3匹目・やって来た理由は

コップにいだお茶を一気に飲み干し、一息つく。


「つまり――」


からになったコップを机に静かに置いてから、言葉をつなぐ。


「なんで動物の耳や尻尾が生えたのか全く分からない上に、

 親や親族たちにここに来るように言われた、と」


私の言葉に三人とも頷く。

それを見てハァと溜息を吐きながら、頭を抱える。


ひとまず玄関先で立ち話もなんだからと、三人を家に上がらせ奥に通した。

そして子音の頭に生えていた耳の事や残り二人それぞれの話を聞いていたのだが、

皆一様に『分からない』と首を傾げる。


それに周りの人間にも耳とか見えているものだから、興味本位で触ろうとしてきたり気味悪がって近づこうとも話しかける事もしなかったりするそうだ。

いや本当、私にどうしろと。


「それで、ええっと……蛇沼さん、でしたっけ?」


「そう、でも巳咲って呼び捨てでいいよ。

 末永くよろしくね綾芽ちゃん♪」


とウインクしながら投げキスを飛ばす。

この人は私が女だと知ってやっているのだろうか?


「……末永くの部分は聞かなかった事にするとして、

 それで巳咲、も何らかの動物の部位が出てるの?」


さっき会ってから今の今まで、それらしい動物の部位は現れていない様に見える。


「まあ私の場合、出てもそこまで不都合は無いんだけどね~。

 ――ほら、見える?」


そう言って後ろ髪を手で上げ、うなじ部分を見せてくる。

なんとなくなまめかしい動作にドキッとするが、すぐに視線が一部に集中する。

――そこには爬虫類系の鱗がびっしり生えていた。


「これだけだと分からないけど、尻尾の形状から蛇っぽいのよ」


立ち上がり背中をこちらに向け、しゅる、と尻尾をしならせ見せつける。

確かに蛇の尻尾?の様だ。


「……あとは、も、もが――」


虎落淵もがりぶち

 ま、言い辛いのは承知してるから寅乃しんのでいいわ」


よくある事だと言わんばかりに肩を竦める寅乃。


「あー……ゴメン。

 それで寅乃は……虎、みたいだね」


私が聞き終わる前に被っていたニット帽を取り、頭の耳と背後から現れた尻尾を揺らして見せる。

白と黄が入り混じった毛並みに黒の縞模様。


「残るは子音だけど――もーちょっと離れてくれないかな?」


他の二人から話を聞いている時からずっと、私の左腕に抱き着いているのだ。

久しぶりに会えて嬉しいのは分かるが――


「……綾芽おねーさんの匂い――痛っ!?」


恍惚の笑みで不穏な単語が聞こえたのでデコピンを一発。

それで我に返ったのか子音は私の腕から離れる。


「あ、ゴメンナサイ!

 なんか綾芽おねーさんと一緒に暮らせると思ったら――」


「一緒って言ったって1年ぐらいだけどね」


その言葉に少し残念そうな顔になる子音。

というかそれよりも。


「子音のその耳と、パーカーの下から飛び出てる尻尾からして――

 ネズミ、だと思うけど」


「え、あ、うん。

 父ちゃんとかもそんなこと言ってた気がする」


ふとある事が思い浮かぶ。

ネズミに蛇に虎。

ぱっと見、全く共通点は無い。

しかし12人と言う数字である事柄が思いつく。


「もしかして、干支、とかかな?」


少し考えてからそんな言葉が出てくる。

まあそれが合っていようが些細な事である。

問題は――


「なんでウチに集まる必要があるんだ……?」


「あのさー綾芽ちゃん?

