第5話 初めてのお仕事

「こいつが? 」

「見た目はあれだが、少しは役にたつはずだ」


 目の前には、獣人か?! というくらいゴツイ男が筋肉隆々の腕を組みながら、シンを見下ろしていた。

 彼がヤコブで、この村の木材伐採の仕事を一手に引き受けており、そのために獣人さえ雇うとして、村人達にはあまりよく思われていなかった。


 ヤコブは鼻を鳴らす。


「こいつじゃ無理だろ。第一、俺らの仕事は森に入る。自分の身くらいは自分で守れる奴じゃないと。その上で、薪を背負って無事に帰ってこないとなんだぜ」

「それなら問題ない。私達の住まいは森だからな」


 ヤコブはああ……とうなずく。


「でも、ヘナチョコなんだろ? 弟君は」

「シンです。シン・オルコット」


 新しい名前を名乗る。エルザと本当に繋がったようで、誇らしいようなくすぐったいような気持ちになった。


「ヘナチョコだ! それは間違いない」


 エルザは腕を組んで偉そうに断言する。


「……(エルザに比べたら誰だってヘナチョコですから)エルザ、そこでヘナチョコ認定したら、仕事が貰えなくなってしまうじゃないですか」

「ヘナチョコをヘナチョコと言ってなにが悪い? しかし、それも真理だな。……こいつは確かにヘナチョコだ。ヘナチョコだが、私がそれなりに鍛えたんだ。根気・忍耐・恭順の精神は叩き込んである! 多少の難詰くらいはへのかっぱだ! キツイ仕事もどんとこい」


 ヤコブのシンを見る視線が、どんどん憐憫の色を濃くしていく。

 まさに、身内に売られていく子供を見るような……。


「まあ、わかった。とりあえず雇ってやるよ。ただし、自分の身は自分で守れよ。何かあったときの補償はないと思え。あと、うちは獣人を多く雇っているが、あまり仲良くならない方がいい。あいつら、昼の顔と夜の顔が違うからな。あと、昼間でもあいつらの前で怪我をしないようにしろ。斧で間違って足でも切ってみな。あいつらに喰らいつかれるから」

「そんなことは……」

「獣人の本性はおまえよりわかってるさ」


 それはどうだろう……とは言えないシンは、曖昧に微笑んだ。とりあえずは雇ってもらえたのだから、人間社会の仕組みを労働することで学ばせたいというエルザの思惑の第一関門はクリアした訳だ。


「じゃあ、今日からよろしく頼む。バンバンこき使ってもらってかまわないから」

「ああ……まあ、程々にな」


 ヤコブは苦笑いをしながら、シンの肩を抱いて倉庫のような中に案内した。


「うちの仕事は木の伐採と植林だ。加工もするがな」

「切るだけじゃないんですか? 」

「ああ、一応冬の間必要な薪の確保、その他木材に関してはうちが一手に引き受けているからな。家を建てるのも、家具を作るのも、木を使うだろ? 切るだけ切って放置じゃ、森が丸裸になっちまうよ」

「ああ、なるほど」


 シンとエルザ二人だけじゃ、たいした量の薪を使うわけじゃないし、わざわざ木を切り倒す必要はなかったから、木を植えるという発想はなかった。

 同様に、食べ物も狩りをしたりなっている木の実などを採って食べていたので、その季節の食べ物がどこに生えているか把握しているだけで、自分で地面を耕して育てるという概念もなかった。


「だから、うちは木を切るチームと、切った切り株を掘り起こすチーム、植林のチーム、木を加工するチームにわかれてるんだ。おまえは……植林のチームかな? こっちはほぼ女子供しかいないんだが。おーい、サラいるか? 」


 人が沢山働いている倉庫の奥から、黒い髪をした少女がでてきた。ソバカスだらけの顔は日焼けしており、愛嬌のある小さな丸い鼻に、少しばかり小さめな目はクリクリッとよく動いていた。


「サラ、こいつはシン。シン・オルコットだそうだ。とりあえず今日から植林チームに入るから、おまえ面倒見てやってくれ。シン、仕事のことはサラに聞け」


 ヤコブはサラの肩を叩くと倉庫から出ていった。


「よろしくお願いします」


 サラは頭を下げるシンをボーッと見ていたが、ハッとしたように慌てて髪をとかしつけて顔を真っ赤にしてうつむく。


 こんな反応、初めて見た。エルザがうつむくなんてことは、居眠りをしている時以外に見たことはなかったし、恥じらう姿など想像することもできなかった。


「サラ……、サラ・カーモンです。オルコット……さんって言うと、エルザさんの……」

「弟です」


 エルザは村では有名なんだろうか?

