Quest4:宿に宿泊せよ

◆◇◆◇◆◇◆◇


 夜――。


「ああ、失敗した。オーガの魔晶石は500ルラにしかならないし、こんなガキの面倒を見なきゃならないし、大損害だよ。ったく、こんなことになるんなら人助けなんてするんじゃなかった」


 フランはぶつくさと文句を言いながら冒険者ギルドを出て、これ以上ないほど大きな溜息を吐いた。


「……宿に帰って不貞寝するか」


 フランはがっくりと肩を落として歩き出した。

 優は黙って後を追う。

 しばらくすると――。


「どうして、付いてくるんだい!?」

「僕の面倒を見てくれるんじゃないんですか?」

「チッ、宿の面倒まで見なきゃいけないのかい」


 フランは露骨に顔を顰めて舌打ちをした。

 嫌われるのは辛いが、へこたれる訳にはいかない。

 ここでへこたれてしまったらお膳立てをしてくれたエリーに申し訳がない。

 それに家族の遺体を探すという目的を達成できなくなってしまう。


「あたしを頼るくらいならエリーを頼りゃよかったじゃないか。エリーの申し出を断ったくせにあたしを頼るなんて馬鹿じゃないのかい?」

「いや、それは、ちょっと」


 優が泊まる場所が決まっていないと言うと、エリーは冒険者ギルドの2階で寝泊まりできるように手配してくれると言った。

 しかし、優は丁重に断った。

 彼女がスキルの影響を受けているのならば厚意に甘えるべきではない。

 それに、目が怖かったのだ。

 何と言うか、獲物を狙う捕食者の目をしていた。

 優は健全な男の子なので、そういうことに興味はある。

 だが、心によくないものを残しそうだったので遠慮した。


「情報が欲しいなら100ルラで手を打ってやるよ」

「分かりました。明日の夜まで付き合ってくれればお支払いします」

「2日も付き合わせるつもりかい!?」


 フランは大声で叫んだ。


「若者が1日重労働に従事して100ルラって言ったじゃないですか」

「あたしは冒険者なんだよ」

「お金、必要ですよね?」

「……うぐッ」


 フランは呻いた。


「嫌なガキだね」

「そうですね」


 弱みに付け込むべきではないと思っているのだが、フラン以外に頼れる人がいないのも事実だ。

 どうせ、嫌われているのだからという気分になっていることも否定できない。


「厄介事が加速度的に増えていくね。仕方がない。あたしが使っている安宿を紹介してやるよ」

「ご迷惑をお掛けします」

「ちょいと治安のよくない所を通るから隣を歩きな」


 優が隣に立つと、フランはこちらに視線を向けた。


「勘違いするんじゃないよ。治安の悪い所を通るから隣を歩かせてやるだけよ」


 この瞬間のために首を絞めたのではないかと勘繰ってしまうほど見事なツンデレぶりだった。


「行くよ」

「はい」


 優はフランに歩調を合わせて歩き始めた。

 最初は歩調を合わせることに意識を傾けていたのだが、慣れてくると街の様子を確認する余裕が出てくる。。

 大通りには街灯が立っている。

 燭台が金属の棒の上に乗っているのだが、光を放っているのは六角柱の鉱石だ。


「何をキョロキョロしてるんだい?」

「どういう原理なのかなって」


 中世ヨーロッパでは窓から糞尿を投げ捨てていたという話を聞いたことがあるが、糞尿の臭いは漂っていない。

 中世ヨーロッパ風の世界に見えるが、技術や衛生観念はそれを上回っているのかも知れない。


「魔晶石を燃料にした街灯なんざ珍しくも――ああ、そういや、アンタは別の世界から来たんだったね。一体、何処から説明したもんかね」

「この世界の成り立ちについても知りたいです」

「また、面倒臭いことを」


 フランは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。


「落ち着いてからで構わないので」

「そりゃ、どうも!」


 大通りから路地に入ると、格段に暗くなる。

 路地に入るたびに暗さは増し、街並みは荒れていく。

 さらに腐敗臭まで漂い始めた。


「フランさん、人が倒れてますよ」

「ありゃ、酔っ払いだよ。放っておきな」


 フランは興味がないかのように倒れている人の脇を通り過ぎて行く。

 心配になって振り返ると、倒れている人に近づく人影があった。

 こんな所にも人情は残っているんだと胸を撫で下ろしたのも束の間、人影は靴を盗んで走り去った。


「治安がよくないんですか?」

