第三話 夜に濡れる女

 琥珀の採掘場を出ると、日は西の山に傾ぎ、薄紅色と薄紫色の雲がたなびいていた。

 採掘場の男達は、ぞろぞろと街の方へ向かう。

 一字九いちじく村は、かつては宿場町であり、今も中心地は栄えている。

 琥珀の採掘場から村の中心地までは多少距離があるものの、歩いてゆけぬわけではない。

 採掘場の男達は朝夕、下宿屋から徒歩で行き来していた。

 今日も採掘場を出て下宿屋に帰り、手荷物を変えて銭湯へ向かう。銭湯の後に酒場へ向かう者もいるが、ほとんどが財布が寂しい者達だ。彼らは、まっすぐに下宿屋に帰りと酒にありつく。

 玄武は、一字九村に来て三日目。勝手がわからず、他の者にならって銭湯へ行き、下宿屋に帰って夕食を頂く。

 酒は好きだ。嫌いな食べ物はない。ただし、銭湯では疲労が取れず、食事が咽喉を通らない。

 今日の夕飯は、ほっけの干物と青菜のお浸し。味噌汁と雑穀米。疲れた体に、濃い味付けが染み渡る。ただし、食べ続ける体力がない。

 ちびちびと酒を口に含んでいると、「にいちゃん、よお」と話しかけられる。

「にいちゃん、よお。本当は女なんだろ?」

 玄武は驚いた拍子に、酒を吹き出してしまった。

 話しかけてきた屈強な男は、湯飲みに酒を次ぎ、自分で飲む。

「細いし、優男だし、色っぽいし、こんなところで力仕事ができるようには見えねえや」

 男は首に巻いた手ぬぐいを解き、玄武がこぼしてしまった酒を拭き取ろうとする。意外にも世話焼きだが、玄武の着物も拭こうとする。胡坐あぐらをかいた脚にも甲斐甲斐しい手が伸びそうになり、玄武は丁重に断った。悪意はなくても体に触れられたくない。

「なんだ、ついてんのか」

 屈強な男は、体格の割に幼い顔をきょとんとさせた。本当に、玄武を女だと思っていたらしい。

 男は、阿栗あぐりと名乗った。齢は十九。もしかしたら、末っ子なのか。親は女の子を望んでいたのか。そんなことを、玄武は考えた。



 灯りを点けても暗い中で、井戸で着物を洗い、手で絞る。物干し竿を借りて干させてもらった。下宿屋の者に頼めば洗濯してもらえるが、このくらいは自分でやりたい。

 現に玄武の隣では、下宿屋の女人が大きな桶と洗濯板で男の着物を洗っていた。土と汗にまみれた衣は早いうちに洗うのが利口だ。夜は冷えるが、洗濯物が凍るほどではない。

「俺もやりますわ」

 玄武は女人の隣にしゃがみ込む。

 女人は、ちらりと玄武を見たが、首を横に振った。すぐに洗濯を再開する。

 若い女だ。歳は玄武とそう変わらないように見える。美人というわけではないが、瞳は大きく、目鼻立ちもはっきりしている。頼りない灯りの中で見ているからかもしれない。

 化粧っ気のない頬に触れてみたい。顎に手を添えて、顔を上げさせたい。大きな瞳で注視してほしい。声が聞きたい。名を呼んでほしい。

 力を入れて衣類を洗濯板にこすりつけるたびに、着物の上からでもわかる大きな乳房が揺れる。

 玄武は、生唾を飲み込んだ。

 あかん。昔のことを思い出しそうだ。あの頃の自分とは、決別したはずなのに。



 寝所にとあてがわれた部屋に入り、窓を開けて月明かりを頼りに布団を敷く。横になるとすぐに眠気がやってきた。

 どのくらい眠ったのか、わからない。開けたままの窓から入る風の冷たさに、目を覚ました。月明かりは、もうここまで届かない。

 玄武は寝返りを打ち、布団を頭からかぶった。

 掛布団が大きく動く。背中が寒い。

 玄武は息を呑んだ。誰かが布団に入ってきたのだ。

 振り返る間もなく、脚に触れられる。寝間着の上から大腿部を撫でながら、うなじを唇でなぞられる。身を動かそうとすると、寝間着の裾を大きくまくられ、鼠径部に指を這わせられながら脚を割り込まれた。素足が触れ合い、絡まれ、逃げられない。

 女だ、と思った。

 寝間着の帯に手をかけられ、力ずくで身をよじると、帯を解かれてしまった。

 羞恥に熱くなる頬を手のひらで包み込まれ、唇を重ねられる。

 相手の頬が、濡れていた。それでも相手は、なおも唇を押しつけ、舌を絡めて自由を奪う。口腔を犯しながら、凹凸のある体を寄せる。相手は寝間着に身を包んではいるが、かなりはだけてしまい、衣の意味がない。

 湿った声が、ふたりの鼻から漏れた。口を吸い、舌も声も脚も絡め、乱れた衣は脱ぎ捨てる。

 張り出た腰を抱き、厚みのある臀部を揉み、求められる以上に応じた。

 もしやあの人か、と一瞬だけ考えた。

 しかし、思考は続かない。

 玄武は、誰ともわからぬ女と契りを交わし、懐かしい感覚に身をゆだねた。

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