7匹目・買い物と言う名の

亥菜の部屋に連行されて数時間。

日は傾きもう間もなく夕食の時間になる、予定なのだが。


「――ううん、これだとちょっと色が暗いかしら?

 もう少し明るめのこれとこれを――」


未だに解放されない。

亥菜はずっと私に合いそうなコーデを思案している。

ちなみに髪の毛の方は痛みがひどすぎてすぐにどうこうできるモノじゃないそうだ。


「髪の毛はちょっとずつ補修しながら整えていくしかないですわね。

 その間はまず服からですわ!」


とウキウキしながら亥菜は自身の服から私に似合う服を選び始めた。

私、私服はほとんど持ってないからね。

しかし亥菜の服、サイズはいいのだが私には似合わないみたいだ。

亥菜はしばらくとっかえひっかえした挙句、服とにらめっこし始めた。


「――あのさ、やっぱり私にはおしゃれな服とか似合わないと思うんだけど」


痺れを切らして亥菜に言ってみる。

もうずっと椅子に座りっぱなしでお尻が痛くなってきている。

つか解放してくれ。


「うーん……私の手持ちの服じゃ綾芽さんに似合うコーデは出来ないみたいわね……」


「あー、ならしょうがない。だから――」


「それでは明日服を買いに行きましょう!

 私、いいショップを知っていますのよ!」


名案を思い付いたといったような表情の亥菜。

ああ駄目だ。

どうあっても亥菜は私のコーディネートは諦めてくれない様子。


「あの、放っておいては――」


「できませんわ!」


言い切られた。


「では早速明日、私の車で向かいましょうか!

 ふふふ、楽しみですわ~♪」


かなりウキウキの亥菜である。

ああ、もう自分が着せ替え人形になるさまが目に浮かぶ。

……きっと私だけじゃ止められないだろうから、他の子たちにも付いてきてもらおう。

今は皆、春休みだそうだ。

ただ巳咲と寅乃は学生ではなく働いているとか言っていたが……。

何の仕事しているんだ、あの二人は。


「それじゃあそろそろ晩御飯の支度に行っていいかな?」


「あら、もうそんな時間なのですね。

 私もお手伝いいたしますわ」


支度を理由にそそくさと部屋を出ようとする私の後ろをついてくる亥菜。

まあ手伝ってくれるならありがたい。


「ちなみに亥菜は料理は出来るの?」


「そこそこには出来ますわ。

 実家でも母と一緒に料理していましたので」


亥菜は可愛らしいどや顔と小さく控え目にガッツポーズで料理が出来る事をアピールする。

可愛い。

凄く可愛い。


何故か私は――無意識に亥菜を抱きしめていた。


「――!?あ、綾芽さん!?」


亥菜の慌てた声で我に返る。


「ご、ごめん……つい亥菜が可愛すぎて無性に抱きしめたくなっちゃって……」


言い訳にもならない言い訳をしながら、私の腕から亥菜を開放する。

解放された亥菜は顔を真っ赤にしつつそっぽ向くも、睨むような視線だけは私へ向けている。

しかし照れ隠しなのか左サイドに流している長い髪の毛先を指でくるくるといじる。

少しの間、沈黙が支配するも――


「……あの、綾芽さん?」


ためらいがちに口を開く亥菜。


「な、なんでしょうか?」


何故丁寧なんだ私。


「……本当に、私、可愛かった、のですか?」


その質問を口にした後、恥ずかしかったのか亥菜は私から視線を外す。

顔どころか耳も真っ赤になっている。

――そんなところも含め私は素直に答える。


「うん、亥菜はすっごく可愛い女の子だって思うよ」


私の言葉に亥菜は大きく目を見開き、ぽん!と干支化した。

亥菜はさらに顔を真っ赤にし、両側の頬を覆い隠す様に両手をそれぞれに添える。


「え、ちょ、きゅ、急にどうしたの!?」


「わ、私、小さい頃からずっと『綺麗』とか『おしゃれ』とは言われていましたけど――」


自慢か、とツッコミを入れそうだったが堪える。


「真っ直ぐに『可愛い』と言ってくれたのは綾芽さんが、初めてですの……」


そう言うと思い出したかのように亥菜は私に背を向ける。

……おそらく干支化した自分を正面からあまり見てもらいたくはないみたいだ。

それを見て私は――亥菜の肩を掴み、回れ右させる。


「ひゃっ!?あ、綾芽さん!?」


亥菜はこちらに向くも顔をそむけようとするが、私は両手で亥菜の顔を固定しそれを阻止する。


「こら、暴れないの。

 干支化を治せないでしょう?」


私がそう言うと亥菜は大人しくなった。

その様子を見て私は右手で亥菜の頭を撫で始め、左手は添える様に亥菜の頬へ。


「――本当、不思議ですわ」


「……なにが?」


私の疑問に答えるかの様に、亥菜は添えていた私の左手を優しく両手で包み込む。


「私をここまで心地良い気分にしてくれる方が、目の前にいらっしゃるなんて」


そう言うと同時にぽん!と干支化が治り、亥菜は私の左手を頬に寄せ微笑む。

確かに亥菜は綺麗だ。

しかしその中には紛れもない可愛さが在るのだ。


その可愛さに私は惹かれているみたい。

……ああ、また衝動的に亥菜を抱きしめたくなってしまう。

しかしここはどうにか堪えなければ。

抱きしめた途端、亥菜が干支化しないとも限らないし。


「――はい!おしまい!」


なんとか理性を保ち、亥菜から離れる。

亥菜は少々、いやかなり残念そうにしていた。

そこに――


「も~綾芽さん、ここに居ましたか~。

 皆さんおなかぺこぺこだそうですよ~?」


丑瑚がやって来た。


「あ、うん。すぐに支度するから。

 さ、亥菜も一緒に行くよ――」


そう言って亥菜の方を向くと、亥菜は何やらブツブツ独り言を呟いていた。


「……次は……で……かしら……」


私の言葉にも反応せずに何か言っているが聞き取れなかった。


「おーい、亥菜ー?」


亥菜の目の前で手をひらひらさせてみる。

流石にそれで我に返ったようだ。


「――あ、も、申し訳ありませんですわ!

