「桜子、なんでスクール水着なんだ?」

 真っ暗な世界でポニーテイルにスクール水着を着た、出会った頃の桜子が目の前にいる。

 僕も溺れた時の子供に戻っていた。

「あんたの人生で一番強烈な記憶だったんでしょう」

 腕を組んだ桜子が頬を膨らませて、そっぽを向いた。

「まあ確かにね。天使が目の前にいるから死んだって思ったくらいだから」

「はぁ? それであの時、涙目だったの?」

 呆れ顔の桜子を見ながら、やっぱり思う。

 この時から綺麗だったな、と。

「そうだ、会ったら――」

「言わなくて良い。孫が伝えたでしょう。死ぬまで許さないって。死んだんだからチャラにしてあげる」

 そうか。僕は死んだのか。だから、こんな暗い場所に。

「それに…あの時、あたしも駅にいたんだ……でも、絶対実家から逃げられないのは分かっていたから……ごめん」

「別れると言った時みたいに巻き込まないようにしてくれたんだね」

 顔をそらした桜子は、

「……それより、孫はどうだった?」

 誤魔化すように小さな女の子のことを聞いてくる。

「桜子は綺麗だったけれど、あの子は可愛いね。真面目で性格も良さそうだ。自分のことを無能だと言っていたけれど、本当は違うのだろう?」

「昔っから、あんたのそういうところ嫌い。変に感が鋭いんだから」

「やっぱりか」

「そうだよ。あの子は、あたしは知る誰よりも強いよ。でも優しすぎる。優しすぎるから傷ついてしまう。だから、あたしは“神崎”から降りない。あの子に継がせないために。まっ、そういうことだから次にあんたと会うのはずっと先だから」

「それで、あの背の高い女性が憑いているのか」

 もう一つの良い香りの主。目元を隠した背の高い女性が小さい女の子の横に立っていることに僕は気づいていた。

「ああ、あれは死にかけた娘でね。元気になったんだけど孫と一緒にいたいって言って、うちで修行中。ダメだって言ってるのにすぐ魂を飛ばすんだよ。ほらもう行くよ」

 ポニーテイルを揺らして桜子が唯一見える明るい方に歩き出した。

「今の桜子には会わせてもらえないのかな?」

「ババアの顔を見てどうすんの?」

「それでも恋する相手の姿を見たいと思うのが男心さ」

 腰に手を当てて頭を左右に振った桜子が――着物を着た初老の上品な女性にの姿に変わる。

「ああ…桜子は、いくつになっても綺麗なままじゃないか」

「うるさい」

 デコピンをされて、痛みに額を押さえている間に桜子はまたスクール水着の姿に戻ってしまった。

「最後にキスしてやろっか」

 にやっといたずらっ子――たしかに今は子供だ――のように笑った桜子が顔を近づけてくる。

 否応無し。僕はキスを受け入れた。

「ふふん、1,401回目のキス」

「えっ、数が合わないぞ。どうして桜子の方が一回多いんだ?!」

 初めてキスをした時と同じ展開だと気が付いて僕は苦笑いする。

「誰かさんに乱暴なことされた後、帰る時にキスしたからだよ。あんたは寝てたから知らないの。ほらほら、行くよ」

 ポニーテイルを揺らしながら先を進む桜子。

在りし日のように僕はやっぱり子犬のようにポニーテイルを追いかける。

「はい。ここまで」

「そうか、ありがとう」

 ぼんやりしてくる視界に桜子だけが浮いている。

 もう、僕がポニーテイルを追いかけることは無い。

「あたしの初めては全部あんたなんだから、結婚もあっちでしてやるから満足して往生しな。それに…最後に“孫”にも会わせてやったんだからさ」

 そうか…あの小さな女の子は………




「…泣いてません……泣いてませんってば。ですが…沙織さん、ちょっとだけ胸を貸してください」

 裏庭の片隅で、嗚咽する小さな人影があった……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空の青と海の碧 紫光なる輝きの幸せを @violet-of-purpure

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