第12話 人さらい
エルザに見下ろされるようにして、獣人が三人地べたに正座してガタガタと震えていた。
エルザは獣人の中では、特別(怖い)の存在として語られているらしく、「魔女エルザが悪い子を食いにくるぞ! 」と言われて育つらしい。どんなに非道で無慈悲で極悪か、嫌ってほど寝物語に聞かされるため、大抵の獣人の子供はエルザは世界で一番怖い存在となっていた。獣人の力や俊敏性に、
が、しかし、それにしてもこの怖がり様は異常というか、エルザを見て震える獣人達を見下ろすエルザから底冷えする冷気が流れてくるようで……。
「おまえ達、私を襲って食らうつもりだったのか? 」
一度エルザに会ったことのあるサシャも震えてはいるが、他の二人は失禁しそうな勢いで、歯の音が合っていない。
「まさか! あたしはシンの匂いを辿ってきただけだよ」
「僕?! 」
サシャは多少は落ち着いてきたのか、シンに向かってウィンクする。
「だって、つがいになる約束したじゃん」
「約束してません! 」
「まあ、こいつはそれでいいとして、おまえ達は? 」
エルザはサシャを無視して残りの獣人二人に視線を向ける。
その視線を受け、気の弱そうな方がフラリとよろけ、前にパッタリ倒れてしまった。
「ユタ?! 」
倒れた獣人よりも多少がっしりした獣人が、驚いたようにユタと呼んだ獣人を揺さぶった。
二人ともサシャと同じくらいの年頃だろうか? まだ少年の色を残した体型で、子供とも大人とも言えない青臭さを感じる。
「で?! 」
エルザの二度は聞きたくない! と言わんばかりの圧力を受け、倒れた仲間を強く抱きしめて、尋常じゃない震え方をする。
不憫に思ったシンは、エルザの視線を遮るように獣人の前に出ると、しゃがみこんで話しかけた。
「君は、僕達を襲おうとした訳じゃないですよね? 殺気がなかったですし」
獣人は、大きく何回も頭を上下に振る。
「も……勿論だ! 俺らは、見張りをしていただけだよ」
「何の見張りだ? 」
エルザの声に、またもや硬直してガタガタ震えてしまう。条件反射みたいなものか? もう、恐怖がしみついてしまっている。エルザは眉を寄せてシンを小突いた。替わりに聞けというのだろう。
「何で見張りが必要なんですか?」
成人した獣人には、熊や虎のような狂暴な獣も敵にはなり得ない。獣人の特性にもよるだろうが、俊敏さも、腕力も、多分素手だろうが圧勝するだろう。見張りをたてなければならない危ない何かが、この辺りに出没するというのだろうか?
このもう少し手前だが、ヤコブ達の伐採場もあるので、もし危険な生物がいるのなら、狩っておく必要があるだろう。
「最近、盗賊の奴らが出没しているって噂があって、うちの里の子供が一人いなくなったんだ」
「子供が? 」
獣人は悲痛にうなづく。
「まだ
獣人は、十年くらいの間獣の姿で過ごす。言語も喋らず、獣のように四つ足で走り回る。その頃は無性で、男女の区別はない。時期がくると、赤い満月が昇った翌日、いきなり転変する。
つまり、まだ十歳に満たない獣人の子供が、盗賊に拐われたと。そいつらがまたくるかもしれないから見張りについた……ということらしい。
「子供は宝だ! 俺ら種族は子供ができやすい方ではあるが、それでも人間みたいにポコポコ生まれる訳じゃない。俺らの為に腹をさいてくれる人間は稀だし、女どもは野合してもなかなか孕まない」
自分よりも若いだろうとふんだ獣人から、子作りの話しを聞くとは思わなかったので、シンは戸惑いの視線をエルザに向けた。
「あんたら猿系獣人はつるんでるからね。狙われやすいのよ」
あんたら……ということは、サシャはこの二人とは違うということだろう。サシャが馬鹿にしたような口調で言った。
「猿系って、おおまかにくくるなよ! そういうおまえは犬系だろ。おまえらだってつるんでるじゃないか」
「やあね、あんたらみたいにバカみたいに大所帯の猿とは違うわよ」
「なんだと! 」
まさに犬猿の仲と言うべきか、獣人の世界になれていないシンからしたら、同じ獣人にしか見えないのに、獣人達の中にも対立があるのだろうか?
シンは、ふと自分の中の獣の血について考えた。記憶の中の最初で最後に見た父親の大きな姿。金色の毛並みに、黒い縞が入っていた。鋭い牙が長く……そう、あれは虎だ。猫系ということになる。
エルザは何系なんだろう?
