第18話 サラと取引1


 アリスの勉強の付き添いを終えたケリーは、自分の部屋に戻ってきていた。

 寝支度を済ませ、すでに布団の中だ。


 ——体は疲れているのに……。


 なかなか寝付けず、布団の中で1時間ほどごろごろしていた。


「はぁ……」


 ケリーは枕元にある端末を手にとる。

 画面には、数時間前に受信したサラのメール本文が表示されていた。


『——明日、仕事終わりに会えませんか?

 食事をしながらあのお話の続きをしたい、と思っていますの。

 いいお返事を期待していますわ』


 ケリーはその誘いを受けたが、今は少し後悔していた。


 ——本当に取引しても大丈夫なんだろうか……。サラさんは不思議というか、少し怖いというか……。


 どうしても信用しきれないケリーは、サラの情報を調べ始めた——。


 ・ サラはケリーの1つ年上であり、転生前のケリーの2つ年下。

 ・ この国の出身で中級貴族。

 ・ 幼少期から親元を離れて隣国にずっと住んでいた。

 ・ 魔法学院に来たのは、転生前のケリーが魔法学院4年生の時。

 ・ 魔法学院学生を経由せず、研究員として採用された。


 あとは輝かしい研究業績やその研究内容があるだけで、人となりを知ることはできなかった。

 

 ——少しでも取引に役立つ情報があると思ったけど……。リリスみたいに悪目立ちしない限りは無理か。


 その後、1時間ほど調べ物をしてケリーは眠りについた。



***



 翌日、夜。


 ケリーは止まった馬車の中で、ゴクリと喉を鳴らした。

 窓からは、城を模したような巨大な建物が見えていたからだ。

 それは、街で超高級と言われる貴族御用達レストランだった。


 ——まさか、ここで食事……?


 ケリーは怯えながら外の様子を見ていると……。

 タキシードを着た男が近づいてきて、馬車のドアを開ける。


「ようこそ『ロイヤルズ』へ、ケリー・アボット様」


 男はそう言うと、胸に手を添えて恭しく礼をした。


「サラお嬢様が中でお待ちです。ご案内いたします——」

「は、はい……」


 ケリーは顔を引きつらせながら小さく返事をした。


 レストランの大きな門を抜けると、ケリーの前を歩いていた案内人は立ち止まった。


「お部屋までの扉を展開いたします」


 案内人はそう言った後、小さな鈴を鳴らした。

 すると、目の前に茶色の重厚な扉——魔法扉が出現する。


 ——客専用の扉……。さすが高級レストランは違うなー。

 

 このレストランは、別の客と鉢合わせしないよう各部屋直通の魔法扉を使っていた。


「中へお入りください」


 案内人は扉を開け、頭を下げた。


「ありがとうございます」


 ケリーは軽く礼をして中へ入っていった。





 ケリーが案内された部屋は、豪華絢爛な内装だった。

 大きなシャンデリアの下には5・6人は座れるテーブル。

 その他に、L字ソファー、アンティーク家具など……。

 嫌でもジョーゼルカ家を思い出してしまう内装に、ケリーは居心地の悪さを感じる。


「——ケリーさん、よくお越しくださいました。私の隣にお座りになって」


 サラは椅子に座ったまま、笑顔でケリーを迎え入れた。


「はい……」


 ——こんな大きなテーブルなら、対面では?


