5匹目・朝から千客万来

「……ふがっんな!?」


自分のいびきでビックリし目が覚める。


「……ああ、眠ってたのか」


一連の流れを振り返っていたら、いつの間にか机に突っ伏したまま寝ていたようだ。

時計を見れば午前三時。


「まだまだ眠れそう――」


ふと背中に毛布がかかっている事に気付く。

隣を見れば――子音が寝息を立てていた。

どうやら子音が毛布を掛けてくれたようだが。


「……なんで一緒に寝てるん?」


「――んん……」


そんな疑問が声として聞こえていたのか子音が反応する。


「……あ、綾芽おねーさん」


寝ぼけ眼を擦りながら私を認識する。


「子音がこの毛布を掛けてくれたの?」


「うん、トイレに起きたらここの灯りがついてたの。

 こっちに来てみたら綾芽おねーさんが寝てたから毛布掛けたんだー。

 そしたらボクも眠くなったんで隣で寝ちゃったみたい」


まだ少々寝ぼけているもののそう答える子音。

毛布を掛けてくれたことには感謝する。

しかしだ。


「毛布掛けてくれてありがとう。

 ――けどなんで私にぴったりとくっ付いているのかが疑問なんだけど?」


それはもうお互い鼻先が触れるぐらいの距離である。


「だってほら、密着してた方があったかいよー?」


笑顔でさらに密着してくる。

私的には嬉しいが、ここで寝ていては私自身はいいとしても子音が風邪をひいてしまうかもしれない。

ここは名残惜しいが子音を部屋に帰そう、そう思っていると。


「あ、そうだ――綾芽おねーさん、おはよーのチュウ――」


「こら」


子音のいきなりチュウ攻撃を咄嗟とっさに右手で防ぐ。

右手には子音の唇の感触――いつかこの唇を……じゃない。


「まだ3時だしおはようじゃないから部屋に戻って寝なさい。

 私も部屋に戻るから――」


「じゃあボクも綾芽おねーさんの部屋で」


「駄目だからね。

 ちゃんと部屋に戻りなさい」


ぴしゃりと言い放つ。

一緒に寝るのは構わないのだが……ちょっと未成年には見せられない品々があるのが問題だ。

……誰が来ても良いように早目に片づけておこう。


「ちぇ、それじゃ綾芽おねーさんまた後でー」


そう言って子音は毛布を持ち、離れへと歩いて行った。

私は子音を見送ってから灯りを消して自分の部屋へと向かう。

子音の可愛い寝顔を思い出して、にやにやと気味の悪い顔しながら。

――朝からとんでもない事が起きるとも知らずに。



「さて、このぐらいでいいかな――みんなを起こしに行かないと」


数時間寝てからの起床。

朝食の支度を済ませ、離れの三人を起こしに行こうと思っていたら。


「おはよー綾芽おねーさん♪」


「おはようございます」


「……おーはよー……」


子音を先頭に巳咲と寅乃がやって来た。

どうやら子音が二人を起こしてくれたようだ。

寅乃は変わらずだが巳咲はまだ眠そうにしている。


「巳咲、もしかして朝が弱いの?」


「……うん」


「そんな事よりも!綾芽おねーさん!

 おはよーのチュウ♪」


巳咲の事を気に掛けていると、子音がとてとてと私に近づき目を閉じて唇を突き出す。

今度は私からしろと?

二人の目の前でキスするのはちょっと……。

しかし子音はキスするまでずっと待つだろうな。


ふと、見れば子音にネズミの耳が――干支化していた。

……うん、これは干支化を治す行動だ、そう言い聞かせ私は、


ちゅ。


子音の唇に軽く、口づけする。

瞬間、ぽんと耳は消える。


「……これでいい?」


「――う、うん、でもなんか、すごく、気持ちよくて、ふわふわする……」


顔を赤らめてぼーっとする子音。

そして朝食が用意されているテーブルへ着席する。


……ああ、とうとう本当にキスしてしまった。

しかも私から。

そうだ、他の二人は、と――。


「綾芽ちゃん、おはよーのチュウー♪」


「――っ」


巳咲は今の光景ですっかり目が覚めたのか、いつもの調子で唇を突き出してくる。

寅乃は何故か俯き、体を震わせている。

――二人とも干支化をして。

いや巳咲は分かるとしてなんで寅乃も?