エルザに目をやると、無表情の中に静かな苛立ちが爆発しそうになっているのを嗅ぎとった。サシャと獣人の喧々としたやり取りに、エルザの尖った耳がピクピク動いている。エルザの表情は読みづらいが、耳には比較的感情が現れやすい。長く一緒に暮らす上で、シンがエルザの感情を知る手段として発見したことだった。
「君達、ちょっと落ち着き……」
「うるさいぞ!! 小僧ども! 誰が聞かないことを喋っていいと言った?! 」
シンが口を開いたのと同時にエルザの恫喝が響いた。
これ以上ない静寂に包まれ、みな動きさえ止まった。その中、かすかな唸り声を上げて気絶していた獣人が目を覚ました。
「ヤタラ、俺、すっごい怖い夢見た。もう、滅茶苦茶怖かったよ」
「ユタ、シッ!! 」
身体の大きな方はヤタラというらしい。ヤタラは喋り出そうとしたユタの口を塞ぎ、涙目で首をプルプル振る。
ユタは一瞬笑顔が凍りつき、凄くゆっくりとエルザの方へ顔を向ける。再度気絶しそうになるユタに、エルザは静かに言い放った。
「二度と気絶してみろ。頭の先ほどからバリバリ食ってやる。骨も残らないと思え」
ユタは、クワッと目を見開くと、遠退きそうになる意識を無理やり繋ぎ止め、ヤタラにしっかり抱きついた。
「エルザ、あんまり怖がらせたらしく可哀想ですよ。この人、噂が先走っているみたいですが、怖い人じゃないですよ。ちょっと……いえ、かなり超獣人的な腕力して、魔法なんかも使えたりしますし、そんじょそこらの獣人が敵う人だとは思えませんが、きちんと調理したものしか口にしませんから。ええ、すぐに腕力に訴えてくる面もありますが、死ぬまでのことはされませんよ。だって、僕生きてますから。ほら、三十年一緒にいますけど、大きく残っている傷はないでしょう? 」
シンは両手を広げて二人の目の前に身体をさらす。
サシャは頭を押さえて、つい先日エルザにもらった地面にめり込む程の拳骨を思い出したようだった。
ヤタラの顔は強張り、ユタは必死に卒倒しないように気をしっかり持ちながら、より震え上がる。
言い伝えの中に、エルザの魔法の青い炎でこんがり焼かれる場面があるからだ。丸焼きにされて食われる場面を想像してしまったのかもしれない。
「わかった! 食わないから震えるな。それよりも、いなくなった子供の話しを聞かせろ」
意外なことに、話しだしたのは
気絶しそうなユタだった。彼は頭もいいのか、出来事を順序だてて主観を混ぜることなく話した。
エルザは黙って話しを聞くと、しばらく目をつぶっていた。
「あの、エルザ……? 」
話せと言っておいて、寝ていることもないだろうが、それを疑うくらい静かで身動きをしなかった。
ユタの話しを要約すると、いなくなったのはアイミという五歳の獣人の子供で、子供三人と守役の大人一人で森の中を散歩中、忽然と姿を消したらしい。かくれんぼが好きな子供だったから、遊びで隠れているんじゃないかと最初は軽く考えていたらしいが、彼等の鼻をしても見つけられなかった。大人が総出で三日三晩探したが、見つけることは勿論、手がかりさえもさっぱりで、ある場所を境に、アイミの匂いもそれを取り巻いていた人間の匂いもかき消えた。
川に入ったとか、木を渡ったとかそういう訳じゃなく、本当に急に匂いが消えたらしい。
それが一ヶ月前の出来事で、最近その時に嗅いだ人間と似た匂いが辺りに出没したため、警戒のために見張りをたてているということだった。
「本物のエルザを見て気絶しちゃうような奴が見張りじゃ、何の役にもたたないんじゃないの」
サシャの減らず口に、ヤタラはキッとサシャを睨み付ける。
「アイミはユタの妹だ。うちの里始まって以来の兄妹で……二人っきりの家族だったんだ」
獣人に子供が、しかも二人とも獣人の子供を宿すことは珍しい。たいていは数人できたとしてもほとんど人間の赤ん坊だからだ。
「親は? 」
「母親は、アイミを生むために腹を割って死んだ。父親は、その母親を食らって正気じゃいられなくなって、谷に身を投げた」
シンは、自分のような身の上は多々あることだと理解した。
シンの父親はどうしているのだろう……。
ユタの父親のように母親のあとを追ったか、まだ小さかった妹のために生きながら妻子に手をかけた自分の爪を呪っているのか。
「シン、今日はこいつらの里に宿をとることにする」
「はい? 」
「呆けてないで行くぞ」
エルザはヤタラとユタを立たせると、ほら行け! とばかりに背中を小突く。
何故かその後ろにサシャが続き、二人の里へ向かって歩きだした。
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