名刀

「すまぬが……」

「あ、はいはい!」


 座敷席で男から丼鉢を受け取ったおみつは、すぐさまきびすを返し、駆け足で調理場へと向かう。


「ほんと、毎度その馬鹿みたいな食欲に呆れ果てるわねぇ。でもその分だけ、出すものはしっかり出してるかぁ」


 浴衣を着た女が、同じく浴衣を着た斬喰郎ざんくろうに背中をつけて寄り添いながら、とぼけたようにして語りかける。

 それを無言で聞き流した斬喰郎は、豪快に沢庵漬けを噛み切ると、元の小皿に放ってから、今度は岩魚イワナの塩焼きに箸を伸ばす。


「ごめんなさい、斬喰郎さん。おかわりは、これが最後なの」


 申し訳なさそうに差し出された丼鉢の中の白飯は、半分もなかった。


「いや、オレが食い過ぎたんだ。おみつさん、すまない」


 胡座あぐらをかいた両股に手を着いた姿で、深々と頭を下げる斬喰郎。隣で女が、ケラケラとまた笑いはじめる。


「先ほども言ったが、オレたちは無一文なんだ。なんでもするから、御礼をさせてくれ」


 頭を下げ続ける斬喰郎に、おみつは困った様子で「それじゃあ」と、口を開く。


「ちょっと! この名刀・・・・は、あたしのだかんね!」


 突然、女が斬喰郎の股間を握ったかと思えば、野犬のように牙を剥いておみつに吠えたてる。


「やめろ! まだ若い娘さんの前で──」

「たまにゃ見られるのもいいだろう? スリスリスリスリ……しこしこしこしこ♪」

「おい、やめろって! 馬鹿か、おまえ!?」


 険しい表情で隣の女をにらみつける斬喰郎ではあったが、その凄味も、前屈みになって悶える姿で台無しである。


「名刀…………」


 そちら関係の話にめっぽう疎いおみつにとって、それが陰茎の意味であるなどとは、夢にも思わずにいた。


「無いです!」

「えっ、な……無い? おい、もうやめろ!」

「斬喰郎さんの……その、名刀……?」

「あぁ!? ほら! やっぱり狙ってるよ、この生娘!」

「違う! おまえのことを言って、うおっ?!」


 やっと女を振り解いた頃には、斬喰郎の立派な名刀・・・・・が、はだけた浴衣から突き抜けるように屹立していた。それを見下ろす格好となったおみつは、初めてみる勃起した陰茎に言葉を失う。


「──おっと、こりゃ失礼!」


 慌てて隠すも、時すでに遅し。

 耳まで赤く染めたおみつの様子は、もはや、会話のできる状態ではなかった。仕方がないので、斬喰郎が言葉を続ける。


「あー……つまり、横に居るこの女はだな」

「女房よん♪」

「違うだろ! 信じられんだろうが、オレの刀なんだ」

「そうだよぉ……あたしゃ、おまえさんの所有物……」


 たくましく発達した肩に顔を乗せた女が、続けて斬喰郎の耳に吐息をやさしく吹きかける。女は横目で睨みつけられたが、ほほんだままの顔で(されど、目は一切笑わない挑戦的な目力で)斬喰郎を見つめ返した。


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