第17話 ランチで


 歓迎会翌日。

 第1薬学研究室教授室。


 ケリーはサラ、ジョセフ教授と共同研究の打ち合わせをしていた。


「——では、それに関しては私が担当しますわ」

「よろしくお願いします。できれば機器の使い方を知りたいので、最初はサラさんの担当分も一緒にしたいのですが」

「もちろん構いませんわ」


 ケリーの申し出にサラは快諾した。


「月に1回のペースで打ち合わせしようかな。日程調整はサラくんに任せる」

「わかりましたわ、教授」

「じゃあ、打ち合わせはこれくらいだな。お疲れ様」


 ジョセフ教授の言葉でケリーとサラは立ち上がり、一礼した。


「失礼いたしますわ」

「本日はありがとうございました。失礼いたします」

「はい、よろしくねー」


 ケリーはサラの後について教授室を出た。


「もうお昼ですわね。よろしければ、一緒にランチはいかが?」

「ええ、是非。カフェテリアでもいいですか? 午後から急ぎの仕事があるので」

「構いませんわ」


 2人はその足でカフェテリアへ向かった。





 カフェテリア。


 2人は空いている4人テーブルにつき、各自の端末でメニューを確認していた。


「ボク、ここで食べるのは2回目なんですよ。おすすめはありますか?」

「私もあまり詳しくないのですが——」

「——僕のオススメは肉ランチセットだよ」


 横から男性がサラの話に割り込んできた。

 ケリーは胸を弾ませながらその声の方へ顔を向ける。

 そこには、笑顔のアダムが立っていた。


「アダム! ……さん!」


 アダムはケリーにニコリと笑いかけた。

 ケリーはその可愛くて爽やかな笑顔に見とれてしまう。


「やあ。僕も一緒にここで食べていいかい?」

「よくってよ」

「横、どうぞ!」


 ケリーは満面の笑みで隣の席を勧めた。


「ありがとう」


 アダムはケリーの横に座り、ケリーに笑顔を向ける。


 ——きゃ〜! それは反則だよ!


 ケリーはアダムの笑顔攻撃にギリギリ耐え、椅子から崩れ落ちずにすんだ。


 しかし、第2の攻撃が——。


 アダムの香りがケリーの鼻に流れ込む。

 その良い香りに、ケリーの顔はうっとりし始める。


 ——はっ、だめだめ! 魅力が凄すぎて失神しそう!!!


 ケリーは平静を保とうと慌てて右手の腕をつねった。


「——じゃあ、私はアダムのオススメを食べてみますわ」


 サラの発言でケリーの意識は正常になり、緩んだ顔は元に戻った。


「ボクもそうします!」

「僕はサンドイッチで」


 注文してしばらくすると、ランチセットを乗せたカート型配膳機が3人のところへ移動してきた。


「ボクがとりますね」


 ケリーは座ったまま3つのトレーを配膳機から魔法で浮かせ、それぞれの前に静かに置いた。


「ケリーさん、ありがとうございます」

「ありがとう」

「いえ」


 ケリーはアダムの礼で、頬を少し赤くさせた。

 その様子にサラは目を細める。


 ケリーはそんな視線に気づかず、一切れの肉を口へ運んだ。


「アダムさん、美味しいです!」


 予想以上に柔らかくてジューシーだった。


「でしょ? 安い割にいい味なんだよ」

「——まあ、合格点とは言えませんが、食べられますわね」


 サラは2人と違って辛口評価だった。


「サラ、君が普段食べる食事と比較してはダメだよ……」


 アダムは苦笑する。


「サラさん、お昼はどこで食事を?」

「私は家族御用達のレストランへ行くことが多いですわ。時間がない時は、配達してもらっていますの」

「今日はボクに合わせてくれたんですね。申し訳ありません」


 ケリーは申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「お気になさらず。ここはあまり来る機会がなかったので、ちょうどよかったのですわ」

