第16話静かな森大作戦⑦

◇◇◇


「またいつでも遊びに来てね倉敷くん。コーヒー飲みに来てくれたらお茶菓子くらいはサービスするからさ!」

「はい! また来ます、ご馳走様でした絵里香さん」


 倉敷くんが出入り口近くにあるレジのところで絵里香さんに挨拶している。今日は割り勘にするつもりだったのだが、倉敷くんがどうしても「今日は俺が!」と譲ってくれなかった。意外とそういうところは頑固なんだね倉敷くん……。

 木目調のドアを開け、ぶら下がっている鈴が退店の知らせを鳴らす。時刻は15時を回ったところだろうか。

 意外とお話したなぁ。まぁほとんど倉敷くんが喋っててくれたんだけどね……。


 あの後、スマホで倉敷くんの声を録音したことで機嫌を直した私は、その後に運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら、無事倉敷くんと談笑したのでした。談笑の主な内容は倉敷くんのこれまでの学校生活や友達、趣味のこと等、私の知らない倉敷くんがいっぱいでした。


 何やら倉敷くんはアニメやゲームなどのオタク趣味なるものを持っているらしく、学校帰りや休日はそのオタク友達と集まることが多いのだとか。

 その事をカミングアウトした時の倉敷くんは少し恥ずかしそうだったが、とても楽しそうに話していたのをよく覚えている。私には趣味がないから、目を輝かせて話せる事があるってのはすごく羨ましい。だから、私にも教えて欲しいと言ったら、ものすごい早口で色々教えてくれました。正直言っている内容の1割も理解できなかったけど、すごく楽しそうに話す倉敷くんがとても愛らしく、眺めているだけで私は満足でした。


 そして今、お店を出た私たちは駅へ向かうため、来た道を戻っていた。 


「ごっごめんね今日は、俺ばっかり話して」

「ううん、いいの。倉敷くんの話聞いているの楽しいし」

「そ、そか」

「うん」


 まぁ楽しいと言ってもそれは私の気持ちの問題で、表面上は相変わらずぶっきらぼうな仏頂面だったんですけどねぇ! そりゃあ話している方は不安になりますわなぁ! 話しても話しても、ずっと無表情何だもの、倉敷くん可哀想……! でも楽しかったのは本当だからね信じてね。


「あの倉敷くん、今日はその、本当にご馳走様でした」

「え? あぁ良いんだよ。今日は俺がご馳走するって約束したんだ。こちらこそ、楽しい時間をありがとう神泉さん」

「……どういたしまして」

「ハハハ」


 どういたしましてじゃねぇだろうが己はぁハァァァアアン!? 何の面下げてそんな上から物が言えたんじゃコラァ! 何なん、さっきお店にいる時は割とちゃんと話せてなかった? 何でお店出たらまた急にこんな……——、あっこれが普通だった! お店にいる時がなんか特別な魔法にかかってて、今通常状態の私に戻ってるだけだった私ファ○キュー!

 あぁもう、そんな事してたらもう駅着いちゃったよ……。せっかくの楽しい時間がもう終わる。寂しいな。


「それじゃあ神泉さん、駅まで案内してくれてありがとう」

「……うん」


 改札前で倉敷くんが笑顔で言ってきてくれる。寂しいけど、私も笑ってありがとうって言わなきゃ。ここはちゃんと素直にならなきゃ。


「あの、こちらこそ、その」


 やっぱり笑えないや。うぅ……本当に楽しかったのに、笑顔で感謝してバイバイしたいのに。

 私が俯いてモジモジしていると、倉敷くんが何かを思い出したように「あっ」と呟き、


「そ、そう言えばうちの高校、もうすぐ体育祭だったね」

「うん……?」


 あぁ、そう言えばそうだった。運動が苦手な私には、地獄のようなイベントで忘れていたな。


「神泉さんのお兄さんとか、見に来たりするかな?」

「あ〜、多分くると思う……」


 去年も来てすごい応援してたのが聞こえたもん。高校にもなってアレは本当に恥ずかしかったからやめて欲しいのに……。


「じゃ、じゃあさ。そこで俺がお兄さんに只のもやしじゃないって事を証明するよ! なんかの競技で必ず一つ、一位を取る! そしてお兄さんに認めてもらう!」

「えっ、あっうん」


 もやしって事、相当気にしてるんだね倉敷くん……。

 すると、倉敷くんが急に明後日の方向を向きだし、


「あとさ、たっ体育祭の後にさ、後夜祭もあるの神泉さん知ってる? 後夜祭ではなんか色々ゲームやったりビンゴ大会やったり、最後にはその、フォ……フォークダンスがあるんだって」

「え、フォーク……ダンス?」

「そっそう、今時フォークダンスとか珍しいよね! 何でも伝統らしいんだけどさ」


 え、フォークダンスって、あのフォークダンスですか? 男女でお手手繋いで踊るあの? え、まさか?


「も、もし俺が何か一つでも競技で一位取れて、お兄さんに認めてもらえたら、その、よかったらさ、いや本当に神泉さんがよかったら何だけど、そのフォークダンス一緒に……どどど、どうかなって……——」

「えっ、どうかなっ……て」


 倉敷くんが明後日向いて言ってるから表情が見えないけど、嘘でしょ?

 好きな人とフォークダンスとか、そんなの漫画でしか見た事ないよ。やばい顔が熱い、多分今真っ赤だ。倉敷くんがこっち見てないのが幸いかも。どうしよう、良いのかな、私良いのかな!? 倉敷くんとフォークダンス、とってもしたい……ッ!


「あの、嫌だったら断ってくれても全然大丈夫だか」

「——……る! やややっ、やりんましゅるん……っ!」


 言ったーっ! ちゃんと気持ち言えた! いや噛んだけど、ちゃんと言えた! あ、倉敷くんがこっち見た。やばい今の私顔真っ赤だ、どうしよう目もギンギンだやばい!


「あ、倉敷くん、これは」

「〜〜ッ!!」


 倉敷くんがそっぽ向いて自分の頬を叩き出してしまった。どどどうしたんだろう。


「——……ふぅ。ごめんごめん神泉さん。ありがとう、俺頑張るね!」


 両頬に赤い手形をつけた倉敷くんは、綺麗な瞳で真っ直ぐ私を見つめてくれる。それがあまりにも恥ずかしくて、私も思わず目を逸らしてしまい、


「う、うん。まぁ頑張って」

「うん!」


 またぶっきらぼうに、でも本心の「頑張って」を言えました。

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