「――はいはい、巳咲、こっちきて」


「え、本当にしてく――」


ちゅ。

巳咲が無防備に近づいて所で、唇を奪う。

もうヤケだ。

でも朝から女性二人にキスなんて……いい朝だな!


「……うきゅう」


ぽんと音を立て、赤面し目を回して倒れそうになる巳咲をさっと抱きかかえる。

本当、この人はウブ……いや唇が弱いのかな?

そう思いながらも巳咲を支えながら椅子に座らせる。

ちらっとうなじを見たが干支化は治っている。


さて残るは寅乃だけど。

先程と同じ様に体を震わせている。


「……寅乃?大丈夫」


私の呼びかけにビクンと体が跳ねる寅乃。


「あひゃ!?わ、わたひ、私にも、きききキスしちゃうの!?

 薄い本みたいに!?」


しん、と時間が止まる。

涙目で赤面しているもの何故か嬉しそうな寅乃。

――どう反応すればいいんだろうか。


横目で他の二人を見やるが、二人とも聞いていなかったのかまだポーっとしているが。

少しして寅乃は、はっ!と我に返り咳払いをしてから一言。


「……私の頭を撫でてもらえるかしら?」


「あの今の」


「撫・で・て・もらえるかしら?」


恐らく触れられたくない部分なんだろう。

私も見なかった事にしたいぐらいだ。


ひとまず何事も無かったかのように寅乃の頭を撫で始める。

寅乃は微かに体を震わせているものの、俯き一言も言葉を発しなかった。

そして音と共に干支化が治る。


「――ありがとう、さて冷めない内に頂きましょう」


治るや否や私から離れ、席に着く寅乃。

私も後を追って席に着こうとすると、


ピンポーン♪


インターホンのチャイムが鳴る。


「……こんな朝早くから誰?」


首を傾げながら私は他の三人に先に食べるよう告げてから玄関に向かう。




「はいどちら様?」


玄関の戸を開けるとそこには、カチューシャで前髪を上げたセミロング黒髪の女の子が立っていた。

――当たり前なように頭には動物の耳が生えているが。


押忍おす!ここは遠西さんの家で合ってますか!?」


朝から凄く元気がいい。

少々気圧けおされるも声を掛ける、が。


「あ、うん。そうだけどけど君は――」


「――先輩、朝から飛ばし過ぎですよ!」


「……わぅ、駅から、ずっと、走るのは、きつい、です……」


私の問いかけは別の声に遮られる。

女の子の肩越しから門の方を見ると二人の女の子が走ってくるのが見える。


一人はシニヨンの髪型で一見動物らしい要素は見えない子。

しかしよく見ると耳が普通の人のよりかなり大き目である。


もう一人は前髪がぱっつんであるが目が隠れる長さ、その上ぼさぼさのセミロング――なんか親近感が湧く。

その子の頭には犬の様な垂れた耳が生え、スカートからはふさふさな尻尾が飛び出している。


「――それで、君たちは何の用……いや大体は察しがつくんだけどさ」


私の言葉にしまった!といった表情をする最初の子。


「すみません!ちゃんと挨拶してなかったっすね!

 私は馬頭山めずやま 午馳まちっす!

