4匹目・私のホンネ、私のホント

私の手によってふにゃふにゃになっていた子音たち三人。

しかし暫くすると皆何事も無かったような顔をしていた。

――心なしか全員スッキリした、そんな感じである。


今は離れへやってきて、割り振られた自分の部屋の片づけ中である。

ちなみに後々あとあと、家で使っていた家具などが届けられるそうだ。

急な事情だったので最低限の荷物だけを持ってやって来たとの事。


さて対して私は離れにある大浴場、その浴槽の縁に腰掛けて黄昏たそがれていた。

一応掃除の最中だ。


「――ああぁぁぁぁぁ……」


溜息とも唸り声ともつかない音を口から垂れ流す。

思い出される先程の光景。

従妹いとこと初対面の女性二人を撫でまわしてあんな姿に――


「いやいやいやいや!そうする必要があってだから!

 微塵もやましい気持ちなんて――」


言いかけてかぶりを振る。

――嘘だ。

本当は心のどこかにその気持ちはったはずだ。

だって私は――


「綾芽おねーさん?」


「うひゃあう!?」


突然名前を呼ばれ奇声を上げ、仰け反る。

見れば大浴場の入り口から子音が覗き込んでいた。


「あ、ど、どうしたの子音」


声がうわずりながらも必死に平静を装う。

しかしはたから見たら全然平静に見えないんだろうなあ。

それでも子音は特に気にする事も無く、笑顔で話を続ける。


「うん、みんな掃除も終わったし、夕食とかどうしようって話になったんだけど」


確かにもうそんな時間だ。

急いで掃除道具を片付けながら浴槽に湯を流し込む。


「それじゃ一旦母屋おもやに戻ろうか」


子音は笑顔で頷き、顔を引っ込めた。

遠ざかる子音の足音を確認してから大きく溜息を吐く。


「……私も行くか」


ゆっくりと歩き出し母屋に向かう。




「私、酒のつまみぐらいしか作れないよ~」


「私もサンドイッチとか簡単なものしか」


「ボクはその、料理自体苦手で……」


夕食を作るという話になったのだが、結局まともに料理が出来るのは私だけだという事実。

幸い、食材はあらかじめ色々用意してあったのですぐにでも支度は出来そうだ。


「まあそれでも時間は掛かるからみんなお風呂入ってきちゃって。

 お風呂から上がる頃には晩御飯できてるはずだから」


そう言いながら私は長い髪の毛を束ね、ヘアゴムでまとめ立ち上がる。

まともに台所に立つのは久しぶりだが、たまに母の手伝いもしていたし大丈夫だろう。


「――それじゃお言葉に甘えて、そうするわ」


寅乃がそう言い立ち上がると一緒に子音も立ち上がる。


「綾芽おねーさんの手料理、楽しみにしてるねー♪」


さらっとハードルを上げていく。

これは下手なものは作れないぞ……。


「さあ急いでおいしいもの、作っちゃいましょ」


私の隣でにこにこしながら言う巳咲。

何故か子音たちと一緒に風呂に向かわずここに残っていた。


「……巳咲はお風呂入らないの?」


「行ってもいいけど、その時は子音や寅乃の身の安全は――」


「じゃあ皿を出したり、野菜の皮むきをお願いします」


はぁい、と返事して台所に向かう巳咲。

本気かどうかは分からないが流石に警察沙汰は勘弁してほしい。

私の目が届く範囲に置いといた方が無難だろう。



「――はぁぁ、綾芽ちゃんってば凄い手際だねぇ」


テーブルの上に並べられた料理の数々に巳咲が感嘆する。

私はヘアゴムとヘアピンを外しながら溜息を吐く。


「ちょっと作り過ぎた……」


「まあいいんじゃないの、すぐに駄目になる訳じゃないんだしさ」


思いの外、作るのが楽しくなってしまい調子に乗ってしまった。

まあ残ったら明日の朝にでも出そう。


「そういえば、まだあの二人は上がってこない、か」


「みたいねぇ――ところで綾芽ちゃんはお酒、いけるクチ?」


二人の事を考えながら席に着くと巳咲が聞いてくる。


「そうですね、たま~にたしなむ程度で」


それを聞いて巳咲はニンマリ笑みを浮かべ、どこからともなく日本酒の瓶を取り出した。

いやどっから取り出したんだ。


「じゃあちょっと晩酌に付き合ってもらえる?」


「――本当に少しだけですよ」


台所からぐいのみを二つ持ってきて巳咲に渡す。

巳咲はその二つのぐいのみに日本酒を静かに注ぐ。


「はいどーぞ♪」


日本酒が注がれたぐいのみの一つを私に渡してくる。


「……変なもの入ってないですよね?」


「正真正銘真っ当な日本酒以外はね、それじゃ――カンパーイ♪」


巳咲の差し出したぐいのみに私の持つぐいのみをかちん、と軽く当てる。

そして一口、口に含む。


「……――!これ、すごく呑みやすくて、美味しい」


でしょ!と言葉に出す代わりに満面の笑顔で巳咲は答える。


「……ところでさ、綾芽ちゃんに聞きたいんだけどさ」


一杯目を呑み干したぐらいに巳咲が声を掛けてくる。


「なんですか?」


私は日本酒の瓶を持ち、巳咲のぐいのみに酒を注ぐ。


