが。


「さてと、さっきはちゃんと挨拶とか出来なかったけど改めて自己紹介してもらっ ていい?」


最後にやって来た三人を見ながら聞く。

結局玄関先でもなんだからと、ひとまず挨拶もそこそこに全員上がってもらったのだ。

なので残りの三人の名前もまだ聞いていない。


「ええ、いいですわ。

 わたくし猪林ししばやし 亥菜りなですわ。

 今は美容関係の仕事を目指している学生ですの。よろしくね」


最初に自己紹介をした女性――亥菜は身だしなみや言動、立ち振る舞いが優雅である。

ただ――ずっと付けているカラフルなマスクが気になった。

どこでそんなカラフルなマスクを買ったのだろうか?

すごく気になる。

まあそれは後で聞くとして、亥菜もやはりと言うかサイドダウンの頭には動物の耳がぴょこっと生えていた。


「次は私ぃ、鳥巣森とりすもり 酉海ゆうみですぅ。

 そちらの鼠谷先輩の一つ下ですよぉ。

 あ、そうだぁクッキー焼いてきたんですけど食べますぅ?」


すごくマイペースな子である。

彼女は今までの人たちとはちょっと違っていた。

ショートヘアの頭部には動物らしい部位は出ていない。

しかし背中には小さいが純白の、天使を思わせるような綺麗な翼が生えていた。

いや十二分じゅうにぶんに可愛い天使なんだけども。

お尻の辺りには尾長鶏の様な尻尾が生えている。


「最後はアタシね☆

 アタシは兎羽毛とうげ 卯流はるなだピョン♪

 超絶美少女小学生のアタシを崇め称えるといいピョン♪」


と両手を頭の上まで上げて兎の耳の真似をして見せる。

……いやその両手の間にモノホンの兎の耳があるんだけど。

ウェーブの掛かったミディアムヘアの頭にある兎の耳。

しかし本当にこの語尾なのかこの子は。

ほら巳咲でも引いてる引いてる。


「あ、アタシの語尾、こんな変なのじゃないんで。

 そこん所、ヨロシクね☆」


周りがドン引きしているのに気付いたのか、少々慌てて訂正する卯流。


「……痛い女子おなごじゃのぅ」


「う、うっさい!

 というかアンタ、アタシよりも年下でしょ!?

 もっと年上を――っていうか喋り方が古臭っ!」


呆れた、という物言いの辰歌に卯流がつっかかる。

まあ確かに辰歌の喋り方は気になる。


「お主らには関係のない事じゃ」


そう言ってから目の前に出されていたお茶をずずっとすする。

しかし本当に年下なのかという疑問が浮かぶほど落ち着いた雰囲気だ。

もしかして俗に言う『ロリBBA』という存在なんじゃないか?


「も~辰歌ちゃん!そんな風に言うものじゃないの~!」


丑瑚にたしなめられるも気にしないといった辰歌。


「皆さんごめんなさいね~。

 辰歌ちゃんはおばあさんとの暮らしが長いのでこういう喋り方で~」


「丑瑚姉様、余計な事は言わないでもよい!」


辰歌の言葉に『も~』と言いながら渋々丑瑚は黙る。

――何かしら家の事情があるのだろう。

私も気になるが辰歌が話したくないのなら無理に聞く必要もないだろう。


さてそろそろ本題に戻ろう。


「それで、みんなはなんでここに集められたかは聞いてるの?」


私の言葉に九人一様いちように首を横に振る。

……本当に当事者たちに何も伝えていないんだな、何かしら事情を知っている関係者共め。

ひとまず私は例の古びた書物を取り出す。


「あのぉ、そのぼろぼろな本はなんですかぁ?」


「――貴女達がここに集められた理由が書いてある本、いやメモだね」


書物の間に挟まれていたメモを抜き取り、改めて読み上げる。

子音、巳咲、寅乃たち三人は前にも聞いていたからか静かにしているが、他の九人は様々な反応を示す。


「え?マヂで?」


「わぅ……私、犬になっちゃうの……?」


とりわけ干支化を治す部分に凄い食いついてきたのは亥菜だった。


「本当に本当なのですの!?

