第8話 失脚

そして、翌日の早朝からエミリーによる厳しい特訓が三週間に渡って続いた。


午前と午後に分けて剣術と魔術を徹底的に学ばせるという完全なワンツーマンの指導で剣術と魔術の錬度はみるみる上がっていった。

その方法も独特でエミリーに奇襲を仕掛けるという無謀な訓練だったり、森に出掛けて逃げる動物を魔術で狩るなど内容は多岐に渡った。


例の如く、体は毎日ボロボロになったが、それを三週間続けたことで初心者だった俺も少しはサマになってきていた。


剣術に関しては自分の身をもって、体のどこが急所であるかを嫌ってほど叩き込まれたし、魔術に至っては省略した詠唱文の起動も確実に想像力と思いを重ね合わせ、発動することが出来るようになっていた。


そして、そんな俺は今、アリスの仕事場に居た。

時刻は既に夕方の五時を回っている。


「はい。じゃあ、響さん。手を伸ばしてください」

「こ、こうか?」

「はい。オッケーです!」


手際よくアリスが紙に俺の体のサイズを認めていく。


「では、このサイズで学院の制服を仕立て直しちゃいますね~」

「あ……うん。宜しく」


ついさっき、届いたばかりの制服を手に取り、アリスは鼻歌を歌いながら仕立て作業に入った。俺はそんなアリスを横目に見ながらあと少しで魔術学院へ入学するのだということを実感していた。もちろん、やれる事はすべてやったつもりだ。


しかし、俺の行動次第では千春の立ち位置を変えてしまう可能性があるのだ。


「覚悟を決めないとな……」


にわかに緊張感が俺に走る。そんな時だった。

扉がノックされ、廊下から目が据わったエミリーが入ってくる。明らかにその目は怒っているようで、もしかしたら俺が何かやらかしたのかと考えをまわす。


「エ、エミリー? もしかして、俺、特訓の時間とか間違えたか!?」


弁明するように言うとエミリーはため息を付いた。


「はぁ……何、私にビビッてるのよ? そんな些細なことじゃないわよ……!」

「じゃあ、何だっていうんだよ?」

「……アリス? 悪いんだけどアリスにも関係のあることだから見てくれる?」


そう言うとエミリーが一通の手紙を取り出した。

そこには何時ぞやに見た『アリシア家の紋章』が押されていた。


「これは……なかなか面倒なことになりましたね」


最初に中身を見たアリスは苦笑いを浮かべる。俺もアリスからその手紙を見せてもらい、中を確認するとそこには、こう認めてあった。


『今日の夜、八時にそちらの屋敷に行きます。そこで将来、有望な魔術師になるという者を見させてもらいます。何を隠してるか知らないけど本人と会えば分かるはずだから。マーレット・アリシアより』


「ん? 待て待て! “将来、有望な魔術師”って……俺?」

「アンタ以外に誰が居るのよ?」

「でも、別に見に来るだけなら問題ないんじゃ……」

「問題大ありよ! 自分が灰塵の魔女……千春さんの血縁者であることを忘れたの? それに出身地を聞かれたらやばいでしょ?」

「た、確かに……」


つまり、この文面から察するにエミリーが何か隠していると考えたアリシア領の領主、マーレット・アリシアが直接、出張って俺を見定めるということのようだ。


「何というか……ヤバいな」

「ええ、本当にヤバいわ。完全にマーレットに疑われてる」


エミリーは頭を抱えながらも俺とアリスに指示を出した。


「とりあえず、あと三時間もしたら、マーレットがくるわ。アリスはマーレットの到着に備えて準備をお願い。響は私と執務室で口裏合わせをするわよ」


俺とアリスは頷き、各々行動を開始した。アリスはマーレットが到着するまでの間、掃除に料理、お茶の用意まで完璧に終わらせるために屋敷内を走り回る。


その一方で俺とエミリーは執務室で口裏を合わせるために作戦会議をしていた。


「さて、どう話をまわしてくるのかサッパリわからないけれど……響は何を聞いてくると思う?」


そう問われてもそもそも、俺はマーレット・アリシアがどんな人物なのか知らない以上、なんとも答えられない。


「普通に考えたら、さっき出た『出身地はどこか』とか『家族について』聞いてきそうだけど、俺はそのマーレットがどんな人物か知らないからな……考えの回し方が分からない」

