第28話その女—水越美鈴—②

 体育祭まであと一週間ほどとなり、校内では各地で青春の風を吹かせていた。ある所では種目別練習でライバルと火花を散らし、ある所では応援団の練習で仲間と共に汗を流す。そしてある所では……恋という淡い一文字を咲かせている。


「倉敷くん、おお……おはしゃす!」

「うん、おはよう神泉さん」


 最近ではすっかり挨拶も板につき、相変わらず緊張はするけれど、毎朝倉敷くんにおはようを言えるようになったのです。私は成長しています!

 倉敷くんも毎朝笑顔で返してくれるし、中々な進展ぷりではないでしょうか。


「そういえば神泉さんって、体育祭なんの競技に参加するんだっけ?」

「え、私? 私は強制参加の団体戦以外だと、佐奈との二人三脚と借り物競争に出るくらいかなぁ。応援団にも入っていないし、ほぼ観戦だよ。倉敷くんは?」

「俺は団体戦以外だと短距離走と障害物競争なんだけど、俺そんなに足が速いわけじゃないから困っちゃったよ。ハハハ」

「そ、そうなんだ……」


 あれ、もしこれで倉敷くんが何かの競技で一位取れなかったら、後夜祭はどうなるんだろう? え、大丈夫なのだろうか。というか、そもそも倉敷くんは約束を覚えているのだろうか。

 そんなことが頭によぎったせいか、顔に出ていたのだろう。倉敷くんが慌てたような声を発し、


「だ、大丈夫だから! きっとお兄さんに認めてもらえるような活躍をしてみせるから、だから後夜祭は……!」

「こ、後夜祭は……?」

「そっその、フォ……フォーク……」


 フォークダンス——その一言を倉敷くんが発しようとした直前、可愛らしい声が遮るように現れる。


「藤之助くん藤之助くん!」

「ダ……うぇ? みっ水越さん?」


 胸元まで伸ばした綺麗な髪を揺らし、男子を魅了する素敵笑顔の持ち主——水越美鈴ちゃんが倉敷くんの隣にやってきていた。


「今、後夜祭の話が聞こえたんだけど、倉敷くんも後夜祭に参加するの?」

「あ、あぁ。俺みたいな奴が参加するのはお門違いかもだけど、今回はどうしても参加したいなぁってさ」

「わわわ私も参加しようと思ってるの美鈴ちゃん!」


 倉敷くんに続いた私を美鈴ちゃんがチラと一瞥すると、また倉敷くんに視線を戻し、


「お門違いなんて全然そんなことないよぉ。学校行事なんだからみんな参加する権利あるんだし、一緒に楽しもうね」

「あ、あぁ」


 美鈴ちゃんが倉敷くんに顔を近づけながら、素敵スマイルで応えている。

 ん〜、さすがスクールカーストトップ層。行事を楽しむために色々な人に気を使っているんだなぁ。


「ところで藤之助くんは後夜祭でのフォークダンス、もう踊る人は決まっているの?」

「え、あっあぁ、うんまぁ一応……ね」


 倉敷くんが美鈴ちゃんの質問に少し戸惑いながらも、私をチラと見ながら言ってくれた。どうやら倉敷くんもちゃんと約束を覚えていてくれたみたい。うれしいぃ!


「……ふーん」


 倉敷くんの視線に合わせて美鈴ちゃんもこっちを見てる……やだ恥ずかしいなぁ! 「こいつら、一緒に踊るとかもうカップルのそれじゃねぇか!」とか思われちゃったりしてるのかなぁやぁもうカップルだってあっはぁ!


「藤之助くん、ちょっと栞里ちゃん借りてもいい?」

「え、あっうん俺はいいけど」

「ありがとう。じゃあ栞里ちゃん、ちょっとついて来てくれる?」

「え? うんいいよ!」


 そう私に言った美鈴ちゃんが教室を出るので、私も後を追う。

 なんだろう……倉敷くんには笑顔で聞いてたけど、私を見たときの美鈴ちゃんすごく真剣な表情だった……。一体どんな話があるの?

 階段の踊り場で止まった美鈴ちゃんは、私の方を振り向くと眉間にシワを寄せていた。それでも可愛く見えるってすごいわぁ……。


「ねぇ栞里ちゃん、後夜祭のことなんだけど……——」

「あっ、そのこと!? やぁ恥ずかしいなぁついに佐奈以外にバレちゃったかぁ。そうなの実はね、倉敷くんとフォークダンス踊る約束してるんだけど……やっ、別にそんなんじゃないよ? まだ付き合ってるとかじゃないんだけど、まぁ私としたらそれもやぶさかでないと言うかそうなりたいと言うか」

「まだ私何も言ってないんだけど!?」

「え!? あ、ごめんなさい!」


 え、「栞里ちゃんの好きな人わかっちゃった〜」とか言うお約束的な話じゃなかったの!?

 美鈴ちゃんが大きなため息を一つ吐くと、もう一度私を見据える。


「あのね、あなた——藤之助くんのこと好きなの?」

「美鈴ちゃん直球だね!?」


 ヒェーっと私が驚いていると、美鈴ちゃんがまた大きなため息を吐く。しまった、これは真剣な話だったんだね。この質問にどう言った意図があるのかわからないけど、私も真面目に答えないと。


「あ、あのね美鈴ちゃん。まぁその、好きと言うかなんと言うか、気になる? みたいな……やっでもそんな……ねぇ?」

「えぇいまどろっこしい! もういいわ、単刀直入に言わせてもらう。倉敷くんとのフォークダンスをかけて、私と勝負なさい!」

「え!? な、なんでそんな……と言うか、なんで美鈴ちゃんが倉敷くんと?」

「なんでって……あなただって、もう気づいているんでしょう?」


 ふふん……と鼻で笑う美鈴ちゃんが不敵な笑みを浮かべ私を見つめる。

 気づいている……ですって? まぁここまでお膳立てされれば、さすがの私でも気付きますけれども……っ!

 苦虫をすり潰すような顔をしていたのだろうか、美鈴ちゃんが私を見てニヤリと笑うと、


「その様子だと、もうわかっているみたいね。……じゃあ決着は体育祭でつけましょう。勝負方法は追って連絡するわ」


 そう言って、美鈴ちゃんは教室へと向かっていくのだった。

 勝負……まさか、体育祭で倉敷くんをかけてクラスメイトと戦うなんて思いもしなかった。と言うか、まさか美鈴ちゃんが……あの美鈴ちゃんがっ!


「……美鈴ちゃん、モテるように見えて誰も一緒に踊ってくれる人いなかったのね……。それで優しくて断らなそうな倉敷くんに……かわいそう……っ!」


 溢れ出る涙を必死に抑え、それでも私は約束のために勝負へ挑む覚悟を胸に秘めたのだった……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

感情下手な神泉さんは、危機を救ってくれた目立たない彼にベタ惚れの様です〜素直になれません!〜 松原 瑞 @matsubara_zui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