 この動物の――干支化が治せるのですの!?」


カラフルなマスクが眼前に迫ってくる。

――やっぱりすごいマスクだ。


「う、うん。現にそこの三人には今、干支化が現れていないでしょ?」


九人の視線が子音たち三人に向けられる。

子音は立ち上がりその場で右足を軸にし一回転、どこにも動物の部位が無いのを皆に見せつける。

――ちょっとスカートの中も見えていたが。

私は心を落ち着ける為にお茶を口に含む。


「本当に治るのですね。

 撫でてもらうだけで一時的にとは言え――」


「あ、でもチュウしてもらうと一瞬で治るよ?」


ブフゥ!

口の中のお茶が喉を通る前に口から噴き出る。

――先程の説明の中で『キスでも治る』という部分はあえて言わなかった。

巳咲みたいな人が他にもいて、事ある毎に唇を求められてもこっちが困るし。


「しーおーんー」


「え、ど、どうしたの綾芽おねーさん?」


ぶちまけたお茶を拭きながら子音を睨む。

子音自身はなんで睨まれてるのか分からないといった表情である。


「あー……普通に撫でるだけでも治るからね?

 ちょっと時間は掛かるけど――」


「……多少難易度は高いですけど、すぐに治るのでしたら……。

 いやでも、女性同士でなんて……」


顎に手を当てて真剣に悩む亥菜。

……相当切羽詰まっているのだろう。

と、いつの間にか亥菜の後ろに人影が立っていた。


「亥菜りんのそのマスク、いっただき~☆」


卯流の不意打ちに為す術も無く、亥菜のマスクが剥がされる。

亥菜のマスクには他の人も気になっていたようだ。

そして亥菜の素顔が――


「ぶ、豚の鼻……?」


その場にいた全員が亥菜の顔を凝視し固まる。

――そう亥菜の鼻が豚の、いや恐らく猪であろう鼻に変化していた。

マスクをしていた理由はこれか。

この鼻はかなり目立つな。


「……ぷっ!あはははははっ!

 すっごい鼻になってるし☆」


マスクを剥ぎ取った卯流が大笑いする。

見れば他の数人も笑いを堪えている様だ。

私は――驚きはしたものの、笑いは出なかった。

何故なら目の前の亥菜は、顔を真っ赤にして今にも泣きだしそうだったから。


「――どうせ可笑しいですわ!こんな顔!

 う、うわあああああん!」


堰を切った様に亥菜が泣き叫ぶ。

その声に驚いて卯流は笑うのを止める。


「いくらばっちりメイクしてもぴったりなコーデしても、

 この鼻が台無しにするんですもの!

 こんな顔で人前に出られるわけないですし、

 ずっとダサいマスク付けている訳にはいかないですのに!

 美容関係の仕事を目指しているのにこんな鼻じゃ……うわーん!

 おしゃれのない人生なんて真っ平御免まっぴらごめんですわ!

 死んでやりますわー!」


ガン泣きしながらそう言い放つ亥菜。

周りも気まずそうに俯く。

流石に死なせる訳にはいかない。


「はい、さっき笑った人と笑いを堪えていた人。

 亥菜に謝りなさい」


私は少しおこりながら卯流と他数人に向けて言う。


「貴女達の中にも干支化して嫌な思いをした人だっているでしょう?

 治るすべを知らなかった時の恐怖を感じていたでしょう?

 その思いを知っているのに他の人を笑うなんて言語道断。

 ――ちゃんと亥菜に謝らなければ、私は貴女達を治さない」


脅しめいた発言。

しかしながら私の中にもこんな正義感みたいのがあったのかと驚く。


「――ごめんなさい、亥菜りん」


頭を下げて亥菜に謝る卯流。

それを見てか笑いを堪えていた数人も亥菜に近寄り、謝罪していた。

その光景を見て私はうんうんと頷く。


「――かっこいいねぇ綾芽ちゃんは。

 それにまとめ役として十分やっていけるよ」


巳咲が私の近寄り耳打ちしてくる。


「私がまとめ役って……勘弁したい。

 それに――嫌じゃない?

