第17話静かな森大作戦 番外:私とお兄ちゃんと音声データ

◇◇◇


 フォークダンスの約束(仮)をした私と倉敷くんは、あの後5分ほど沈黙のまま立ち続け、私が恥ずかしさのあまり、走り去るようにその場を後にしたのだった。


「はぁ……ちゃんと倉敷くんの顔を見てバイバイ言いたかったな」


 恐らく笑顔で別れの挨拶をするのは無理だろうが、無表情でバイバイを言うことくらいはできるだろうに。まぁでも、それも仕方がない。何と言っても……——、


「フォークダンス……かぁ。うひ、うひひひひ」


 堪えたくても勝手に笑みが溢れてきちゃう。あぁほっぺが痛いよぉ! ニヤニヤが止まらず筋肉痛になりそう!


「こんな楽しみな体育祭は初めてだなぁ。早く当日にならないかなぁ」


 今日デートしたのに、もう次のイベントを心待ちにしている。私はなんて強欲な人間何でしょう。でも仕方がないよね!


「あ、でもそれには体育祭にお兄ちゃんが絶対来ないといけないんだ。……むぅ」


 今日喧嘩したばかりなのに、いきなりお兄ちゃんに頼らなくてはいけないなんて。そもそもお兄ちゃんがあんな事しなければ、喧嘩しなくてもよかったのに。


「……いや待てよ、お兄ちゃんが倉敷くんの事を認めなかったから、今回のフォークダンスの約束を取り付けられたんじゃ……? これは……ムムム」


 何と言う事でしょう。お兄ちゃんは図らずとも妹の手助けをしていたと言うの? むぅ、どうしたもんか。


「……まっ、しょうがないか」


 私は諦めたようにふぅっとため息を付き、寄り道をすることにした。


◇◇◇

〜その日の夜〜


「……遅い、何してるのお兄ちゃんは!」


 夜も21時を過ぎようとしている。その時間が特段遅いという訳ではない。お兄ちゃんは大学生なのだから、別にこのくらいの時間はどうってことないだろう。むしろバイトや用事がある日はもっと遅い時もある。

 しかし、今日はお昼時にすでに絵里香さんから帰宅を命じられていたハズ。それなのにまだ家にいないということは、どこかで道草でも食っているのだろう。せっかく私がお兄ちゃんを待っているのに、何しているのだろうか!


 私はリビングのソファに寝転がっていた。家には誰もいないのを良いことに、昼間倉敷くんに録音させてもらったデータで、「栞里さん」という単語とクラスメイトの「ス」、倉敷くんの「き」を切り取り、『栞里さん、スキ』と言う合成音声データの作成に成功していた。私史上最高のASMRに、まるで脳髄が支配される体験をしていると、玄関からガチャリと鍵の開く音がする。足音からしてお兄ちゃんだろう。私は音声データを一旦一時停止すると、お兄ちゃんが部屋に直帰するのを防ぐため、すぐに玄関までお出迎えに行く。


「……おかえり、お兄ちゃん」

「し、栞里!? あ、あのな栞里、お兄ちゃんな」


 ビックリした表情をするお兄ちゃんの顔は、お酒でも飲んできたのかほんのり赤くなっていた。照れている時の私そっくりじゃない……。


「お兄ちゃん、……昼間は言いすぎちゃってごめんなさい」

「し、栞里っ!」


 多分この時の私はふてくされた顔をしていただろうけど、事実言いすぎたという自覚はあるので謝っておいた。

 チラとお兄ちゃんを見やると、私とそっくりな三白眼をウルウルとさせている。


「お、お兄ちゃんの好きなどら焼き買ってきてあるから、あとで食べてね」

「栞里ぃ! ごめんよ、ごめんよぉ!」

「お酒臭いからこっち来ないでもう!」


 お兄ちゃんが自分の体の臭いを嗅ぎながら、リビングへ向かうとテーブルに置いてあるどら焼きを手にとる。

 好きな時に食べれば良いのに、どうにも私と一緒に食べたいらしい。リビングのソファに二人並んで座ると、


「お兄ちゃん。今年は私の体育祭、来るの?」

「あぁ、行くつもりだぞ!」

「ふーん、そ」


 よし、取りあえず第一段階はクリアだ! あとは倉敷くんが頑張ってお兄ちゃんを納得させてくれれば、万事オーケー! 今のうちから何とか良い印象を与えておかないと。


「ねぇお兄ちゃん、今日私と一緒にいた倉敷くんって男の子のこと何だけど」

「あぁ、あいつか。身体こそもやしみたいだったが、俺の睨みにも怯まないとは中々大したやつだったな」


 およ? なんか何もしなくても勝手に高評価になってない?


「で、でしょ。倉敷くんは優しくて勇気もあって」

「でも今回はお前に何かの詫びとしてだったんだろ? まさか、栞里があの男を好きな訳ないよな?」


 ん、んん? 雲行きが怪しくなってきたぞ……。度胸は認めるけど、それとこれとは別だみたいな?

 

「うぅ……、お兄ちゃんには関係ないでしょ!」

「し、栞里、お前やっぱりあの男のことを!? あの野郎、詫びだ何だと言っておいて、やっぱり俺の大事な妹に変なことをしようと……ッ!」

「バ、バカ! まだ何もしてもらってないもん!」

「何もしてもらってない!?」

「あぁもうっ! お兄ちゃんには関係ないったら!」


 お兄ちゃんの追従に我慢の限界を迎えた私は、手元のスマホをお兄ちゃんに向かって投げつけた!

 そしてその瞬間、スマホがとある画面のまま未だについていたことに私は気づき、


「あっ! やばちょ、まっ!」


 お兄ちゃんに当たった私のスマホは、画面がタップされたと判断したのだろう。一時停止をしていた音声データが盛大な音量で……——、


『栞里さん、スキ——栞里さん、スキ——栞里さん、スキ——栞里さん、スキ——栞里さん……』

「いやぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛——!!!?」


 私が倉敷くんに告白されたと勘違いしたお兄ちゃんの脳髄は、憎しみで支配される体験をしたようだった。

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