「普通はそういう質問かもね……ただ、マーレットは何かと計算高く話が出来るタイプだから……私も考えが付かないのよ」


そういうタイプだと知能的に迫ってくるかもしれない。たとえば、二重に質問をして矛盾点を突くという駆け引きをしてくる可能性もある。もし、本当にそんなタイプの人間だったとしたら、相手にするだけでも面倒くさい。


「というか、そもそもなぜ、疑われてるんだ?」

「うーん……多分、マーレットに送った手紙のせいだわ。灰塵……いや、千春さんの部隊が襲ってきたことを『野蛮な輩が侵入してきて戦闘になった』っていう曖昧な表現にしたし、身寄りのない響が軍の魔術師を目指しているからウチで面倒を見ることになったってことをつけ添えたことも要因としてあるかもね」

「いや、絶対にその内容だろ! 居候の人間が軍の魔術師に志願って明らかにおかしいだろ? しかも、推薦者は軍トップのエミリーなんだから」


その後も話し合いをエミリーと続けたが、結局、打開策を見つける事は困難を極めた。ただ、ある程度、原因が分かったことで簡単な確認はすることが出来た。


確認した事は大きく分けて二つ。


一つ、千春がレボネス幹部の『灰塵の魔女』であることは伏せること。

二つ、俺は命をエミリーに救われた哀れな少年であり、孤児であるという設定で行くということだ。


これしきのことでマーレットの追求から逃げ切れるか些か心配ではあるが、やるしかない。そして、夜8時を回った頃、エミリーは窓の外を見て言った。


「……マーレットが着たわ」


しかし、実際は窓から見ても馬が数奇、走ってきているようにしか見えない。きっと、ウィルダート家の固有魔術『ブラック・インサイト』が反応したのだろう。


「じゃあ、手筈どおりに。行くわよ!」

「ああ、わかってる」


俺とエミリーは気合を入れ直すかのように玄関ホールへと足を進めた。

玄関に到着すると既にアリスが一人の女性に対応している。


その容姿は二十代前後で透き通るような紫のロングヘアー、凛とした高貴な面持ちが領主であると言っているような女性だった。


「あれが、マーレット・アリシア?」

「そう、あの子がここの領主よ」

「(あの子って自分の方が年下だろうに……)」


俺とエミリーが階段を歩いていくとマーレットは俺たちの存在に気付き、手を振ってくる。キリッとした顔とは裏腹に意外なほどフランクな様にも見えた。


「エミリー、久しぶりね!」

「……そうね! 最近、お互い会う機会がめっきりなかったから」


俺は後ろに控えながらその様子を伺っていたが、マーレットは一歩踏み込んで俺に挨拶をした。


「初めまして。私がマーレット・アリアシアです。あなたが噂の響さんね?」

「は、はい。私が響です」

「……しかし、随分と珍しい名前ね?」

「遠い土地で生まれたもので……」

「出身はどちらなのかしら……?」


この女、なかなか痛いところを付きやがると思わず、心で囁く。

俺にとってこの質問は致命的だ。だが、エミリーがその質問を許すはずが無い。


「マーレット……。あの手紙には書かなかったけど響は孤児院の育ちなのよ? 生い立ちを聞くのは失礼よ」

「そうなのね……でも――」


切り返そうとする言葉の方向は見えている。

どこの孤児院で育ったかを聞いて裏を取ろうとしてくるのだろう。


マーレット、実にこの女は面倒そうだ。

しかし、その質問が最後まで言われることはなかった。


「あれ? まだこちらにいらしたんですか!? もうお部屋に行かれたと思って紅茶を入れたのですが……」


アリスがそのタイミングでティーセットの乗ったカートを押し、ホールへ出てきたのだ。


「あ、これはいけない。紅茶が冷めてしまうわね?」


アリスと紅茶を交互に見ながらマーレットは強かな笑みを浮かべる。

正直、アリスのフォローがなければ危なかった。


「とりあえず、マーレット。場所を移していいかしら?」

「ええ、構わないわよ?」


こうして俺たちは何とか一難を潜り抜け、一階の東側にある対談室に向かった。

対談室は主に来客が来たときにしか使われていない部屋ではあるが、アリスの掃除でピカピカになっている。対談室に到着すると早速、アリスは紅茶とクッキーをテーブルに人数分、出して対話室を後にした。


