『アリシア魔術学院』

第10話 新たな門出

アリシア魔術学院。


そこは由緒正しき魔術学院で貴族や金持ちが多く在籍している三年制の学校だ。歴史も古く、多くの卒業生が軍にスカウトされている。いわば、お坊ちゃま、お嬢様のエリート学校なのだが、変わった風習がこの学院にはある。


「おい、なんか中庭で『例の教師』に集団で決闘を申し込んだ奴らがいるらしいぞ!」

「まじかよ! 複数人で一人の教師を殺ろうってのかよ!? 見に行こうぜ!」


複数の生徒が騒ぎを聞きつけ、その場所へ駆けていく。

そう、その風習とは魔術師同士の『決闘』だ。


決闘は昔から自らの力や思いを証明するために残されてきた魔術師の古き伝統だ。

だが、それは言い方を変えれば、命のやり取りにすら発展する危険な伝統でもある。ただ、今回の決闘騒ぎの結末は分かりきっている。


俺は慌てもせず、何食わぬ顔でゆっくりと正門を目指す。その数秒後には雷鳴が轟き、数人の悲鳴が数秒間、木霊した。


「馬鹿な奴らだな……エミリーを潰すなんて出来るわけねーだろ」


俺、田村 響はそう呟く。『元軍事長官 エミリー・ウィルダート』の名は伊達じゃない。散々、今日に至るまで俺に剣術や魔術、その他の役に立ちそうなモノを片っ端から一ヶ月間で叩き込んだ猛者だ。そう易々とやられるわけが無い。


しかし、しばらくの間、エミリーはこういった戦いに巻き込まれ続けるだろう。


なぜなら、世間ではエミリーは『犯罪者』として認識されているからだ。

完全な濡れ衣ではあるが、犯罪者を倒すという大義名分とこの学院の決闘というシステムのせいで徒党を組んでエミリーに挑む者が後をたたないのだ。


この学院内での決闘は『喧嘩を吹っかける手段』か『成績上位者になるための手段』でしかない。アリシア魔術学院の生徒は常に軍の魔術師として戦争に即時投入されてもいいだけの実力を求められる。それ故に学院側は決闘を誘発させるようにランキング制度まで用意し、生徒に実戦感覚を身につけさせようとしている。


そんなシステムが今の現状を生んでいるというわけだ。


「(そんなことして、何になるんだか……馬鹿臭ぇ)」


俺はため息混じりにそう考える。争うくらいなら切磋琢磨して高めあった方が利口だと心で思いながら正門を潜った時だった。


「や、やめてください!」


前方から悲痛な悲鳴が聞こえ、俺はその声の方へと視線を向けた。

視線を向けた先には魔術学院の青を基調とした制服に身を纏ったツインテールの少女が大柄な男に手を掴まれて居た。


「いいじゃねぇか! 遊ぼうぜ! それとも何か? 上級生の誘いを断るって言うのか?」


男は少女の細い手を掴み、強引に引っ張る。

それでも少女は連れて行かれまいと必死に手を振り切ろうとする。


「嫌ぁ! やめて! 離して!!」

「ケッ! 暴れんなよ? なぁ!?」

「っ……!」


男は右ポケットからナイフを取り出し、少女に突きつける。その光景を見た瞬間、俺の奥底に眠っていた三年前の記憶が一気に蘇った。


「っ……やめろ! 今すぐナイフを捨てろ!」


俺は気付けばそう大声で叫んでいた。

その声に反応した男は悪びれた様子も無く、こちらを睨む。


「あ? おい、ゴラッ! 新入生のクセに上級生の俺に楯突くのか? 弱者のくせにヒーロー気取りやがってよぉ! その意味、分かってんだろうなぁ!」

「<雷鳴よ!>」


俺は躊躇せず、その男に向け魔術を発動した。青紫に光った紋章が瞬時に顕現し、

真っ直ぐに飛んでいった青き雷は男の体を貫く。正面からモロに雷を食らったせいか男は地面に崩れ落ち、ピクリとも動かない。


「上級生だからどうしたって? お前の自業自得だろ」


俺はそう吐き捨て、刺されかけていた少女に駈け寄る。少女の制服の襟には赤色の校章バッジがついている。ということは、俺と同じ新入生だ。


「大丈夫?」

「は……はい。ありがと……う……!?」

「なっ! 君は……!」


お互いに顔をみた瞬間、思考が止まった。その顔は俺の人生において忘れられない顔だった。いや、忘れもしない顔だった。なにせ、その少女は俺が駅で自殺から救ったはずの少女だったのだから――。


「どうして……君がここに……!?」

「くっ……!」

「あっ、おい! 待てよ!」


少女は慌てて逃げるように学院の方へ走り出した。

俺も追いかけようとするが、そこには賞賛する新入生たちが群がる。


「す、すげぇ! 上級生を倒すなんて! どんな修行をしてきたんだ!?」

「あ、いや……その……!」


人だかりが出来てしまい、少女の姿がますます離れていく。どうにか、群集の中から抜け出した頃にはその姿は見えなくなっていた。


「(ああ……クソッ! 見失ったか。でも、さっきの焦り方……絶対にあの時、救った子だ。でも、なんであの子は助かったはずだろ? それなのに、この世界にいるってことは……あの子、まさか)」


