6 警官の自覚

 ────巡回官の仕事。それは、時に一般的な業務をこなし、時に拳を突き上げる。どれも正義を語るには外せない内容であり、それが世間の考える正義なのである。僕はそれに合わせなければならないし、合わせる選択肢しかないと思っている。たとえ警官が国民に暴力を振るっても、その行為は正義であり、立派な警官の任務なのである────。

 こんな夢を見たあの日から、僕は常にこの言葉の意味を考えている。なぜ夢の中の僕は、僕自身に巡回官の仕事の意味を再確認させているのだろうか。巡回官による一般市民への傷害行為は、低所得者を逮捕するためには必要なこと。その状況以外で手をあげる事はもちろん許されないことであるが、僕は僕に、何を伝えようとしているのか。

 自分のデスクに突っ伏しながら考えに耽っていると、何やら聞き覚えのある声が、耳いっぱいに広がってきた。


「────月。集中しろ。仕事に慣れてきたこの時期の新人は、どいつもこいつも……」


「ごご、ごめんなさい! 真面目にやります!」


 声の主は、白鳥さんであった。顔を見上げると、すでに眼鏡を外しており、かなりフラストレーションが溜まっていることが見受けられる。ため息混じりに発せられた声には、怒気しか感じられなかった。


「陽夜、お前も8係に染まってきたね〜。いい怒らせっぷりだったっぜ? 一分くらい声かけられてんのに、陽夜はガン無視! こりゃ白鳥待機員も、舐められたもんだな!」


 そう言って大笑いするのは、東さん。それに、僕は白鳥さんから約一分も声をかけられていたらしい。一刻もはやく信頼を取り戻さなくては……。


「東待機員。今月の調査書にお前の名を書いて提出する」


「それだけは、それだけは止めてくれ! 死ぬ時は8係、そう俺は決めたんだよ! だから、頼む!」


 東さんは白鳥さんの提案に対して、今までにないくらい必死になっていた。多分、これもオフザケの一環なのだろうけど。


「お前は、謝罪という言葉を知らないようだな」


 白鳥さんは右手、左手の順でクラッキングをしている。


「この通りだ、白鳥さま! すまねぇ!」


 地面におでこを付けて、華麗な土下座を見せている。東さんは終始ふざけているものの、仕事に対する熱意は本物なのかも知れない。


「……時間だ。行くぞ」


 眼鏡をかけたあと、眉間にしわを寄せて、僕にそう言った。

 行くって、またあの案件だろうか。白鳥さんに聞こうと思ったその時、吉野さんが口を開いた。


「今日はまぁまぁね。この前ほどじゃないみたい」


 吉野さん専用パソコンのモニターには、例の赤い斑点が載った地図が映し出されていた。


「中心部の一角だわ」


 そう言うと、東さんは吉野さんをジト目で見ていた。


「なんで今更中心部なのー? まさか見逃してたとか? ねーね、はおりん〜」


 嘲笑気味で東さんは言ったのだが、吉野さん以外のみんなは、すでに外へ向かってしまっていた。ぼくもその波に乗ることに成功した。


「……邪魔」


 吉野さんは東さんに向かって、冷酷の矢を放ったのであった。



 =   =   =   =   =   =



「なぁ陽夜、今日はあんなヘマしないんだろうな?」


 目的地に着くまでの車中。僕は呆れ顔の東さんに話しかけられていた。


「は、はい。カウンセリングを受けてから、すっかり恐怖心が無くなりました」


 驚くことに、あの日を境に仕事の考え方、熱意がガラッと変わったのであった。何故だか分からないが、どちらかというと、今日の仕事は楽しみ、という気持ちの方が強い。


「やっぱ叶江さんスゲェなー。あんなババアなのに」


 東さんが独り言を演じて言うと、案の定白鳥さんが発動された。


「お前もカウンセリングを受けて、敬う気持ちを養ったらどうだ」


 すると東さんは、高速で首を横に振り、


「いや、まじ無理っす! 許してくだせぇ!」


 敬意を払ったつもりなのか、ただふざけているだけなのか。後者だとしか思えない。

 白鳥さんは眼鏡をクイっとあげて、今日の役割分担をし始めた。


「今日も、俺と音門さんが前衛につく。東待機員、お前は陽夜を──」


「あいあい、分かってるって」


 白鳥さんの話を遮って、東さんは不貞腐れた表情で発言した。


「おい陽夜、今日は手錠かけろよ」


「はい、頑張ります」


 自信満々に返事をした。もう、二度とあんな真似はするもんか。



 = = = = = = = =



