第2話【蒐集品目録:雨女郎】

骨董蒐集家の神無月 虚(かんなづき うつろ)の自宅には様々な骨董品が蒐集され陳列してある。しかしこの骨董はただの骨董では無く、その骨董のひとつひとつが『神域』を侵そうとした異形を封じた物でありその蒐集方法もまた独特なものである…

そしてここは、いわばそういった異形達の『監』なのである…


満天の星空の下、洗濯物を干し終えた、虚と蒐集品兼家事手伝いをこなす動く傀儡のお市は縁側に腰を下ろし、お市のいれたお茶を啜りながら、羊羹を食べて一息ついていた。


お市は虚の馴染みの骨董品屋から、毎晩動きまわる5歳児位の大きさの女の子の傀儡があるので、気味が悪いから引き取ってくれと言われ、引きとって以来この家の家事手伝いと虚の茶飲み友達として同居?しているのだった。


引き取った当初、虚が調べたところ、どの様な経緯かは、わからないが本体に使用されている樹木は、かなり古い御神木で、その霊力が強すぎる故、傀儡に自我が芽生え、魂の様なモノを宿して動き、意思疎通が出来るが、喋ることは出来ないという事だけはわかったのだが、誰が何の目的で作ったモノなのかは依然不明な不思議な傀儡である。

お市という名は、虚が市松人形に似ている事から安易に名付けた名前だが、案外気に入っている様だった。


2人がお茶を飲み終えて、お市がそれを片付ける為にお盆を持って来た時、雲の切れ間から朧げな月が顔を出したかと思うと、満天の星空は真っ黒な雨雲で覆われて、土砂降りの雨になり、まるで大型台風の様に風も荒れ狂いはじめた。


お市は慌てて洗濯物を取り込むが、その横で、先程までの表情とはうって変わった険しい表情をした虚が立ち尽くしていた…そして『今夜もやはり、きやがったか…』と呟くと、お市は虚の袖を引き、タオルを渡すと、床の間から『キーン』という高周波にも似た音を発するして【鳴く】村正を取り、虚に手渡した…


虚はお市に手渡された村正を懐に納め、その村正に導かれて辿り着いたのは荒れ果てた社(やしろ)だった。


そしてその社の上には、ふわふわと浮かぶ女性の姿があった。

虚はその女性に向かい『おい、雨女郎!本来、雨を呼んで人助けをするはずの雨神と呼ばれる程のお前が、月の光に魅入られ神域を侵しちまったっていうのか?正気に戻れ!雨女郎!』と声をかけた。しかし、雨女郎には虚の言葉が通じる様子は全く無く、白目を剥きながらぶつぶつと何かを唱えると新たに怪しげな雨雲を呼び寄せ、その雨雲からまるで刃(やいば)の様な雨粒は虚めがけてふり注いできた…


虚は『コレを喰らったら、俺も流石にひとたまりもねえな…』と呟き、懐から村正を取り出し、地面に突き立てると、朱色に光る五芒星の陣が現れ、その中心で鬼面のリングに向かい『我が体に流れし血の盟約により、異界より顕現せよ異形の者よ』と唱えると、五芒星陣から天高く火柱が吹き上がりその中から、山の大樹より遥かに大きな、三つ目の赤鬼が巨大な金棒を持ち、姿を現しその金棒を一振りして、刃の雨をなぎ払った。


虚はこの三つ目の鬼に憑依して何度も刃の雨をなぎ払いつづけたが、雨女郎も次々と雨雲を呼び寄せては、鬼に憑依した虚めがけての攻撃を続けた…次第に巨大で頑丈な鬼の身体にも無数の切り傷が出来、傷口からは、大量の血が流れだした。

『こう絶え間なく攻撃を続けられると、流石にこの借り物の鬼の身体も長くは持ちそうに無いな、仕方ない…アレも呼ぶか…』と鬼に憑依したは呟くと、巨大な金棒を地面に突き立てた。


ゴゴゴゴ〜という物凄い地鳴りと共に、再度地面に五芒星の陣が現れ、

虚は鬼の姿のまま『弍の型、我が手にする鍛えられし鐡(てつ)に宿り全てを焼き払え野火よ!』と唱えると、鬼が手にした金棒は怪火と呼ばれる妖怪、【野火】を纏い灼熱の炎を吹き上げた。

その金棒を頭上高く振り上げ振り回すと、水蒸気の塊の雨雲はその熱で蒸発し、みるみる消え去っていった。


そして、雨雲が完全に消え去った刹那、雨女郎に灼熱の金棒で一撃を喰らわせると、悲鳴と共に地面に叩きつけられた雨女郎は正気を取り戻したのだった…

そして『月を…月を見ていただけなの…その先は覚えていないの…』と雨女郎は息も絶え絶えに虚に釈明するかのように言った…


虚は憑依を解き、人の姿に戻ると雨女郎に近づき『雨女郎すまんな、雨神と呼ばれているお前が神域を侵しちまった力に圧倒されちまい、手を抜いてやることが出来なかった…だからお前の身体は今の一撃で、もうあと僅かしか持たない…だかもし、お前さえ良ければ俺と血の盟約を結び、今後、俺に力を貸してくれないか…』と問いかけた。

雨女郎は虚の問いに対して、口元に微笑みを浮かべ、コクリとうなずいた。

虚は小さく頷き返すと、村正を引き抜き、自分の二の腕あたりにスッと押し当て、自らの血を雨女郎の血の上に垂らした。


すると雨女郎の身体は光を帯び、やがて一枚の絵に変わり、ひらりと地面に落ちたのだった。

虚はその絵を拾い懐に収め、雨上がりの朝焼けの空を見上げながら家へ帰ると、そこには虚を迎えるお市の笑顔が待っていた…。


第二話完




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神域を侵す異形は月光と共に嗤う 虚無 @Chin25454

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