第11話 総取りの宣言

入学式が終わるとクラスの張り出しが行われた。

アリシア魔術学園は実戦経験を積ませようという目論見がある一方で、クラス割りはバランスが取れた仕組みになっている。エミリーによれば入学時、魔術に長けている者と長けていない者を組み合わせて配置することで『上官』としての経験を積ませるためらしい。要は軍の幹部候補の育成も含んでいるのだ。


「えっと、俺は1年D組か」

「マジ? 俺もD組だよ! 響、これからよろしくな」

「あ、ああ……」


アレックスがまた肩を組んでくる。正直、『あっちの気』があるんじゃないかと思ってしまうほど、馴れ馴れしい。まぁ、その行動を良く取れば元気で陽気な奴なのだという評価もできる。


「って……まずいぞ、ウチの担任」

「担任?」


アレックスが指さすクラス担任の欄を見るとそこには『エミリー・ウィルダート』の名が刻まれていた。しかし、エミリーが俺のいるクラスの担任になる事は予想の範疇だった。きっと、この教授職に追いやったマーレット・アリシアなりの気遣いだろう。


「まぁ、まだ犯罪者かどうか分からない存在だろ? そんな騒ぎ立てなくたって大丈夫だろ」

「何を呑気なこと言ってんだよ……響、お前ってマイペースすぎないか?」

「アレックス、お前だけには言われたくないな?」

「あっ! ちょっ、ちょっと! 置いていくなよ!」


俺とアレックスが会話をしながら1年D組の教室へと入るとそこは大学の講義室に似た造りになっていて、階段状の席になっていた。


「(あの子は……いない、か)」


でも、その事よりも気になる事があった。

この教室はどことなく雰囲気がおかしい。普通、こういう新クラスになると知り合い同士で固まるものだと思うのだが、なぜか2つのグループに分かれてけん制し合っているように見えた。


「なぁ、アレックス。どうなってんだ? これ……」

「ああ、そりゃあ多分、その……実力差ってやつだよ」

「実力差?」

「ほら、お前も聞いたことあるだろ? 上官がどうのこうのって」

「なるほどな。そういうことか」


要はクラス内でも成績上位者は上に立ち、成績が悪い者は下に見られる。

そういう風習が根付いているのだ。


「で、陽気なアレックスさんはどっちに入るんだ?」

「え? 俺? 俺はお前についていくよ」

「お前なぁ……俺の腰巾着でもあるまいに……」

「誰が腰巾着だ!? 俺が良いって言ったらいいんだよ!」

「あっそ……。言っとくが、俺はどっちにもつかないぞ?」

「はぁ!? まじかよ。……まぁ、別にそれでもいいけどさ? せめてもうちょっと後ろの席にしようぜ。中央の前から3列目じゃ居眠り出来ねぇじゃん!」

「馬鹿言え、寝てたらあの体育館で見た『雷の槍』が5本降り注ぐと思った方が良いぞ。まじで……」

「な、なんか知らねーけど、すごい説得力があるな?」


斜め後ろに座ったアレックスに俺はそう力説した。こいつはまだエミリーの怖さを知らない。大概の奴らが『犯罪者だ』としか思っていないのだろうが、あれはそれ以前に『規格外の化け物』と思った方が良い。


「あ~でも、入学前に上級生を伸してるから響は必ず、どっちかの派閥に吸収されるぞ? ――ほら、早速きたきたぁ……!」


アレックスはそう言うとスッと俺から離れた。それとほぼ同時に複数人の足音が後ろから近づいてくる。その正体は教室に入ってきたとき、窓際に居た『俺イケメンです』と言わんばかりの金髪の青年と数名の仲間たちだった。


「やぁ、君が上級生を倒したっていう噂の人物だろ? 僕はエリオット・ハブロス。ハブロス家の跡取りさ。よろしくな」

「……。」

「おいおい、挨拶をしているのにクラスメイトを無視するなんて酷いじゃないか。同じクラスで学ぶ『仲間』だろ?」

「ふっ……仲間ねぇ? 笑えるよ」


俺はその仲間という言葉がおかしくて仕方がなかった。なぜならそのイケメン――エリオットの後ろに居る五人から魔力を感じ取っていたからだ。


「仲間という割には喧嘩腰じゃないか? 魔術で不意打ちをして「馬鹿め、侮ったか」ってか? そんなおふざけに俺が乗るとでも思っているのか?」

「チッ、やっちまえ!」

「<炎帝よ・罪の業火を以て――」


エリオットがサッと後ろに引き下がると五人が一斉に束になり、狭い通路上で魔術を俺へめがけて発動するべく詠唱し始める。戦略としては悪くはない。講義室の高低差を利用し、反撃をしづらくしている。しかし、この時点で勝負は決していた。


「(3節か、ぬるいな……)」


エミリーから教わったのはタダの詠唱や剣術だけじゃない。こういう時にどうするべきなのか『判断する力』も培ってきた。


「食らえっ……!」


俺は自分の鞄を後方にいる2人に投げつつ、先頭でよろけた奴に足蹴りを食らわせる。5人全員が固まっていたこともあってその一撃で全員の姿勢が崩れ、詠唱が出来なくなる。


魔術は万能。ゆえにに頼りたくなるが、集中力が切れれば発動は最初からやり直しになる――つまり、リキャストされるのだ。


「集団で掛かって来るのは良い発想だが、相手を間違えたな。チェックメイトだ」


俺は素早く五人を押しのけてエリオットを押し倒して右手を突きつける。相手が一節詠唱だったり、格闘術を使ってきたりしたらヤバかったが、こいつらは魔術のみの攻撃で3節詠唱しかできない。それは魔術師同士の戦いにおいて決定的なアドバンテージだ。