俺とエミリーの向かい側のソファーに座ったマーレットは紅茶に一口、口をつけると俺をじーっと見つめ、話を切り出してきた。


「……で、私は君のことを信用してもいいのかしら?」

「と言いますと……?」


俺がそう答えるとそれには反応せず、マーレットはエミリーに視線を向ける。

ジーッと見つめられる視線にエミリーは痺れを切らした。


「な、何よ……回りくどい! 言いたいことがあるなら言えば良いじゃない!」

「なら言わせて貰うけど、この子も『レボネス』の犬じゃないの? 最近、軍でクーデターが起きた時も軍内部にレボネスの人間が関わっていたのは忘れていないわよね?」

「そ、それは……そうだったけど!」

「しかも、人選を担当したのはあなたよね?」

「な……! 私がクーデターを起させた張本人だと言いたいの!?」

「何もそこまでは言ってはいないけど、少なからずその疑いをかけられている事は理解した方が良いでしょうね?」

「でも、それとこれとは……!」


そこまで言うとマーレットはエミリーの言葉が反論になっていないと判断したのか、再び、俺の方を向いた。


「さっきの答えは今、あなたが聞いた通りよ。素性も分からない人間が軍の魔術師になるなんて不可能なの。ましてや、この子の推薦でね」


俺はもう押し黙るしか出来なかった。この言葉の挑発に乗って迂闊に何かを話せば確実にボロが出て、痛いところを付かれて自滅することになる。反論せずにいるとマーレットはそっと目を閉じ、再びエミリーに視線を戻した。


「まぁ、それはさておき今日の本題よ。エミリー、あなたに内示を言い渡すわ」

「……内示?」


エミリーは虚を突かれながらも眉間にしわを寄せる。マーレットはそんなエミリーの反応に一切、視線を合わせず、胸ポケットから紙を取り出してピッとエミリーに突きつけた。


「エミリー・ウィルダート。アリシア領領主、マーレット・アリシアの名において本日付けであなたのアリシア領、軍事長官の任を解き、アリシア魔術学院の教授職に任命する」

「えっ!? そ、そんな……! 私を……この私を切るって言うの!?」

「落ち着いて。確かにさっきは、ああは言ったけど別にあなたを信頼していないわけじゃないの。でも、状況が状況だからどうしようもないのよ。悪く思わないで」

「こんなの、こんなのあんまりよ! 小さい頃から遊んできた仲なのに……アリシア領のために尽くしてきたのに……!」


エミリーは半ば泣きながら部屋を飛び出していった。

その姿を目の当たりにしたマーレットは顔を俯かせる。


「私だって……私だってね……。こんなこと望んじゃいないわよ。エミリー」


エミリーが居なくなった部屋でまるで苦しむかの如くマーレットはそんなことを呟く。その言葉に大よその筋書きが見えた気がした俺はぽそりと声を出す。


「ということは……差し詰め、内部からの圧力とか……ですか?」

「ええ、そんなところです。レボネスに対する反感は根強いから私も庇いきれなかったの」

「そう、だったんですか……。あの、さっきのクーデターの話。詳しく聞かせてくれませんか? エミリーからそんな話を聞いた事がなかったので……。もちろん、機密情報だとか、時間がないというのなら無理に……とは言いませんが」


マーレットは少し思いつめるような表情をしていたが、やがて首を横に振った。


「それは私から話すべきじゃないと思うわ。あなたに話していないという事はエミリーなりに色々、考えていたのだと思うしね?」


マーレットはそう言うと立ち上がり、部屋のドアの前まで行き、足を止めた。


「エミリーは多分、裏庭を北に抜けた先にある丘にいるはずよ。私はあの子の味方であるつもりだけれど……立場上、守れないの。本当にあなたが『こちら側の人間』ならこの意味を理解して頂戴」


暗い表情でそう語り、部屋を出て行ったのだった。つまり、マーレットは『エミリーの支えになってやってほしい』と言いたかったのだろう。


今回の視察だって表面上はエミリーを疑い、切り捨てるように見せかけるモノで本来の目的は俺が信頼できる人物か見極め、信頼できる人物ならそのメッセージを伝えるためにわざわざ、やってきたのだろうと俺は思ったのだった。

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