裸の女

「お侍さん。ねえ、お侍さんてば!」


 朝食あさげが出来上がっても、男は死んだように眠り続けていた。そしてやはり、布団の中は怪しくうごめいたままだ。


「起きてる……のよね?」


 何かの悪ふざけなのだろうか。

 相手が裸なのは百も承知ではあるが、このままでは、とてもらちが明かない。おみつは思いきって、掛布団を勢いよくめくり取る。


「お侍さん、いいかげんに起きて………………って、ええっ!?」



 裸だった。



 少しばかり肌が浅黒い、髪の長い裸の女が、男の股間に埋めた顔を小刻みに動かしていた。

 握り固められた右手の指と深紅の唇から、淫猥な吸い付く音とよだれがわずかに漏れ出てもいる。

 おみつは、そんな光景に目を丸くして驚いた。

 女が男に何をしているのか、詳細まではわからなかったけれど、居なかったはずの裸の女の出現に、ひょっとして、ここまでの出来事すべてがキツネの仕業ではないかと、疑いかけたそのとき──

 眠る男が小さくうめいたかと思えば、女の動きが徐々に弱まっていき、喉を大きく鳴らして何かを飲み込んで止まった。

 そのままじっとして動かない女の丸められた背中を見下ろしつつ、おみつは「あの」と小さく声をかけてみる。


「あ……朝御飯が……作ったんですけど……食べます……?」


 そう言い終えるまえに、女はおみつに美しい顔を向ける。

 歳はおみつよりも、十ほど上であろうか。

 少しばかりのつり目、紅潮した頬と艶やかな唇が、大人の女の色気を十二分に醸し出している。


「朝御飯? もう食べたから要らないわよ」


 女が突然ケラケラと狂ったように笑いはじめたので、一応、おみつも顔だけ笑ってみせた。


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