「ま、まだだ!!」

「――そこまでよ! やめておきなさい。勝負は既に付いているわ!」

「そう、あなた達の負け。それは確定している」


この戦いに終止符を打ったのは我がクラスの担任エミリーと入学式の時、答辞を読み上げた少女、リエル・ユースティアだった。


「けっ、没落貴族の跡取りと犯罪者ごときが――」

「そのセリフ、もう聞き飽きたわ。センスのかけらすらないわ。こんなのばっかりなのかしら? 今の学院生は。――さて、ハブロス家のエリオットお坊ちゃま? ほかの全員は手を引くみたいよ? 負けを認めたら? ブッ……!」

「何を笑ってっ……教師のくせにこの次期パブロフ家当主の僕を侮辱するつもりか! お、おい! お前ら!! 早くこいつらをやれ!! 俺を裏切ってタダで済むと思っているのか!?」


声を掛けられた仲間たちはピクッと反応する。だが、そこに合わせるようにリエルが言葉を添える。


「やめといたほうがいい。彼は多分、1節詠唱ができる。あなた達が束になってもやられるだけ」

「そんなことあるわけ――!」


エリオットがそう言いかけた瞬間、リエルが左手をこちらに向ける。


「なっ……!?」

「<雷鳴よ>」


感情を殺すかのように無均質に紡がれた一言で青の紋章が発現し、雷が肉薄する。

咄嗟に右手をリエルの方へと向けて言葉を紡ぐ。


「<障壁よ!!> くっ……あぶねーじゃねぇか!?」

「えへへ、ごめん」


リエルは突然、俺に向けて魔術を放ってきたにも関わらず、左手を口に当てて微笑を零す。でも、そこには俺が一節で『防御魔術』を発動するという確かな信頼があったようだった。


「まぁまぁ、とりあえずさ? みんなで仲良く行こうぜ?」

「いや、アレックス。お前は関係ないだろ? 随分と場違いな時に出てきたな?」

「場違いって何だよ!? 人がせっかく助け舟を出してやったっていうのに」

「あ~……ありがとう」

「響、お前、ぜってぇに俺に感謝してないだろ!?」


アレックスが騒ぎ、場が少し和やかになったところで俺はエミリーに目配せをする。


「何はともあれ、あとはエミリー先生に任せますよ」

「っ……よろしい! この件は響の勝利。エリオットの負けとします。異議異論があるならばこの私が相手になる。いいわね?」


少しエミリーの顔が赤くなったように見えたが、すぐに我に戻ったのかそう宣言する。エリオットの方は納得していない様子だったが、俺は頷いて元居た席に座った。


「それじゃあ、ホームルームを始めます、おのおの席に着いて」


エミリーは前方の壇上に上がり、講師らしく振舞う中、リエルは何食わぬ顔で俺の横に座った。


「隣、いい?」

「いや、座られた後にそう言われてもな?」

「じゃあ、それは肯定。そういうことにしとく」


本当にこの子は何なんだと思ってしまう。ブルーの瞳と短く切りそろえられた白銀のショートヘアからは正しく美人としか言えないが、さっきの詠唱の速さからして相当な実力者だ。


「今、裏がある。響、そう思ったでしょ?」

「いや? ただ単に美人だなって。前髪を止めてる青の髪留めも髪と合ってておしゃれで可愛いなって思ってさ」

「ほ、褒めても何も出ない。……馬鹿」


リエルはホッと顔を赤らめて明後日の方向を向く。意外なほど無垢でもあるらしい。これは何というか、それはそれで可愛いと思ってしまう。


「(でも、そんな事よりなんでこの子、俺の名前を知っていたんだ?)」


そんな疑問が頭でうごめく中、エミリーが淡々と自己紹介を始める。


「改めて、自己紹介からね。まぁ、ぶっちゃけ必要なんてないだろうけど……。1年D組の担任になったエミリー・ウィルダートよ。これから一年間、あなた達の魔術学、戦闘訓練などの教養、実地を担当するわ」

「犯罪者のくせに生意気な……」

「エリオット、悪いけれどあなたの様に人を犯罪者呼ばわりする奴は置いていく。私が目指すのは――いや、言い直すわ。あなた達に求めるのは学院で行われる主要な魔術大会での全勝利よ」

「「はぁぁぁぁあああああ!?」」

「んなこと、無理に決まってんだろ」


クラス中からどよめきが上がる。この学院には定期試験以外に自分の力を誇示する機会が設けられている。それがエミリーの言った『魔術大会』だ。


主に大会は、6月に『新入学の生徒限定の決闘大会』。8月には『クラス単位で行う団体戦形式の魔術戦大会』。10月にはクラス、学年で魔術研究を発表する『学術論文大会』、1月には『学院最強を決める『ビレッジ・トーナメント』がある。その計4種をすべてを総取りにしようというのだ。


「ちなみに勝算はあるのか?」

「少なくとも6月の決闘大会はベスト4までは総取りできると思っているわ。あとは努力次第ね」


俺の言葉に自信満々に答えたエミリーとは裏腹にクラスメイト達は『そんなの無理だ』という目で教壇へと視線を向ける。それでもエミリーは腕組みをしてクラスメイト全員に高らかと宣言した。


「世の中が私にどんなレッテルを張ろうが、関係ない。私を信じて私に付いてくるなら将来を保証するわ。あなたたちを栄光に導いてあげる。だから、その気があるなら真剣についてきなさい。以上! 今日のホームルームは終了、解散よ! また明日からよろしく」


そう言うとエミリーはそそくさと出て行った。


「(いや、普通さ……教師ならある程度、生徒同士の自己紹介とかさせないのかよ。大丈夫か? うちのクラス……)」


俺が心配する心の声だけがその場に木霊するようにクラス内は静まり返っていた。

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