「よかったです」


 ケリーは胸をなでおろした。


「そうだ、ケリーくん」

「はい?」


 ケリーはアダムに笑顔を向けた。


「アーロン教授の講義を一度見学しに行きたいんだけど、可能かな?」

「見学ですか?」

「アーロン教授の授業は人気だから、一度見てみたくて」

「教授に聞いてみますね。大丈夫だと思います」

「ありがとう。僕のスケジュールをケリーくんの端末に送っておくから、ちょうどいい時間の講義を教えてくれる?」

「はい! 予定がわかり次第、連絡しますね」


 ケリーは2ヶ月分のアダムの予定を入手したので、満面の笑みを浮かべていた。


「ケリーさんはアダムと話す時、とても楽しそうですわね。少し嫉妬してしまいますわ」

「す、すみません。アダムさんとの会話を邪魔してしまって……」

「勘違いしていらっしゃいますわ」

「え?」

「私はケリーさんともっとお話ししたい、と思っているのですよ?」

「ボクとですか?」


 アダムは困ったように頷いた。


「サラは僕と仲はいいけど、基本的には気が合わないんだ。よかったら仲良くしてあげて」

「もちろんですよ。共同研究者でもありますしね」


 サラはそれを聞いて肩を落とす。


「私は仕事のパートナー以上に中を深めたいですわ。もちろん、友人として」

「言い方が悪かったですね、すみません……」


 ケリーはバツの悪い顔をした。


「それにしても、サラから仲良くしたいと思う人が出てくるなんてね。それほどケリーくんは魅力的なんだね」

「そうですわ。アダム以上に……ね。まあ、私は食事も人も偏食ですから」


 サラは口角を上げ、意味ありげな表情をケリーに向けた。

 ケリーは肩を竦める。


「ボクには特にこれといった魅力はないと思いますが……」





 その日の夜。


 ケリーは勉強を教えるためにアリスの部屋に来ていた。


「——少し休憩にしようか。紅茶を入れるよ」

「あ、それは私がやります」


 アリスは慌ててデスクから立ち上がるが、ケリーに手で制される。


「しっかり休憩しないと勉強は捗らないから」

「ですが、兄様の方がお疲れでは?」

「アリスの勉強に付き合っているとはいえ、読書しながらだよ。十分に休憩できてるから心配しないで」

「……では、お言葉に甘えます」


 何を言っても無駄だと感じたアリスは、ケリーの言うことを聞くことにした。


「そうそう、それでいいよ。兄妹なんだから気を使いすぎないで」

「はい」


 アリスは申し訳なさそうな表情を浮かべた。


 その後、2人は紅茶を飲みながら雑談を始めた。

 もちろん話題は『昨日の歓迎会について』だ。


「——アダムはモテるんだってー」


 ケリーは仏頂面でテーブルに肘をつき、そこに顎をのせていた。


「アダム様は女性に興味を持っていないのですから、ライバルはいないと思いますが?」

「そうなんだけどねー。でも、突然魅力的な女性が現れるかもしれないでしょ?」

「そんなに不安なのでしたら、一度お食事に誘ってみては? アダム様と直接話をして状況を知るほかないと思います」

「そんな〜、誘うなんて恥ずかしいよ〜」


 ケリーは勢いよく顔を横に振った。

 そんなケリーにアリスは呆れる。


「ケリー兄様、今は仕事の関係で繋がっているのですよ。誘ってもなんの問題もないと思いますが?」


 ケリーは唇を突き出す。


「そうなんだけどね……。でも、連絡先をもらってすぐに連絡することは、なんだかよくない気がするんだよ。恋愛は駆け引きが重要でしょ?」

「はぁ……。恋愛は後回しにする、とご自分でおっしゃっていたではありませんか? 友人として仲良くなることが先だと。今は絶好の機会ですよ?」

「でも〜、アダムの顔を見たら胸がキュンとしちゃうんだよ〜。あまりにも可愛くて、格好良くて……。抱きつきたくなるっていうか……」


 照れ始めたケリーは両手で顔を覆った。

 そんなケリーを見たアリスは眉尻を下げる。


「お気持ちはわかりますが、それは我慢した方がいいかと。サラさんという方に協力してもらっては? アダム様と親密な関係にあるようですから。いろいろ情報がもらえると思いますよ」

「サラさんに頼るかは保留にしておくよ。信用していいかまだわからないから」

「確かにそうですね。取引したい、と言ってきたことが引っかかります」


 突然、テーブルに置いていたケリーの端末が受信音を鳴らした。

 ケリーはそれを手にとる。


「あ、噂をすれば……」

「どうされたのですか?」

「サラさんからメール。『明日会えないか?』って内容だよ」

「『例の取引』のことでしょうか?」

「だろうね……」

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