最悪の考えが頭に浮かぶ中、間近に迫った入学式の会場となる体育館に向かった。

いずれにせよ、同じ新入生である事は分かりきっている。


「(とりあえず、今はこっちに集中しないとな……)」


大勢の生徒で埋め尽くされた体育館の入り口で俺はそう気を引き締めた。

体育館は見慣れた長方形型だが、面積がとても大きくバスケットコートで言えば6~8個分くらいはあるほどだ。2階には多くの座席が敷設されている。それ以外は特段、変わった点はなく現代の体育館とほとんど同様だ。


新入生の席がある体育館の前方に入っていくと多くの視線が俺に向く。

恐らく、正門での一件がもう広まっているのだろう。


「なぁ、上級生をぶっ倒したのってお前?」


所狭しと並べられているパイプ椅子に座るとすぐに隣へと男子生徒が寄ってきて質問を投げかけれれた。正直、答える気にもならない。


「……さぁ。どうだろうな?」

「なぁなぁ、そんな邪険にすんなよ」

「(面倒くさ……)」


俺は目を閉じ、話す気がないと態度で示す。しかし、その男子生徒は諦めが悪いのか、急に俺の肩に手を回して馴れ馴れしく話しかけてくる。


「じゃあさ、とりあえず自己紹介! 俺はアレックス・グレイド。お前は? なぁ、名前くらいは教えてくれてもいいだろ? なぁってば!」

「はぁ……田村 響だ」


どうやっても絡んでくるつもりらしいアレックスに対してため息混じりでそう名乗ったが、当のアレックスは困惑するような表情を見せる。


「……ん? どうかしたか?」

「あ~いや、随分難しい名前だな~と。……で、どっちがファーストネームはなんだ?」

「(そりゃあ、日本人の名前に親しみなんて無いから難しくて当然か……)」


俺は心の中で思いながらゆっくりと語った。


「響がファーストネームだよ」

「そっか。じゃあ、響! これからよろしくな?」

「よろしくなって言われてもなぁ……。お互い困ることになるぞ?」

「は? どういう意味だよ?」

「まぁ、俺と関わるっていうならそのうち分かるようになるさ」


俺は口を濁した。その理由は言うまでも無いが、妹がレボネスの関係者であることやエミリーの家に住んでいることが理由だ。もちろん、そこには何の後ろめたさも無いが、こんな大衆の前で波風を起こしたくは無かった。


そして、遂に入学式が始まった。


「只今より、アリシア魔術学院の入学式を執り行います。静粛にお願い致します」


壇上の隅に設置された司会席から透き通るような声が体育館内に響き渡る。その声に誰しもが黙り、壇上を見据えた。


「では、まず、生徒会長より祝辞を頂きます」


その声に周囲が一段と静まりかえった。この学院の生徒会長――つまり、三年次における主席ということだけあって緊張が走る。


「皆様、おはようございます。この学院の生徒会長、リゼット・ローレンです。まず、始めにこの栄えあるアリシア魔術学院にご入学された皆様、誠におめでとうございます」


その声は強く、それでありあがら上品な声だ。


「この学び舎で皆様と共に学び、共に魔術師となれることを嬉しく思います。伝統を重んじながら校則を正しく守り、勉学に励んでいただければと思います。手短では在りますが、これで祝辞とさせていただきます」


生徒会長が挨拶を終えると圧倒的な拍手が巻き起こる。

もの凄い人望と権力を感じた瞬間だった。


「では、次に答辞。新入生代表、リエル・ユースティア」

「はい」


最前列から立ち上がった少女は壇上に上がると胸ポケットから素早く紙を取り出す。その無駄のない振る舞いとスポットライトに当てられて光る綺麗な白銀色の髪からしても、いい育ちの人間である事は見て取れた。


「この春うららかな日にここ、アリシア魔術学院に入学できたことに私をはじめ新入生一同、嬉しく思います。新入生として恥じぬように行動していく所存です」


数分間、生徒会長と同じように答辞を述べ、場をグッと引き付けて離さなかった。彼女もまた3年後には生徒会長としてあの場に立っているのかもしれないと思ったほどだ。しかし、その厳粛な雰囲気も長くは続かなかった。


「……では、続いて。新しく魔術学院に入られた教授の紹介です」


一斉に新入生や上級生がざわつく。それもそのはずだ。壇上に上がったのはある意味で人気のエミリー・ウィルダートだからだ。


「今年よりアリシア魔術学院の教授職に任命されましたエミリー・ウィルダートです。どうぞ、よろしく」


そう短く言い切った瞬間、二階から野次と共に壇上へ魔術が降り注ぐ。

その光景にエミリーの口角がフッとつり上がる。そこには動揺も無い。


「<守りの障壁よ!>」


全ての魔術をいとも容易く防御魔術で軽く受け流した。

そして、次の瞬間、言葉を紡ぐ。


「<雷槍よ!>」


エミリーは青き紋章を浮かべた手を真横に薙ぎ払うように振りぬいた。すると、雷の槍が追尾ミサイルのように鮮やかに飛んでいく。そして、その槍のすべてが攻撃を仕掛けてきた人間全員に直撃した。


「フッ、笑わせないで! こんな魔術なら余裕で防げるわ。これでもやるって言うなら正々堂々。掛かってきなさい! 三流ども!」


そういい残してエミリーは段上から去った。それはエミリーから全生徒に対しての脅しでもあり、宣戦布告でもあった。


「あの講師、やば過ぎだろ?」

「アハハ……そうかもな?」


隣に座るアレックスからの言葉に苦笑いを浮かべる。それでも、全生徒の前でアレだけの実力を見せ付ければ多少は効果が出るはずだ。


こうして、波乱の学園生活が幕を開けたのだった。



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