第17話 金糸雀が鳴くと烏が哭いた

 反吐が出そうな程にお気楽なお貴族サマ達や、血税を貪る肥えた豚。もとい国王。それが俺を取り巻く世界だった。そんな連中の一人になるのは嫌だった。

 けれども俺の立場は逃げることを許してくれることはなくて。


 ――レイブン・クロウ。


 クロウ家の第一子にして跡継ぎ。貴族として生きながら、貴族を憎んだ男の名。

 クロウ家は代々王族と絡んで生きてきた。今の肥えた豚もとい国王の父親が俺の母親の実兄……つまりは血の繋がりのある人間で。つまるところ俺は国王とは従兄弟関係である。もっともあまり関わりたくない部類の人間ではあるが。

 クロウ家は母親を溺愛していた叔父、前国王の恩恵により、この国ではかなりの実権を握っていた。

 そのお陰と言うべきか、その所為というべきか。

 甘い汁ばかりを吸う父も、豪奢な宝石やドレスで着飾る母も、他の貴族も。

 この国の現実を何ひとつとして見ようとはしない。いや、見てもきっと何も感じないのだろうけれども。

 油が勿体ないからと夜は灯さえつけられず、昼間は死ぬほどに働いても賃金は安く、そのほとんどは国王や貴族の肥やしにされてしまう。

 可哀想だとは思う。けれど今の俺には力がない。

 いつか俺がこの国を変えてやる。

 そんな幼心に芽生えた気持ちさえ、この国のことを知れば知る程に潰えていく。

 たった十七年しか生きていない俺だけれども、この国の惨状は良く分かっているつもりだ。

 だからこそ、彼女との逢瀬はいつも心が癒されていた。


「あーあ、俺もいつかは染まっちまうのかねぇ?」


「レイブンがこの国に染まることがあるんですかねぇ」


「それを俺の種馬はお望みだ」


「まあ、下品なことで」


 そう言いながらもどこか楽しそうに笑うのは、婚約者であるカナリア。

 金糸雀のように綺麗な声音でクスクスと目尻を細めて笑う美しい女性。

 貴族としての身分は低いが、容姿が優れていたことによって、美しいものを悪癖のように好む母が俺への婚約者にと勝手に決めた相手でもある。

 身分を気にする父は渋っていたが、所詮は元王族の母親には逆らえなかったのか、俺達の婚約は破棄されることはなかった。

 カナリアの傍に居られる時が一番幸せで、何より落ち着く。何れ結婚でもしたら、それこそ幸せになるのではないのかと、そんな夢を見るのも、きっと俺が平和ボケしている証なのだろう。


「カナリア。膝枕してくれよ」


「レイブンは甘えん坊さんですねぇ」


 おっとりとした喋り方ながら、その声は仕方がないとばかりに発せられ、俺に膝を貸す為に足は折りたたまれた。俺はその足の上にゴロンと寝転がる。ふんわりと香る花の香りに、そう言えば彼女は花の栽培が好きだったなと思い出す。


「カナリア」


「はいはい」


 名前を呼べば分かっているとばかりに頭を撫でられた。髪を梳かすような仕草がいとおしい。

 俺はカナリアが好きだ。

 婚約者だから仕方なく、なんてそんな感情ではなく。本当に、心の底から好きで。

 けれどもとうのカナリアからそれらしい言葉を聞いたことは一度たりとてない。

 当然かとも思うけれども。良くあることとはいえ、カナリアは無理矢理家の都合で俺の婚約者にさせられたようなもの。カナリアには他に好きな男が居たのだという。恋仲かどうだったかまでは知らないけれども。その男は平民で、身分の違いと俺との婚約のせいで無理矢理引き裂かれたのだとも噂程度に聞いた。

 権力を得たかったカナリアの父親と、美しい嫁が欲しかった俺の母。

 欲望によって好きでもない男の元に嫁がなければならないカナリアの哀しみはどれ程だったのだろう。

 正直に言えば、俺はカナリアに出逢う前まで誰とでも寝るようなクソ野郎だった。

 そんな俺が綺麗なカナリアに触れて良いのかとさえ思った。カナリアを解放してやるべきなのではないのかとも。

 それでも出来なかったのは、惚れてしまったせいか。

 これでは国王も、それにあやかる貴族のことも、もちろん両親のことも馬鹿には出来ないな、と彼女の腹に顔を埋めてバレないように苦く笑った。


「レイブン? 寝てしまいまいましたか?」


「んー、カナリアの膝は寝心地が良いからな」


「ふふ。そうですか」


 カナリアの指が俺の髪を弄ぶ。それのなんと心地好いことか。ずっと続けばいいと思っていた。この誰かにとっては不幸せで、誰かにとっては幸せな関係が。

 ずっと、続くものだと、この時の俺は愚にも思っていた。

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