 ちょっといいかな~?」


頭を軽く掻きながら考えていると、横から巳咲が話しかけてくる。


「なんですか?」


「いやここに来た時から気になっていたんだけどさー。

 この机の上の本は何かな~?って」


巳咲の言葉で初めて気が付く。

皆が囲っている机の上には古びた、というかぼろぼろの書物が置いてあった。


「……全然気づかなかった」


恐らくは両親が置いて行ったのだろう。

しかし私は他の事、主に三人の耳とかに意識が向き過ぎていて気付かなかった様だ。


「これのタイトル、何て書いてあるの?」


寅乃の一言で一同が表紙に目を向ける。


「……分かんない」


「これは相当昔に書かれたものだねー。

 私にもなんて書かれているか分からないけどね」


早々にお手上げの子音と巳咲。


「――『遠西家伝承記』?」


さらっと読み上げる私。

皆が驚いた表情でこちらを見やる。

いやちょっと驚き過ぎじゃないですかね?


「それよりも多分この本に『なんでこの家に集められた』のか、

 載っているかもしれない」


と私は書物を持ち表紙をぱらりとめくる。

しかしすぐにその手は止まった。

――中の紙がボロボロ。

文字も所々虫に食われて読めなくなっていた。


「……ああ、駄目だコリャ。

 解読どころか普通に読むのもできないね」


書物を乱雑に机へと放りだす。


「今綾芽ちゃん、さらっと解読とか言ってなかった?」


「……まあ色々あるんですよ、私にも」


巳咲の疑問を適当に濁す。

と、泳いでいた視線が先程放り投げた書物で留まる。

書物の隙間から明らかに質の違う紙がはみ出ているのだ。


「なんだこれ――」


紙を引っこ抜き眺める。

そこには文字が書かれている――母が書いた綺麗な文字が。


「……初めっからこっち出しておいてよ」


大きく溜息を吐いてから、そこに書かれている文字を声を出して読む。



☆まとめ☆

1.干支化した(干支に憑かれた)人たちは遠西家の人間でしか治せない。

2.放置した場合、干支化は進行し姿形が憑かれた動物の姿になる。

3.様々な気持ち、感情の昂りによって動物の部位が突然現れる。



干支。

根拠も何も無かったが意外と的を射ていたようだ。

それよりも他の三人がそれらを聞いて動揺している。


「え?え?え?ボクたちネズミとかになっちゃうの!?」


「……それは勘弁したいね~」


「……」


「落ち着いて、まだ先があるから」


聞いていた三人をなだめる。

――その先。

なんかとんでもない事が書かれている。

しかし声に出さなければならない。



4.治す方法は遠西家の人間と共に1年過ごす事。

5.動物の部位が現れている場合、短時間の接触により一時的に消すことが出来る。ただし上記3によって再び現れる。


※接触は綾芽からじゃないと駄目だからね。

 手を繋いだり頭を撫でたり接吻でもOK――母より



「――OKじゃない!」


思わず叫んでしまう。

手を繋いだり頭を撫でたりはまあ分かるが、なんだ接吻って。

接吻もしろと?

同性相手に?

そんな事が脳内で巡っていると、


「綾芽おねーさん、試して、みよ?」


不意に上目遣いでゆっくり近づいてくる子音。

その姿になぜか妙にドキドキしてしまう。

それでもなんとか平静を装って、言葉を返す。


「い、いや試すって――」


「?頭撫でて耳とか消えるかやってみないの?」


そう言われて頭の中が冷える。

そうだよね、普通そうだよね。

いきなりキスで試そうとは――


「私は綾芽ちゃんの接吻でよ・ろ・し・く・ね♪」


「……あのー、一つ言っておきますけど私、女ですよ?」


なんか積極的な巳咲に対し冷たい目を向け言い放つ。

しかし私の言葉に巳咲は微笑むと、


「大丈夫!私は女性が大好きだから♪

 もっと言えば私より年下の女性がいいの♪」


両手を頬に添え嬉しそうに体をくねらせながらのたまいやがった。


「あーはいそうですか……それじゃ子音、頭撫でるよ?」


私は巳咲への対応もそこそこに、子音の頭を撫でる事にする。

本当に撫でる事で現状を変えられるんだろうか?

ゆっくりと子音の頭に手の平を乗せる。


「――っ!?」


乗せた途端、子音の身体がビクンと跳ねる。


「え、だ、大丈夫?子音」


「――う、うん……大丈夫、だよ?