「王都に比べりゃマシな方さ。さあ、見えてきたよ」


 フランが指差したのは角地にある廃屋にしか見えない建物だった。

 石で作られた2階建ての建物だ。

 微かに陽気な笑い声が聞こえてくる。

 もしかしたら、酒場を兼ねているのかも知れない。

 フランが扉を開けると、笑い声がピタリと止んだ。

 だが、それも一瞬のことだ。

 店はすぐに賑やかさを取り戻す。

 予想通り、1階は酒場になっていた。

 店内にはテーブルとイスが所狭しと置かれている。

 詰め込めるだけ詰め込んだ感じだ。

 テーブルの上にはジョッキの他に料理も並んでいる。

 どうやら、食事も提供してくれるようだ。

 冒険者がメインの客層なのか、鎧を着ていたり、帯剣していたりする者ばかりだ。

 数人いるウェイトレスの服は露出度が高い。

 そして、カウンターの奥に――ジャバ・●・ハットがいた。


「あん、アンタはそんな趣味だったのかい?」


 ジャバ・●・ハットは億劫そうに言った。


「は? 何を言ってるか分かりゃしないよ。もっとハッキリ喋りな」

「フランさん、奥の人は『アンタはそんな趣味だったのかい?』って言ってます」


 それくらい分かってるよ! と怒鳴られるかと思いきや、フランは意外そうな表情を浮かべていた。

 どういう訳か、店内は静まりかえっていた。


「分かるのかい?」

「ちゃんと話してたじゃないですか」

「あたしにゃ、『あー、あーた、そーんしみだたーか』としか聞こえないよ。担いでるんじゃないだろうね?」


 思わずムッとして言い返したが、フランの顔は真剣そのものだ。


「担いだりしてませんよ」

「じゃあ、宿を取ってきな」

「分かりました」


 優は首を傾げつつ、ジャバ・●・ハットに歩み寄った。

 やはり、店内は静まりかえっている。

 何故か、ウェイトレスもこちらを見つめている。


「初めまして、小鳥遊 優と申します。冒険者です。フランさんの紹介でここに宿泊したいんですけど、大丈夫ですか?」

「礼儀正しい坊ちゃんだね。私はシェス、この店の店長さ。1泊30ルラだよ」

「あ~、銅貨に崩して貰えばよかったかな」


 優は頭を掻きながら何泊するかを考える。

 今日、明日で2泊は確定だ。

 念のために3泊にした方が無難か。


「3泊でお願いします。できれば食事を付けて欲しいんですけど?」

「じゃあ、100ルラだ。かなり手間だけど、朝晩2食付けてやるよ」

「ありがとうございます」


 優は頭を下げ、ポケットから取り出した銀貨をカウンターに置いた。

 毎度、とジャバ・●・ハットは銀貨を手に取った。


「朝食と夕食付きで3泊することになりました。フランさん?」

「ああ、そう言えば意思疎通のスキルがあったね」


 忘れてた、とフランは頭を掻いた。


「スキルが3つか。才能マンは嫌だね。真面目に働いているのが、馬鹿らしくなっちまうよ」


 フランはぶつくさ言って、空いている席に座った。


「座りな。この世界の常識ってヤツを教えてやる」

「ありがとうございます」


 優は対面の席に腰を下ろした。


「A定食を頼むよ。アンタも同じでいいね?」

「あ、はい」

「A定食2人分、頼むよ」


 A定食2人前! と威勢のよい掛け声が響く。


「さて、何から話したもんかね」


 フランは背もたれに寄り掛かり、腕を組んだ。


「リクエストはあるかい?」

「この世界の成り立ちについて教えて下さい」

「分かった。この世界の成り立ちと最低限の常識について説明してやるよ」


 コホン、とフランは咳払いした。


「……この世界は一柱の神によって創造されたんだ」

「名前は?」

「人間みたいな名前はなくて創造神、もしくは秩序を敷く者って言われてる。それは他の神々も同じなんだが……とにかく、この神は混沌から神々を、天と地を、その間に存在する全てを創造して、いなくなった」

「え!? いなくなっちゃったんですか?」


 優は思わず聞き返した。


「そうだよ」

「随分、無責任な神様ですね」

「ははっ、言うねぇ。けど、あたしは無責任なくらいで丁度いいと思うけどね。全てを創造した神がそんなんだ。人間種に欠陥があっても不思議じゃないだろ?」

「そういう考え方もあるんですね」

「とにかく、創造神がいなくなり、別の神々が後を継いだ。まあ、最初の内は足並みを揃えてやってたらしいね。人間種もそれなりに神様と上手くやって、人間種初の統一国家を建国した」


