第15話 盗賊洞窟

 盗賊達は山を登り、谷を下り、さらに崖っぷちを歩き、彼等のアジトであろう場所についた。

 みすぼらしい小屋が数軒密集して建ち、少し離れた所に洞窟のような獣が住んでいそうな洞穴があった。男達はサシャと人間の子供を抱えたままその洞窟へ入っていく。中は暗く、壁に吊るされた松明だけが明かりの頼りで、松明から離れると漆黒の闇になる。シン達の暮らした薄明かるい洞窟とは違う、ジメジメして陰鬱な雰囲気が漂っているが、その暗さのおかげで身を潜める場所に事欠かず、男達を追うことができた。


「それにしても、獣人ってのは本当にいい身体してやがる。うちの母ちゃんのゴツゴツした身体と比べもんになんねぇ」


 男は、サシャの尻を撫で回しながら、その尻を握った。


「次は俺に運ばせろ! おまえばっかさっきから触りやがって」

「何言ってんだ。荷物運びが俺の仕事だろ。いつもそう言って、俺に重い荷物運ばせるじゃねぇか」

「なら、今回はこっちの軽い方を運ばせてやるよ」

「やなこったい! 」

「おまえらうるさい!! 第一、いくら縄で縛って猿轡を噛ましているからって、そいつは獣人だぞ。目を覚ましたら厄介じゃねぇか。檻まで我慢できねぇのか?! 」


 親分の一喝で、すぐに子分達は口をつぐんだ。


 洞窟を進むとの横穴に鉄格子をはめて檻のような物があり、中には何頭かの獣が入っていた。みなビクビクと壁に張り付くようにしており、男達の来訪を明らかに恐れているようだった。


「ほれ、お母さんだよ」

「馬鹿か、そんな訳あるかよ」


 サシャを檻の中に投げ入れた。

 獣がガチャガチャ音をさせ、サシャに近寄ってくる。臭いを嗅ぎ、またすごすごと壁側に戻った。

 獣達の足には足枷がついており、動きが制限されているらしい。

 同じ足枷をサシャにもつけると、その冷たい感触が引き金になったのか、気絶していたサシャが身動ぎした。


「お目覚めだよ、お姫さんが」


 サシャの目がパッチリ開き、辺りの様子が理解できずに何事か呻いた。手足の自由を奪われ、口まで封じられていることに気がついたサシャは、ひたすら唸りながらゴロゴロと転がり回った。

 多分、罵詈雑言を叫んでいるんだと予想され、それは全くもって間違っていなかった。そんなサシャを押さえ付け、数人の盗賊がサシャに襲いかかる。目の前に若くてピチピチした女がいる。やることは一つだ。


「元気なお姫さんだね。ところであなた達、この子には手を出さない方が高く売れるけど、それでも犯すつもり? 」


 サシャの足回りだけ縄をほどこうとして、おもいっきり蹴り飛ばされていた盗賊が、目を白黒させながら何とか縛り付けたままヤれないか試行錯誤していた時、フードの人物が言った。


「どういうこった? 」


 檻の外から盗賊達の蛮行をニヤニヤ眺めていた親分が、フードの人物に向き合う。


「成人した獣人に珍しく、この子は初物だからだよ。初物のままなら、かなり値が上がるだろうさ」

「それは本当か? 」

「私の言うことが信用できない?」


 親分は檻の中に入ると、片っ端から子分達を殴り付ける。


「おまえら表に出ろ! 檻に近づくことは禁止だ! 」


 親分はサシャの猿轡をむしり取った。


「もし誰かが忍びこんできたら、その鋭い牙で食らいついてやんな。ほらよ、餌でも食って毛並みを整えとけ」


 親分は、さっきの子供をサシャの目の前に起き、サシャと繋がった足枷をはめた。

 子供を餌と言い放った親分は、下卑た笑いを浮かべながら子分達の尻を蹴りつけ、檻から出させるとガチャリと錠前を下ろした。


「いいか、見張るだけだぞ! 絶対に手を出すな! 手を出した奴は金玉ちょんぎるからな」


 見張りを二人残し、盗賊達は洞窟を出て行った。フードの人物もその後に続き、シンの隠れている辺りを通りすぎる時、クスリと笑ったように見えた。


 見張りの男達はあーだこーだ言い合いしていたが、結局サシャに卑猥な言葉を投げ掛けるだけで、檻に手をかけることはなく、驚いたことにそれに対して百倍言い返しそうなサシャが無言を貫いた。