 綾芽おねーさん……続、けて?」


そうは言っても明らかに様子がおかしい。

子音の頬は紅潮し、呼吸は荒くなっている。

――ひとまず撫で続ける事にした。


「――ふぁぁ……はぁ……はぁ……んっ!」


いやもう絵面的にアウトな気がしてきた。

ただ頭を撫でているだけなのに。

それだけなのに。


子音の肌はじっとり汗ばみ、先程よりも呼吸を荒くしていた。

その上、時折体を震わせたり跳ねさせたりもしている。


つか本当にこれで動物の耳とか消えるのだろうか?と思っていると――


ぽんっ!


軽い音と共に子音の頭に生えていた耳が跡形もなく消え去っていた。

恐らく尻尾も消えているだろう。

撫でる手を止めると子音は机に寄りかかる様、突っ伏した。

まだ呼吸は荒く肩が大きく上下している。


「だ、大丈夫?」


「なんか……体が……フワフワしてる、みたい」


声を掛けると子音は顔だけこちらに向け、力なく微笑み答える。

ふとある事が脳裏に過る。


撫でたりする度に相手をこんな状態にしなければならないのか――


そんな事を考えていると、


「それじゃあ、今度は私にお願いね綾芽ちゃん♪」


私の後ろから覆いかぶさるように抱き着いてくる巳咲。


「いや、そりゃやりますけど――って、あれ?寅乃は?」


抱き着いてきた巳咲を引き剥がしながら辺りを見回す。

寅乃の姿が見えなくなっていた。


「ん~?なんか綾芽ちゃんが子音を撫でる前ぐらいに『お手洗いに行ってくる』

 って言ってたけど~?」


なんだトイレか。

子音の有様を見て逃げたのかと。

……いや見てたら逃げてたかも。


ひとまず今は目の前の巳咲だ。

だがまずい事に私は今、巳咲を引き剥がすうちに押し倒された形になってしまった。

さらに子音の有様を見てか発情期さながらの興奮状態になっている。


「そんな事よりも!さあ!私も子音みたく滅茶苦茶にしてぇ!」


いや滅茶苦茶にした覚えは無いんだが。

むしろ今私がされそうだ。

そうこうしている間に目の前の巳咲は唇を突き出し、迫ってくる。


しょうがない。


私は右手の人差し指の腹を自分の唇に軽く当て、その指の部分で巳咲の唇に軽く触れる。

ちょっとした間接キス。


「――今はこれで我慢してください、ね?」


そう言いながら微笑む私。


多分微笑んでいる、はず。

これで巳咲が止まらなかったら……投げ飛ばすしかないかな。


「……」


ぽんっ!


子音の時と同じ軽い音が響くと、巳咲はごろりと床に転がる。


「……え?」


少々驚いた。

ちょっと唇に触れただけで元に戻ったのだから。

見れば巳咲は顔を真っ赤にして目を回していた。

……意外とウブなのかもしれない、この人。


しかし今の間接キスは我ながらナイス行動だった。

何かのマンガで見たのが良かったのかもしれない。

タイトルは思い出せないけど。


それはともかく、なんて言うか。

こう――二人も私の手で……ソフトに言えば気持ちよく?させてしまったのだが。


「なんか……もっとやってみたくなる……」


「ふぅ……静かになったけどどう――」


丁度寅乃が戻ってきた。

寅乃は目の前の光景を見、言葉が途切れる。

元の姿に戻ったもののぐったりしている二人と不敵な笑みを浮かべる私。


「――まだ、撫でる人が残ってるぅ……」


私はゆっくりと立ち上がり寅乃へと向かい歩き出す。

少しずつ後ずさりする寅乃。

しかし背後には壁。

寅乃の身体は壁に当たるとその場にへたり込んだ。


「あー……あの、私、何も見てないし、この耳とか尻尾も、

 消えなくても今の所問題は無いかなーなんて、だからさ、

 撫でたりしなくも――」


先程までのクールな印象もなく必死に逃れようとしている寅乃の頭目掛けて、容赦なく振り下ろされる私の手の平。


直後、寅乃の可愛らしい『ふにゃあぁぁ~』という声が響いたのであった。

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