第13話 獣人の里

 ヤタラとユタの里は、森の中の木の上にあった。一見はただの木なのだが、その木の枝に隠されたように小さな小屋が点在し、全部で五十から六十ありそうだった。


 シン達が近づくと、木の上でキーキーと獣の鳴くような声がし、ヤタラが同じような声を出したらピタリと止んだ。


「とりあえずこっち」


 ヤタラとユタは器用に両手足を使って跳び移るように枝から枝へ登っていき、その後をエルザがフワリと飛ぶように枝に跳び乗っていく。シンは、大きな荷物を背負っていた為、よじ登るように木を登り、サシャもあまり木登りは得意ではないのか、ずり落ちながらもシンの後に続いた。

 木の中腹、外からは見えない位置に枝を器用に編み上げ、壁や屋根となっていた。外から見たら枝だが、中はそれなりに広さがある。木の上の家のわりにであるが。


おさ、あのこちら……」

「エルザ・オルコットだ」


 ヤタラに紹介されるよりも早く、エルザは自分から名乗った。頭と呼ばれた人物は、かなり大柄で体格がいい男だった。部屋の真ん中であぐらをかき、いかにも偉そうな風貌である。その男が、エルザの名を聞くや、いきなり正座になり、背中をピシッと伸ばして深々と頭を下げた。


「お初にお目にかかります。私、この里の長トトと申します」

「うむ。調べたいことがある。数日の滞在許可をいただきたい」

「調べたいことですか? 獣人の誇りエルザ様のおっしゃる通りにいたします。ヤタラ、ユタ。使っていない枝屋しおくがあっただろ。至急修復して使えるようにしなさい」


 獣人の誇り?

 伝説の魔女じゃなかったのか?


 エルザにはいろんな二つ名があるらしい。建国の魔女に伝説の魔女……。どちらも魔女だが。次は獣人の誇り?

 シンがそのことについて聞きたそうにしていると、エルザがシンの方を向いて言った。


「シン、おまえも彼等を手伝っておいで。私は里長と話すことがある」


 里長トトの前に座り、話し始めたエルザを横目に、シンはヤタラに促されて里長の枝屋を出た。


「こっちだ。俺の家の隣に空枝屋がある」

「シオクって?」

「うちらの住んでいる家のこと。昔は枝を組んで屋根のようにした下で寝起きしていたんだ。今みたいに囲われてなかった。だから、枝の屋根ってことだよ」

「へぇ、知らんかった」


 ユタの説明に、ヤタラまで感心したようにうなづいている。


「ユタは物知りなんだ! うちの里で一番頭がいい」

「一番って大げさだよ」

「猿だけに猿知恵に長けてるってね」

「サシャ! 失礼だよ」


 シンに窘められても、サシャはシレッとしている。


「ふん、木登りも満足にできない奴に、何を言われても気にならないさ。なあ、ユタ」

「何よ! 木登りくらいできるし。ここまでも登ってきたし」

「無様に木にしがみついてな」

「ハンッ! 別に木に登れたからって何も偉くないし! シンだって木登りの上手い娘なんか好みじゃないわよね?! 」

「えっ? 僕は別に……」

「ほら! 」


 いきなり話しに巻き込まれて戸惑うシンの腕に腕をからませ、サシャはヤタラにベーッと舌を出す。ヤタラもベーッと返す。


「とりあえず枝屋に行こうよ。エルザさんの話しが終わった後に支度が終わってなかったら……」


 ユタの言葉にヤタラも青くなる。


「だな! 急ごう。こっちだ。えっとシンだったか? 荷物は俺が運ぶ。おまえ、ついてこれるか? 」


 ヤタラはシンの背負っていた荷物をかつぐと、木から木へ跳び移った。


「もし無理なら一度下に降りよう」


 ユタが木を降り、サシャもそれに続く。シンは木から木に跳び移ったことはなかったが、跳躍力には自信があったし、これくらいの高さ(十メートルくらいはあるが)なら落ちても問題ないと判断し、ヤタラの後に続いてみた。エルザのように重力を感じさせない跳躍はできないが、ヤタラと同じ動作で同じ場所をつたって進んだ。