 ケリーは不思議に思いながら隣に座った。


「ボクには敷居が高い場所ですね……。落ち着きません」

「心配なさらなくて結構ですわ。本日は私がご馳走しますから」


 サラはケリーをうっとりとした表情で見つめる。


「それはダメですよ」


 ケリーは首を横に振った。


「本当にお気になさらなくても結構ですのよ。貴族なんて税金で暮らしているようなものですから。それをあなたに還元しているだけですわ」

「そうですか……」


 その後すぐ、扉のノック音が聞こえた。


「どうぞ」

「失礼いたします」


 サラの許可で入室したウエイターは、2人にメニューを渡した。

 ケリーはそれを見るが……。

 値段が書かれていないので動揺する。


「私はここの常連ですから、おすすめのものを頼みましょうか?」

「はい、是非!」


 サラの申し出にケリーは大きく頷いた。


「では——」


 サラは慣れた様子でコース料理と数種の酒を注文した。


「——畏まりました」


 ウエイターは恭しく礼をして退出した。


「ケリーさん、お酒はお強いの?」

「強いとは言えませんね。飲みすぎると記憶が曖昧になることも……」


 サラは真っ赤な唇の口角を上げた。


「そうですか。私が頼んだお酒を気に入っていただけるといいのですが……」


 しばらくすると、食前酒と前菜が運ばれてきた。


「では、頂きましょう」

「はい」


 緊張していたケリーは、サラの動きを真似ながら食事を始めた。


「——ケリーさんとは、誰にも邪魔されずにお話したかったの。ここはそういうことに最適な場所ですから。ほほほほほ」


 ——怖い……。


 ケリーはそんな感情を表に出さないように無理やり笑顔を作る。


「どんなお話ですか?」

「ふふふっ、それは食事の後にしましょう。さあさあ、どんどん飲んでくださいまし」


 サラはそう言うと、ケリーにお酒を注いだ。





 食事が終わる頃、サラがどんどんお酒を継ぎ足したせいでケリーはかなり酔っていた。

 会話はできるが、理性はほぼ無くなっている状況だ。


「——ほほほっ。ケリーさん、酔いが回ってきたようですね」

「サラさんは全然酔ってないですよね〜」


 ケリーは目をとろんとさせ、わずかに体が揺れていた。


「私には耐性があって全く酔わないんですの」

「そうですか〜」

「ケリーさん、こちらのソファーに移動しましょうか。景色がよく見えてよ?」

「いきま〜す! サラさんも一緒に座りましょうよ〜」

「えぇ、ご一緒いたしますわ」


 ケリーは軽くふらつきながら、ソファーへ座った。

 隣に座ったサラは、ケリーに寄り添いぴったりくっついている。


「ふふふ。興味深い香りですわ」


 サラはケリーの首元に顔を近づけ、匂いを嗅いでいた。


「え〜? なんの香りですか〜?」

「女性の艶やかな香りがしますわ!」

「え〜? そんな香りします〜?」


 ケリーはどうにか誤魔化した。


「えぇ。だってケリーさん、女性ですものね? ほほほほほ」

「え〜? なんでそう思うんですか〜?」


 ペロッ。 

 サラはケリーの首を舐めた。


「ケリーさんのお味とその香り……。リリス・ジョーゼルカですわね……」

「えっ!?」


 ケリーは鳥肌を立たせながら声を上げた。

 サラは笑みを浮かべている。


「あら、間違ってはいませんよ? ふふふっ。それに……『悪魔』の匂いも少ししますね」

「え!?」


 予想外の言葉を連続で耳にし、ケリーの酔いは少し覚める。


「もう少し詳細にいうと……リリス・ジョーゼルカは体だけで、魂は別人ですわね。体は悪魔から頂いたのかしら? まあ、魂が誰かについては明言なさらなくていいですわ。白状すれば悪魔の呪いが発動するのでしょうし……」


 ケリーは体をのけぞらせた。

 酒で緩みきった表情は消え、眉間にしわを寄せている。


「……サラさん、一体なんの話を?」


 サラは笑みを浮かべたままだ。


「警戒なさらないで。私は貴方の味方ですもの。信用して頂けると嬉しいのですが……」


 ——酔いがまだ回っているせいで、何か口を滑らせてしまうかもしれない。発言には気をつけないと……。


 ケリーは警戒心を強めた。


「それらがわかった理由をご説明いたしますわ。でも、その前に私との取引を承諾していただかないと……」

「内容によりますよ」

「私が情報を提供する代わりに、ケリーさんの血液を分けていただきたいのです」

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