 早く行きましょうか!」


言うや否や顔を真っ赤にしてパタパタと小走りで先に行ってしまう亥菜。

そして置いてかれる私と丑瑚。


「……何かあったんですか~?」


首を傾げる丑瑚に『特には』と適当に返す。

ある意味イチャイチャしていた、なんては言えないし。

まだ疑問符が頭に浮かんでそうな丑瑚を連れて私も歩き出した。




翌日。

隣町まで亥菜の車が走る。

私はその車の助手席に座っていた。

運転手はもちろん亥菜。

車の中には――この二人しかいない。


前日の夕食中に亥菜以外の皆に『買い物に行かないか?』と聞いてみた。

亥菜的には私と二人だけで行くつもりだったようで、ちょっと不貞腐れていたけど。

しかし返ってきた答えは――


「スミマセン!遠西さん!

 自分、部活の助っ人に呼ばれているっす!」


「綾芽おねーさん、ごめんなさい。

 ボクもバスケ部の試合があって……」


「私もぉ鼠谷先輩のお手伝いとかにぃ行くのでぇ」


午馳、子音、酉海は部活。

酉海は小学校卒業したてだが、前々から子音の試合を見に行っては手伝いをしているそうだ。


「私は戌輪や他のダチと遊びに行く約束してるんで無理でーす」


「……わぅ」


「私も友達と約束があるから無理☆」


申樹、戌輪、卯流は遊びに行く約束。

友達は大事だよね、うん。


「……おやすみ」


「勝手に行けばよかろう」


未夜、辰歌は外に出る気無し。


「……私は~辰歌ちゃんのね~」


丑瑚はそっと耳打ちしてくる。

辰歌のおもり、いや勝手に自宅に帰らないように見張るそうだ。

ちなみに丑瑚は辰歌の母の妹だそうで辰歌の事は昔から知っている。

――辰歌に何があったのかと言う事も。


それは置いといて。


「ごめんねー綾芽ちゃん。

 私も仕事の打ち合わせが朝からあってねぇ」


「私も――お昼頃から仕事だけど、

 それまで部屋にこもっているから」


巳咲、寅乃は仕事――本当何の仕事しているのか謎だ。

謎過ぎるので――


「二人とも何の仕事してるの?」


思い切って聞いてみる。


「んー?言ってなかったっけ?絵本作家よ、私。」


お酒を呑みながらあっけらかんと答える巳咲。

今日のお酒は芋焼酎だそうだ。

いやそれはともかく、私含め一同驚く。

そりゃそうだ。

普段からの言動などから、かなりかけ離れている感があるし。


「……え?酔っ払いの戯言たわごとか何かですか?」


「マジよマジ。あとで私の作品見せてあげるからね~」


疑いの目を向けるも巳咲は気にせず、上機嫌にコップに注いだお酒を呑みす。

まあ後で事実確認するとして。

寅乃の方はと言うと――


「私は、私の仕事は、みんなに言うほどのものじゃないから」


皆から目を逸らしてそう言う寅乃。

言いたくないのか、はたまた仕事上の理由で言えないのか。


ふと寅乃が実は暗殺者とかで、依頼を受けて秘密裏に始末している――そんな妄想が唐突に思い浮かんだ。

でもちょっとグラサンが似合いそうではある。




まあそんなこんなで結局は亥菜と私だけで服を買いに行く羽目に。

私はいつも通りジャージ姿……は亥菜に止められたので、母のおさがりを適当に着ている。

亥菜曰く『限りなく不可に近い可』だそうで。


「――それにしても残念でしたわね。

 皆さん都合つきませんで」


『本当に残念だ』といった言葉とは裏腹に表情は凄く嬉しそうな亥菜である。

まあ誰も来てくれないのは残念だが、しょうがない諦めるしかない。


「それにしても嬉しそうだね亥菜」


「え!?そ、そうですか!?」


私の言葉にみるみる頬を赤らめる亥菜。


「……だって、綾芽さんと、二人きり、ですもの」


二人きり。

そう二人きりなのだ。

私はどうにか亥菜の暴走を止める事にしか頭に無かったが、よくよく考えてみれば可愛い女の子と二人きりでショッピング。


普通であれば仲の良い友達とショッピングと言ったところ。

だがわたし的に見ればデート。

……まあ亥菜もそう考えていたら嬉しいけど。


――そう思ったら、なんか急に亥菜を意識してしまう。

しかしふと、脳裏によぎる。


亥菜は私の事をどう思っているんだろう、と。


亥菜もなんかそれっぽい事を言っている気はするけど、

それは友達的な事なのかそれとも――

そうこう考えている内に車は次第に目的地へと近づいていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る