「おまえ、うちらの仲間になれそうだな」

「ありがとう」


 空枝屋につくと、ヤタラはまず屋根の修理を始めた。


「器用に編むんですね」

「まぁな。枝屋が作れるようにならないと、うちらは一人前って言われないんよ」


 ヤタラの手先を観察中しつつ、同じようにほどけた枝を編み込んでみる。最初は見よう見真似でたどたどしかった手の動きも、すぐにこつをつかんでスムーズに動くようになる。


「へぇ、あんた器用なのね」


 いつの間にか枝屋にやってきたサシャが、シンの真後ろから身体をピッタリとくっつけるようにして覗き込んでいた。


「ああ、こんだけ器用に編めれば、うちの女共の婿になれるぜ」

「何言ってんの?! シンはあたしの旦那になるんだよ! 」

「ふーん、おまえらそういう仲なん? 」

「もちろん! 」

「違うよ」


 シンとサシャの返事が重なり、サシャはプーッと頬を膨らませる。


「何よ! こんなに可愛い女の子に言い寄られて食わないなんて、男としてどうなのよ?! 」

「どうなのよって言われても……」


 サシャに詰め寄られ、シンはオロオロと助けを求めるように辺りを見回した。フェロモンだろうか?サシャから香りたつような良い香りがし、シンは真っ赤になって視線をそらす。


「へぇへぇ、さかりがついた牝犬じゃあるまいし、もうちっと上品にできないのかね? そんな牝犬特有の匂いプンプンさせてさ」

「何さ! そういうあんたも、あたしの色香にさかってるんじゃないの? おあいにく様、あんたに向かって発情してる訳じゃないから」

「バッカじゃねぇの。臭すぎて鼻が曲がるっての」


 ヤタラとサシャは根本的に馬が合わないのか、出会ったばかりだというのにお互いに敵対視しまくっている。

 ユタにはくってかからないので、種族がというよりお互いに気に入らないのだろう。


「終わったか? 」


 全く気配がなく、いきなり後ろから声をかけられ、サシャもヤタラも驚いて跳び退る。

 無表情のエルザが、腕を組んでそんな二人を見下ろしていた。いや、実際にはサシャよりはわずかに背が高いが、ヤタラよりはかなり低いので見下ろせる訳がないのだが、雰囲気的に見下ろしていた(見下している? )。


「馬鹿な話しをしている間に手を動かせ。一ミリも雨漏りしたら許さんからな」

「はい!! 」


 ヤタラは枝屋からすっとんで出ていくと、外から屋根の修繕を開始した。そのあまりの素早さに苦笑いをしつつ、シンはユタと壁の割れ目に泥を塗り込み塞いでいった。


「おまえは何でここにいる? 」

「えっ? 今さら? そりゃ、シンのお嫁さんになる為じゃん。エルザだって、試してみればいいって言ったじゃん。五十年頑張れば結果がでるだろうって。ってことは、あたしは五十年シンのお嫁さんになってヤり放題だってことでしょ? だから、あたしはとりあえず五十年、シンから離れるつもりはないの」

「フム……。確かに試してみればとは言ったな」

「エルザ、そこで納得しないでください! 」


 真っ赤になったシンが、手を止めることなく振り返って叫ぶ。


「おまえの存在は稀少だ。色んなことを試す必要がある」

「何をです!? そんなこと言うなら、エルザこそこの世に一人しかいない稀少な存在じゃないですか」

「確かに。なら、稀少同士、子孫を残せるか試してみるか? 」

「★△○◎▽!! 」


 シンは声にならない叫びを上げると、これ以上ないというくらい顔を真っ赤にさせて口をパクパクさせた。


「ズルイ! まずはあたしなんだからね。いくらエルザと言えど、そこは譲らない! 」


 サシャが弾力のある胸をシンの腕に押し付けるようにして、取られるものかと、シンにがっしりとしがみつく。


「フン、冗談だ。私はまだ発情期を迎えていないからな」

「そうなの? なんだ、あたしより年上とか言って、お子ちゃまなんじゃんよ。発情に関してはあたしのが先輩だから、聞きたいことがあればジャンジャン聞いて」


 ああ、サシャの口を縫い付けたい!!


 シンとユタが硬直状態の中、サシャはエルザに向かって鼻をこすって顎を突き上げる。その偉そうな態度に、エルザの鉄拳が降り注ぐと思いきや、エルザはゆっくりとうなづいた。


「そうだな。そうさせてもらおう。私はいまだ異性に特別な感情を抱くことがなく、どうすれば子供が作れる状態に身体を変化させられるか不明だ。しばらくはそんな必要もないと考えていたが、おまえが手本になるというなら、勉強してみてもいいかもしれないな」


 勉強って……。


 エルザ同様、たいした性知識のないシンは、いったい全体何をエルザが学ぼうとしているのか? 全く未知数のことではあるが、考えるだけで身体が火照ってしょうがない。


「ちょっと、水浴びしてくる! 」

「シン君?! ちょっと待って!ここに俺を置いていかないで! 」


 走り出ていくシンの後ろから、ユタが転がるように後に続く。

 その後、エルザとサシャが何を話したか……、シンの考えの及ぶところではなかった。

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