 8係の署から車を三十分ほど走らせた所にある街に来た僕たち。都会と名乗れるほどではないが、決して田舎ではない景観だ。

 駅を背にして歩くこと、十五分。さっきの繁華街とは一転して、広大な田んぼ地域が広がったのである。


「まさかここに田園があるなんて、思わないですね」


「あぁ」


 白鳥さんと音門巡回官が話している。しかし、音門巡回官の返しは依然として素っ気ないものであった。

 外に人はおらず、閑散としている。辺りを見渡す限り、家屋の数は少ないので難易度は低そうである。

 白鳥さんはスマートウォッチを覚醒モードにして、前回のように叫んだ。


「我々は、警察だ。ここは低所得エリアと判断されている。速やかに我々から支給金の受け取りを願う。我々は、警察だ。ここは──」


 数分経つと、家の中から数十人の住民がこちらに向かって走り出してきた。以前は子どもから老人まで様々な年齢層がいたのだが、今回は老人ばかり。金に飢えているのか、歳を感じさせないほどの速さで走ってくる。

 ザッと数えて四十人ほど外に出てきたところで、音門巡回官と白鳥さんは走り出した。


「俺も……俺も殴りてぇ……」


 東さんはしゃがみ込んでしまった。今は、その気持ちが少し分かる気がする。僕も、正義のためならやりたい、という気持ちが芽生えているのだ。


「早く捕まえに行きましょう」


 なので僕は、そんな白鳥さんに向かって堂々と声をかけた。すると東さんは、

 蕾が開いたように悲しみの表情から一転して、満面の笑みを見せてきた。


「陽夜! お前もちょっとは警官らしくなったんだな! 行くぜぇぇ!」


 音門巡回官と白鳥さんは難なく住民達を薙ぎ払っていく。老人達は、一人、また一人と倒れ込んでいく。東さんは転がった老人に寄っていき、慣れた手つきで手錠をかけていく。僕もそれを真似て、負けないように手錠をかけていった。

 たとえ老人が相手でも容赦を見せない音門巡回官たち。それでこそ平等であり、僕が今目指そうとしている正義なのだろう。


「なんだか、地味ですね」


 ただただ行動不可能の人を手錠にかけるだけの仕事。これでお金が貰えるのだから、とても割の良い仕事なのかも知れない。


「だろ? 手錠かけるだけの仕事なら、猿にでもやらせておけって。俺はとにかく殴りたい! 朝の筋トレの成果を! 力試しを! やりてぇんだよ!!」


 ファイティングポーズを取って、拳でくうを切る東さん。この人が前衛に出た時、果たしてターゲットは命を落とさずにいられるのだろうか。


 四十人ほどいた住民も、ものの三十分で片付いてしまった。車に持たれながら汗を拭っていると、遠くの方から数台のトラックが、こちらに向かって走行していた。


「こんな田園地帯にも、トラックは来るんですね」


 僕がそういうと、隣にもたれかかっていた音門巡回官が、珍しく僕の独り言に反応した。


「あれは護送トラックだ」


「護送、ですか?」


 僕が質問を返すと、音門巡回官は無言で車に乗り込んでしまった。いつものことだから、と思いながらもため息を吐いてしまった。それが聞こえたのか、トランクにもたれかかっていた白鳥さんが口を開いた。


「総務署が管理している、逮捕者護送用トラックのことだ。使用許諾があるのは、それぞれの係の巡回官、および応援要員である待機員のみだ」


 ということは、あのトラックに住民たちを乗せるまでが任務なのか。


「ちなみに、運転手いないんだぜ? 警察が法律違反! 笑えるよな!」


 僕の目の前で、堂々と地面に尻もちをついていた東さんが笑いながら言った。車は基本AIによる自動運転なのだが、非常事態に対処できるように、必ず運転手がいないとエンジンがかからない仕組みになっている。なので、運転手が不在の中エンジンがかかるのは、とても不思議に感じてしまう。

 東さんの発言を聞いた白鳥さんは、眼鏡を外しながら、目の前までゆっくりと足を運んでいた。


「このトラックが現場に到着するまでは、係のデータベースが監視することになっている。小月の知識は、まだまだ浅い。嘘を植え付けられては困る」


「あいあい、そーですね。いちいちご指摘、どうもありがちょー」


 小指で鼻をほじりながら言う東さん。白鳥さんが爆発寸前になったところで、止めに入るかのようにトラックが到着したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る