Quest3:冒険者ギルドに登録せよ【後編】

◆◇◆◇◆◇◆◇


「ユウ君、大丈夫ですか?」

「はい、びっくりしましたけど」

「無事でよかった」


 エリーはホッと息を吐き、優を抱き締めた。


「でも、どうして?」


 優が視線を落とすと、フランは胡座を組んで座っていた。

 怒っているのか、拗ねているのか、視線を合わせようともしない。

 その傍らには革鎧を身に着けた冒険者が立っている。

 名前をジョンと言い、エリーの悲鳴にいち早く駆けつけた男だった。

 と言うか、他の冒険者は遠巻きに眺めているだけだった。

 だが、真っ先に駆けつけるだけあり、実力は確かだ。

 ジョンは優からフランを引き剥がし、いとも容易く拘束してしまったのだから。


「おいおい、フラン。何をやってるんだよ」

「このガキがあたしを騙したのが悪いんだよ」

「騙した?」


 ジョンは怪訝そうに首を傾げた。


「そんな、僕は騙して――」

「そのスキルはなんだい?」


 フランは優の言葉を遮って言った。


「言い掛かりも甚だしいです。確かにヒモは女性の庇護欲を喚起するスキルですが――」

「言い掛かりじゃないだろ!」


 フランは鋭く叫び、優は認識票を見つめた。



 タカナシ ユウ

 Lv:1 体力:** 筋力:2 敏捷:3 魔力:**

 魔法:なし

 スキル:ヒモ、意思疎通【人間種限定】、言語理解【共通語】

 称号:なし



 言われてみれば初対面の人間があれだけ親身になってくれる方がおかしい。

 洗脳されたようなものなのだからフランが怒るのも無理ない。

 とは言え、あれだけ優しくしてくれた人に悪意を向けられるのは辛い。


「道理でおかしいと思ったんだよ。あたしが人助けした挙げ句、登録料まで支払っちまったんだから」

「本人だって知らなかったんだろ? それを責め立てるのはちょっとな」

「あたしは人に騙されるのが死ぬほど嫌なんだよ!」


 ジョンが窘めるように言うが、フランの怒りは収まらない。

 多分、騙されて酷い目に遭ったことがあるのだろう。


「あたしの金を返せ!」

「そんなことを言われても手持ちが……」


 優はポケットを漁った。

 落としたのか、携帯電話も、財布もない。

 不意に指が硬い物に触れる。


「……そう言えば」


 優はポケットから水晶を取り出した。


「あの、これで買ってもらうことはできますか?」

「魔晶石ですね」


 エリーは優から離れると水晶――魔晶石を手に取った。


「どうですか?」

「これなら1000ルラで買い取れます」

「その前にルラについて教えてもらえませんか?」

「分かりました。少し待って下さい」


 エリーはカウンターの内側に戻るとイスに腰を下ろした。


「まず、ルラの成り立ちですが――」

「すみません。貨幣としての価値を手短に」

「それもそうですね」


 エリーは居住まいを正し、カウンターに4枚の硬貨を置いた。


「こちらが1ルラになります」


 エリーが最初に手の平で指し示したのは5円玉のような色合いの硬貨だ。

 1と刻印されている。


「次に10ルラです」


 次に手の平で指し示したのは10円玉そっくりの10と刻印された硬貨だ。


「これが100ルラで、その隣が1000ルラです」


 そう言って、100と刻印された銀色の硬貨と1000と刻印された金色の硬貨を手の平で指し示す。


「目安としてですが、1日重労働に従事すれば100ルラ稼げます。月3000ルラあれば4人家族が余裕を以て暮らせます」

「そうですか」


 ということは100ルラは1万円くらいの価値だろう。

 1ルラ100円という点に理不尽なものを感じるが――。


「1000ルラじゃ赤字のままだけど、ないよりマシか」


 怒りが収まったのか、フランは頭を掻きながら立ち上がった。


「申し訳ありませんが、魔晶石の代金はフランさんに渡せません」

「こいつが自分で払うって言ってるんだよ?」


 フランはエリーに詰め寄り、親指で優を指し示した。

 多少怒りが和らいだとは言え、すごい剣幕だ。

 優ならば気圧されて言い分を呑んでしまうだろう。

 しかし、エリーは一歩も引かなかった。


「貴方が恫喝したからです。事前に話し合っていたのならばともかく、『助けてやったのだから金を出せ』では恐喝も同然です」

「ふざけるんじゃないよ! あの状況でどうやって話し合えってんだい!」

「スキルの影響を受けていたとは言え、自分の意思で助けたんだろ?」

「影響を受けてたら自分の意思とは言わないだろ!」


 フランが詰め寄ってもジョンは顔色一つ変えない。

 何をされても対処できる自信があるからだろう。


「それでも、報酬について確認しなかったお前が悪い」

「それじゃ、あたしは大損じゃないか」


 コホン、とエリーが咳払いをする。


「そこで提案です。ユウ君の面倒を見てくれれば冒険者ギルドから一日50ルラを報酬として支払いましょう」

「なるほど、育成制度を使うって訳か」

「なんだい、育成制度ってのは?」


 フランが尋ねると、エリーとジョンは深々と溜息を吐いた。


「育成制度とは駆け出し冒険者をメンバーとして迎えたチームに一定期間、報酬を支払う制度です」

「そんな制度、聞いたこともないよ」

「いい加減な冒険者のせいで手続きが面倒になったんです。今では職員も滅多に勧めない、忘れられつつある制度です」


 エリーはムッとしたように言った。

 冒険者ギルドの性質を考えれば善意から作られた制度とは言い難いが、組織の利益だけを考えて作られた制度ではないはずだ。

 そんな制度が悪用され、本当に助けを求めている人が不利益を被る。

 世界は違っても人間の本質は変わらないということだろう。


「あたしがこいつの面倒を見るのかい?」

「もちろん、フランさんだけに負担を押し付けるような真似はしません。私が担当者としてしっかりと監督します」


 エリーはドンッと胸を叩いた。


「アンタ、スキルの影響を受けてないだろうね?」

「私は冒険者ギルドの受付嬢ですよ」


 エリーは呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。

 だが、優は彼女の目が泳いだ瞬間を見逃さなかった。


「で、どうするんですか?」

「分かったよ。やればいいんだろ、やれば」


 フランはエリーに問いかけられ、自棄っぱち気味に言った。

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