 細々と二人で生活してきたと思っていたのだが、知らないうちに一人で人間社会に入り込んでいたように思えて、寂しさのようなものを覚える。


「オルコットさん、まずは簡単に仕事の流れを説明しますね」

「シンでいいですよ。同じ年……くらいですよね? 」

「私もサラで。私は十六です。オ……シンさんは? 」

「さんもいらないですよ。僕は十五ですから、年下みたいですし」

「年下……には見えないわ。あ!老けてるとかじゃないですよ。落ち着いて見えるから」


 場所を移動しながら、サラは常に真っ赤になりモジモジしている。照れ屋なんだな……と、新鮮な感想を抱いていたが、これから出会う村の年頃の女子はみな似たような反応を示すことになり、それは照れ屋とかではなくなのである。まさか自分がモテるなどとつゆほども思っていないシンであった。


 倉庫の裏にはビニール製の建物があり、そこで苗木を育てているらしく、その苗木を背負う背負子が端に積み重なっていた。


「自分で持てる量の苗木を持って森に入るの。あまり多過ぎても、何かあった時に逃げられないから、持ちすぎてはダメ」

「何かって? 」

「森は獣が多いから。普通の獣は逃げていってくれるけど、肉食系は襲ってくるから。一応、獣避けの薬草の入った小袋を下げていくけど、空腹の奴等にはそんなに効果ないから。獣の種類によるけど、何かあったらまず木に登って。上から撃退するの」


 背負子から嫌な臭いがしたのは、その獣避けの薬草の入った小袋がぶら下げてあるからか。シンも半獣であるから、我慢できない程じゃないが好きな臭いではなかった。背負子についた槍は、獣を撃退する為のものだろう。


「背負子だけでも、子供一人分くらいの重さがあるから、だいたいは苗木は三個から四個くらいしか運べないわ。一応十個乗せられるんだけどね。大人の男の人なら余裕なのかもしれないけど、私達にはね。だから、何回も往復しないといけないの」


 植林チームは、女子供が多いと聞いた。

 なら、この背負子がここまで大きい必要はないんじゃないだろうか? 背負子を小さく軽くすれば、もっと運べる苗木が増え、往復する回数も減るだろう。


「あの、最高運ぶ人でいくつの苗木を運ぶのかな? 」

「うーん、六つ? くらいかな。」


 植林チームは全員で十人おり、大人の女性が三人、サラくらいの年代の男女が五人、子供が二人ということだった。


「背負子、作ってもいいかな? 」

「作るの? 」

「だって、この背負子を子供が背負うのは無理だろ? 」

「そうね、だから子供は苗木を一つ抱えて行くの」

「抱えてね。手は使えた方が便利だし、それこそ何かあった時に対応できるようにした方がいいよね」


 シンは転がっていた木材の端材で素早く小さな背負子を作ると、近くにいた子供を手招きした。


「これ、背負えるかい? 」

「これ、あたしの?! 」

「背負えたらね」


 大人の真似事をしたい年頃なのか、嬉々として背負子を背負い、クルリと回ってみせる。


「すっごく軽い」


 苗木を一つ乗せてみたが、特に問題なく歩けるようだった。


「これなら、二つ運べるわ。お兄ちゃん、ありがとう!! 」


 子供は嬉しそうに背負子を背負ったまま、母親らしい女性の元へ走っていった。

 同じのをもう一つ作り、もう一人の子供に渡す。ついでに、サラにも身体に合った背負子を作ってやる。


「君達のも作ろう」


 いつの間にか、周りには人だかりができており、シンが背負子を作るのを興味深そうに見ていた。


 何せ、常備されている背負子よりも明らかに軽そうだし、より多くの苗木を運べそうに見えた。彼等は日給ではなく歩合制、どれくらい運べるかで給料が違ったため、一回に二本多く運べれば、一日十往復するとして、二十本分余分に給料が出る。三~四個しか運べない非力な者にしたら、収入が大幅アップすることだろう。


 しかも、シンの作る背負子は、従来の肩だけで背負う物と違い、腰紐でも支えるタイプになっており、より重さを感じにくかった。また、用いる木材もパッとみただけで判別し、より軽く強いキリの木を選んでいた。


 全員分作り終えた時には、すでに出発時間になっており、みないつもより二個多く背負子に積み、ご機嫌な様子で倉庫前に並んでいた。


「シンは、それでいいの? というか、その量は無茶だわ」


 自分の分を作る時間のなかったシンは、従来の背負子に苗木を十二個乗せて立ち上がった。重さ的にはもっと乗せられたが、背負子に乗りきらなかったのだ。


「全然大丈夫。もう少し運べるくらいだ」

「まあ?! シンってば、獣人並みの怪力なのね。あ、誉めたのよ」


 サラの言葉に、シンはギクリとする。エルザと別れる時に、決して獣人だとばれないように、人間らしく振る舞えよと、釘をさされていたのだ。


「いや、まあ、やっぱり重いかな」


 苗木を二個下ろし、十個にした。

 見た目は人間なのだから、獣人だとバレることはないだろうが、用心した方がいいと思った。


 その日、サラと同じペースで苗木を運び、初めての植林を体験し、同年代(見た目のみ)の男女と初めて交流を持ったシンは、何もかも新しい体験に、五歳児並みに興奮し、その夜はエルザに五月蝿いッ! と怒鳴られるまで喋り続けた。


 もし、シンが父親に襲われることなく、人間として成長を遂げていたら、ごく当たり前にあっただろう日常が、シンには新鮮でならなかった。

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