 けど、とフランはシニカルな笑みを浮かべた。


「神々は戦争をおっぱじめた」

「まあ、絶対者がいなくなれば主導権争いが起きても不思議じゃないですね」


 跡目争いのようなものだ。

 神様なのだからしっかりして欲しい。

 だが、多神教の神話は酷いエピソードが多いので、そんなものかも知れない。


「人間種より遥かに優れた神々でさえも争いからは逃れられないってのは何とも皮肉だがね」


 フランはそう言いながら笑っている。


「戦いが激化し、神々は僕を生み出した。それがモンスターさ」

「どうして、モンスターなんて生み出したんですか?」

「神は信仰で力を増すんだ。だから、敵対する神の信者を減らして弱体化させようと考えたのさ」


 優は超越者であるはずの神が根本的な所で人間に依存していることに違和感を覚えた。


「それじゃ堪らないってんで、神々は信者に戦う力を与えたのさ。それが魔法や武技、スキル、称号さ」

「レベルアップは戦う力じゃないんですか?」

「そっちは元からあったものらしい」

「……なるほど」


 優はレベルアップが神々の在り方に関係しているのではないかと思った。

 神々は信仰によって力を増すという話だが、そこには儀式も含まれるはずだ。

 極端な例では生け贄の儀式だ。

 神々が生け贄の力を効率よく吸収するシステムを作っていたらどうだろう。

 人間がそのシステムを利用することができたら――レベルアップというシステムを説明できるのではないだろうか。


「結局、誰が勝ち残ったんですか?」

「誰も」

「え?」

「誰も勝ち残らなかったのさ。肉体を破壊されて世界に干渉する術を失ったり、封印されたりしてね」

「神々が滅んだのにモンスターはいなくならないんですね」

「鍛冶師が死んでも鍛えた剣はなくならないって理屈みたいだね。神々の時代が終わり、統一王朝が滅んでも世界は続いてるって感じかね」

「どれくらい昔のことなんですか?」

「1000年くらいは経ってるんじゃないかね」

「1000年くらい?」

「統一王朝が滅んだ後、群雄割拠の時代が続いてね。伝承の多くは失われてるんだよ」


 どうやら、人類の最盛期はすでに終わってしまったらしい。


「そう言えばダンジョンもモンスターって言ってましたけど、いくつ倒せたんですか?」

「倒せたのは1つだけさ」

「1つだけ? たったの?」

「倒せない理由があってね」


 フランは苦笑した。


「モンスターがいなくならなかったって話はしただろ? お陰で開拓するのも、鉱山を開発するのも大事業なのさ。ダンジョンに飯は湧いてこないが、魔晶石やレア鉱石はダンジョンが生きている限り無限に湧いて出る。だから、倒すより共生を選んだんだ。ある国を除いてね」

「その国はどうなったんですか?」

「そりゃ、滅んださ」


 なるほど、と優は頷いた。

 ダンジョンを倒して滅んだ国があったからこそ、他の国は共生する道を選んだのだ。

 だが、それでは鉱山を開発する技術は失われていく一方ではないだろうか。

 いや、もしかしたら、すでに失われているかも知れない。

 悪寒が背筋を這い上がる。

 優にはこの世界の人間が衰退期に入っているようにしか思えなかったからだ。


「ダンジョンを倒すと決めた連中の気持ちは分からないでもない。モンスターが大量発生したり、邪悪な魔道士に占拠されたりしたらコトだ。もっとも、それで国を滅ぼしちゃ世話ないけどね」


 フランは戯けるように肩を竦めた。


「でも、どうやってダンジョンを倒したんですか?」

「ダンジョンの最下層にはダンジョン・コアって呼ばれる心臓部があるらしいんだ」

「ああ、それを壊したんですね」

「そういう――」

「A定食お待たせしました!」


 キツネの耳と尻尾を持つ巨乳ウェイトレスが木製のトレイをテーブルに置いた。

 メニューはバターロールとスープ、野菜炒めだ。


「さあ、とっとと食っちまいな」


 はい、と優は頷き、パンを頬張った。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 優達は2階に移動し、階段を登り切った所で立ち止まった。


「明日はアンタの装備を買いに行くからね。寝坊するんじゃないよ」

「早起きする自信がないです」

「その時は叩き起こしてやるから安心しな」


 そう言って、フランは角の部屋に消えた。

 ちなみに優の部屋はその隣――階段のすぐ近くだ。

 優は自分の部屋に入り、視線を巡らせた。

 ベッドとテーブル、イスがあるだけの殺風景な部屋だ。

 窓際に置かれた桶は体を洗う時に使うのだろう。


「……今日は疲れた」


 優はベッドに倒れ込んだ。

 満腹になって緊張の糸が切れたからか、どっと疲労が押し寄せてくる。


「……体力値は上限を突破してるのに」


 ふとステータスに知力や幸運が含まれていないことを思い出した。

 恐らく、これは数値化が難しいからだろう。

 ゲームならいざ知らず、知力は定義が曖昧だ。

 何処に基準を置くかによって様々な解釈が成り立つ。

 そういう意味では精神も同じだ。

 この疲労感は精神が肉体に影響を与えているためと考えることができる。

 ほろりと涙が零れ落ちる。

 涙は際限などないかのように溢れ出す。

 今頃になって家族を失った実感が襲い掛かってきたのだ。


「泣いちゃ駄目だ。これから一人で生きていかなきゃならないんだから」


 強くならなきゃ、と自分に言い聞かせても涙を堪えることはできなかった。

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