 サシャは猛烈に怒っていたのである。

 何よりも、間抜けに捕まってしまった自分にだった。


 男達がサシャをからかうことに飽き、ウツラウツラ眠りだすと、サシャはくの字に身体を折り曲げ、ガリガリと縄を噛みだした。その鋭い牙で、ものの数分で太い縄は噛み千切られ、身体の自由が復活する。

 同じように足枷も噛んで外そうとしたが、さすがにこれは無理だったらしく、鉄の錆びた味にペッペッと唾を吐いた。


「あんた……」


 同じ足枷に繋がれた人間の子供に目を向けると、サシャは子供に一歩近づいた。

 食べられると思ったのか、子供は首を振りながら後ずさる。


「身体は? 溺れてた子だろ? 身体は大丈夫なの? 」


 ガリガリに痩せた身体で、目だけがギョロギョロしていて、男か女かすらもわからない。


「あんたも、この子らも、……あたしも、あいつらに誘拐されたって訳か。そんなに怯えるんじゃないよ! あたしはダイエット中なんだ。肉なんか食わないんだよ。第一、あんたに食べれそうな肉なんかついてないじゃないか。あんたらも、この子を食おうなんて思うんじゃないよ」


 獣……ではなく獣人の子供達だったらしく、喋れないまでも子供達もウンウンとうなずいた。彼等は盗賊にとって商品であるせいか、食料だけは与えられているようで、人間の子供ほど可哀想な状態にはなっていなかった。


 頃合いを見計らって、シンが檻の前に姿を現した。


「シン! 」

「シッ! その縄と猿轡貸して」


 さっきまでサシャを縛っていた縄を指差して檻越しに受けとると、爆睡してイビキをかいている一人を手早く椅子ごと縛り上げた。


「……うん? 何だ? おい、ズンダ、起きろ!! 」


 縛られた一人が声を上げ、もう一人に助けを求める。

 しかし、すぐにもう一人にとびかかったシンは、盗賊が椅子から立ち上がるよりも早く椅子ごと地面に引き倒し、両手に巻き付けたロープをピンと張り、男の喉を圧迫する。男は一瞬でおちた。


「こ……殺したのか?! 」


 シンは軽々と椅子ごと気絶した男を起き上がらせると、やはり縄で椅子ごと男を縛り上げた。


「殺してませんよ。気絶しているだけです。」

「な……、何なんだ?! おまえ人間だろ? そのガキの家族か? 」

「いえ、知り合いがこの中にいるだけです」

「何よ! 将来の妻でしょ」

「いえ、赤の他人です。あの、檻の鍵はどこですか? 」

「お……教える訳がねぇだろ! 」


 男は、チラリと気絶している男のズボンを見てからそっぽを向いた。シンは気絶した男のポケットをあさる。


「あ、こら、そんなとこにねぇよ! ねぇってば! 」


 男のポケットから鍵が一つ出てきた。

 錠前に合わせると、ガチャリと音がして錠前が開く。檻に入り、その同じ鍵で足枷を外そうとしてみたが、どれも開かない。


「ハッ! 開く訳ねぇだろ! 馬っ鹿じゃねぇの?! 」

「あんたね! シンのこと馬鹿とか言ったわね? 足枷外れたら、あんたのこと真っ先に食ってやるから」


 サシャが牙を出して唸る。


「ヒッ! 」


 男は縮み上がって震え、椅子ごと逃げようとする。

 シンは椅子を檻に縛り付け、動かないように固定すると、男の前に回り込んでしゃがんだ。


「あの、足枷の鍵はどこでしょう? 」

「俺達は持ってねぇよ! なんなら探してみろよ! 」


 その強気な態度と泳がない視線に、どうやら本当に持っていないと判断した。


「なら、誰が持っているんでしょうか? 」

「はん! 親分以外誰がいるよ。親分をその辺の盗賊と一緒にすんなよ! ものごっつ強いんだかんな!おまえなんかケチョンケチョンよ! 」

「そうですか、わかりました」


 シンはニッコリ笑って男にゲンコツをくらわすと、男はキューっと気絶してしまう。


「ちょっと行ってきます」

「はいはーい」


 サシャはシンの強さを疑うことなく、笑顔で手を振って送り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る