 これから1年、同じ屋根の下で暮らすのに仲違なかたがいとかしてるのって。

 というか巳咲は亥菜に謝らないの?」


「失礼ね、私は年下の女の子が好きなのよ?

 ――どういった姿になっていてもね♪」


ウインクして見せる巳咲。

確かに全然笑う素振りも見せなかった、と言うか獲物を見るような眼だった。


「あ、でも本命はあ・や・め・ちゃんだからね♪」


はいはいと適当にあしらって私も亥菜に近寄る。

先程よりも落ち着いてきたもののまだ少し泣いている。


「遠西、さん……。

 あの、ありがとう、ございます……」


「いいのいいの。

 それよりも、ちょっといい?」


そういって私は亥菜の頭を抱えるよう抱きしめる。


「――!あ、あの、これは――」


いきなりの事で戸惑う亥菜をよそに、私は黙って亥菜の頭を撫で始める。

子供をあやす様にゆっくりと。


「……なんか、懐かしい感じ、ですわ……」


戸惑っていた亥菜も大人しく頭を撫でられている。

周りの子たちもじっとその光景を見つめている。

――ちょっと恥ずかしい。


ぽん!

いつもの干支化が治る軽い音。

撫でる手を止め、亥菜を開放する。


「鏡、誰か持ってる?」


私がそう言うと丑瑚がポーチから折り畳みの鏡を取り出し渡してくれる。


「――ほら、もう大丈夫」


その鏡を開き亥菜に見せてあげる。

そこに映ったのは豚鼻が消え、綺麗な顔立ちの亥菜が映っていた。


「……うわーん!ありがとうですわー!」


再び泣き出して私に抱き着いてくる亥菜。

――今度は嬉し泣きだろう。

そして何故か巻き起こる拍手。なんで?


「すごーい☆本当に治るんだ!」


「押忍!遠西さん、次は私に――!」


「いやいやいや次は私――」


亥菜が治ったのを見て、皆一斉に私の所に押し寄せてくる。

――唯一人、辰歌を除いて。




なんとかほぼ全員の干支化を治し終わって、家の中の案内も終わりほとんど子たちが離れに割り振られた自分の部屋を片付けている。

しかし干支化が残っているのは辰歌だけなのだが――


「儂はこのままでよい。気にするな」


それの一点張り。

丑瑚も一緒に説得するも聞く耳持たない状態だ。


「それじゃあ、治したくなったらいつでも言って頂戴――」


「気が向いたらな」


そう言って離れの部屋へ向かって歩いて行ってしまった。

辰歌の後ろを丑瑚が慌てて追っていく。


「……あの子、気難しいのですわね」


二人とは入れ違いに亥菜が言いながらやってくる。


「なにか、あるんだろうね。辰歌にも」


亥菜はええ、と頷きながら私に近寄ってくる。

……私に何か用なのだろうか?


「先程の礼、と言うわけではないのですけれど――失礼」


そういうと亥菜は私の顔をまじまじと見る。

距離的にはもう鼻が当たるぐらいに。


「や、あの、亥菜?」


「――やはりもったいない!」


顔を離して一言。

何に対してもったいないのか首を傾げる私。


「髪の毛はパサパサ!芋ジャージ!瓶底メガネ!

 だけど少し磨けば輝く素材!もったいないですわ!」


何やら興奮気味の亥菜。

これはもう嫌な予感しかない。


「美容関係の仕事を目指す私には看過できない素材ですわ!

 ですのでお礼の件ですが、綾芽さんを素敵な女性にして差し上げますわ!」


「いや、別に私はそんなのに――」


断ろうとするも亥菜は私の腕をがっちり掴んで、有無を言わさず私を引きずる様に亥菜の部屋へと向かう。


――ああ、こりゃ逃げられないな。

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