「ありがと……綾芽ちゃんてさ、

 女性、女の子が好きでしょ?」


酒を注いでいた手が止まる。


「……どうしてそう思うんですか?」


止めていた手を動かし巳咲のぐいのみに酒を注いで満たしてから、続いて自分のぐいのみにも酒を注ぐ。


「んー、なんていうか私と同じ匂いがするのよ。

 ただ綾芽ちゃんは表に出そうとしてないけどね」


私はそれをただ聞きながら酒を一口。


――そうだ、私は同性、女性が好きだ。

初恋の相手はもちろん女の子。

小さい頃に告白した、が。

相手の子から返された言葉は『気持ち悪い』だった。

それ以来、同性を好きという気持ちを言葉にせずに生きていた。


仲良くなる女の子はあくまで『友達』。

そう思うようにしていた。

どうせこんな恋など叶わないのだからと。


高校の時に友人に『同性好き』について冗談ぽく聞いた事があった。

友人らは『2次元ならいいけど』とか『私自身は嫌だ』と口々に言っていた。

ますます私は言い出せず、心の奥底に思いをしまい込んだ。


人付き合いが苦手なのも、ついそれらの本音とか出て嫌われたり奇異の目で見られるのを避けていたらそんな事に。


まあそんな経緯があってか今では見事な干物である。

身だしなみを整えて異性を引き付ける必要性も感じないし、綺麗になっても同性が私を好きになる訳でも無いし。


ちなみにあのアニメが好きな理由も主人公が同性の少女が好きだという部分もある。


しかし今日やって来た子音が実は女の子だと知って内心喜んだ。

私にべったりな子だったのだから、もしかしたら私の事が――とか、なんて。

それだけではない、巳咲に寅乃に子音が我が家で1年居候するのだ。


他の居候が男ばっかでもそれだけで十分だ。


思考が脱線し軽く口元が緩んでいたが、すぐに引き締める。


「それで私が同性、女性が好きだとして、どうするんですか?

 みんなに、子音や寅乃に言いふらすんですか?」


子音は――なんか大丈夫かもしれないが、寅乃は気持ち悪いとか言いそう。

そんな事を思っていると、


「言いふらすなんて勿体ない!

 綾芽ちゃんを狙うライバルが増えるじゃない!」


「……は?」


ポン!という音と共に熱弁する巳咲。

どうやら想いが昂り過ぎて干支化したらしい。


「子音は完全に綾芽ちゃんにべた惚れだし、寅乃は……いやあの子も……。

 ともかく!綾芽ちゃんが同性好きなのを知っているのは私だけで十分!」


「いや意味が全く分からないんですけど」


自己完結している巳咲に呆れていると、


「つまりは私と綾芽ちゃん、二人だけの秘密って事♪」


巳咲は人差し指を立て口元に当てて、微笑む。

その表情を見て――鼓動が高鳴る。

やばい、かなりやばい。

酒も入っているからか、巳咲がすごく、いいと思える。思ってしまっている。


「あー……あ、そうだ」


なんとか気持ちを誤魔化そうとしてある事を思いつく。

私は立ち上がりソファに移動する。


「ほら巳咲、干支化を治すからここに」


そう言って太ももをぽんぽん叩く。


「え!?そこに座っていいの!?」


「違う。――膝枕」


がたっ!と勢いよく立ち上がる巳咲を制し、横になる様指示する。


「どうしてまた膝枕なんて?」


「――私の本音とか本当の部分を共有して秘密にしてくれる、お礼、かな?」


横になった巳咲の頭を静かに撫で始める。


「ん……これは……中々、だね」


子音たちと同じ反応を見せる巳咲。


「あの……間接キスも……良かったけどね……?」


頬を赤く染めながらもニヤリと笑う巳咲だが、私は動じずそのまま撫で続ける。


「まあ……あの状況じゃあ撫でている間に私が滅茶苦茶になりそうだったし――」


と言っているとぽん!と巳咲の干支化が治ったようだ。


「あーあ、もう少し綾芽ちゃんの太ももの感触を味わいたかったのになー」


「いいからどいてください。

 そろそろ子音たちも来る――」


名残惜しそうな巳咲を急かしていると、


「――秘密の共有記念に♪」


ちゅ。


巳咲が抱き着いて私の首筋にキスをする。

何が起こったのかすぐに理解できず固まっていると、巳咲は何食わぬ顔で先程座っていた席について酒を再び呑み始める。


そこに、


「お風呂気持ち良すぎて長風呂しちゃった~♪」


「すみません、髪の毛乾かしたりで時間が掛かってしまって」


子音と寅乃が戻ってきた。

その声で我に返り、ソファから立ち上がる。


「ごめん私達は先に始めてて――」


「お先に一杯やってるよ~」


言いながらぐいのみをぶらぶら揺らして見せる巳咲。


「あーずるいー……ってすごい量の料理だ!?」


苦笑にがわらいしながら皆席について夕食を食べ始める。



――こうして色々と慌ただしかった1日が終わるのであった。

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