 四月から高校三年っす!1年間よろしくお願いしまっす!」


自己紹介して一礼する午馳。

なんて言うか体育会系な子だ。


「私は猿ヶ岳さるがだけ 申樹しんじゅです♪

 高二でーす♪よっろしく~♪」


続いてちょっとギャルっぽいテンションの子が自己紹介する。

……そして残る三人目の子はその申樹の背中に隠れて少し顔を出していた。


「こら!恥ずかしがってないでちゃんと自己紹介と挨拶!」


申樹は隠れていた子の後ろに回り、私の前まで押し出してくる。


「わぅ……あ、あの、私は……犬岬いぬみさき 戌輪しゅわ、です……。

 申樹ちゃんと、同じ二年生、です。

 ……お世話に、なります……」


そう言うや否や再び申樹の背後に隠れてしまった。

かなりシャイな子のようだ。可愛い。

しかし今度は高校生三人か。

私も数年前は高校生だったんだよなぁ……。

……なんか私と違って眩しく見える。


まあそれは置いといて。


「みんな詳しい事は聞いてないでしょ?

 とりあえず上がって――」


「あの~すみません~」


今度は間延びした声が聞こえてくる。

私含め皆声の方へと向く。

そこには――大人一人と子供二人がこちらに向かって歩いていた。


「こちらは~遠西さんのお宅で~よろしいでしょうか~?」


声の主はその大人のようだ――お団子と編み込みに小さ目の丸メガネを掛けた女性。

そしてとりわけ目立つ胸……私のと比べたら――いや止めておこう。虚しくなる。

勿論頭には動物の耳――と角。

これは……牛かな?


「はい……えっと、もしかしなくとも貴女たちも、ですよね?」


やって来た女性とそれぞれ手を繋いでる両脇の少女たちを見やる。


一人は服の裾など所々もこもこふわふわの付いた甘ロリファッション。

そして空いている手には羊のぬいぐるみを抱いて……羊だよな?あれは。

妙にでかい目、なんかあの位でかい目の宇宙人がいた気がする。

頭には渦巻き状の小さな角と耳。

ただこの子、眠いのかうつらうつらと頭が前後している。

むしろ立って歩いているのが奇跡なぐらいなほどだ。


もう一人の少女はかなり幼く見えるものの、和服をきっちり着こなしていている。

しかし表情はむすっとしていて、私と視線が合うとそっぽ向いてしまった。

例によって頭には角が……なんだあの角。

全く見た事のない形状の角だ。

それに耳らしいものが見当たらない。


「はい~一年間宜しくお願いします~。

 私は牛池川うしいけがわ 丑瑚ひろこです~」


間延びした口調で一礼する丑瑚。


「――儂は世話になる気はないのじゃ!」


そっぽ向いたまま和服の少女は声を荒げる。

……のじゃって。


「も~ダメでしょ?

 ちゃんとお名前を言わなきゃ、ね?」


丑瑚は和服の少女に優しく諭す。

暫く間を置いて和服の少女が口を開く。


竜胆原りんどうはら 辰歌よしかじゃ。

 覚えなくてよいぞ、どうせすぐ帰るのでな」


「も~辰歌ちゃん!」


丑瑚が叱るように名前を呼んでも辰歌は知らんぷりだ。

辰歌になにかあったのだろうか?

そう思っていると、うつらうつらしていた子がうっすらと目を開けた。

私を確認してから口を開く。


「……羊栖菜浜ひじきはま 未夜みや

 好きな事は寝る事……すぅ……すぅ……」


もう途中から眠っていた未夜。

器用な事しているなぁ。


というか一つ疑問が浮かんでくる。

私の聞いた話では数日ごとに三人やってくるはずなのだが。


「あの、ひとつ聞いていい?

 確か数日ごとに三人、やってくるって聞いていたんだけど?」


「あら~?私は都合のいい日に向かいなさいって~」


「私は準備ができ次第出発しろって」


午馳も丑瑚も皆それぞれ言いぶんが異なる。

そもそもちゃんと連絡を取り合っていたか怪しい。

――だけど居候達がやってくる度に干支化などの説明する手間が省けるのはいいな。

うん、そう思っておこう。


「それじゃ、家に上がって――」


キキーッ!


再び私の言葉を遮るように、家の門の前に赤い軽自動車が止まる。

――もう嫌な予感しかしないな。


車から三人降りてきて、こちらに向かって歩いてきた――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る