第3話  スライム

 握り潰した小瓶の破片が喰いこんだがカストルは気にしなかった。皮膚が裂け、滲む血に粉末がこびり付く。

 カストルから仰け反るように離れたイーサーだったが、瓶の破片や撒かれた粉末は既に体内に残されている。


「あ、熱っーいよーー」


 イーサーは熱さに身体をくねらせた。


ー この焼付く痛みは有害物資だ。


 続いて吐き気がイーサーを襲い、イーサーは全身を震わせた。


「お前みたいな奴にはコレがキクだろ」


 カストルは指先を失った左手に結晶を擦り付けた。


「それとなぁ」


 どどーん、と建物が揺れた。すかさず白煙が流れ込み、炎の赤色が二人の視界に見え隠れする。


「コレも苦手だよな」


 カストルは手に付いた毒の結晶を口にした。そのまま、苦味と共に結晶を呑み込む。


「さてと、目一杯にな、楽しもうぜ」


 カストルは身構えた。炎が二人を取り囲み、その範囲を狭めて来る。


「目一杯?」


 イーサーは毒に犯された部位を捨てた。

 ただ、顔の殆どの部位を捨てたので、顔を欠損したように見える。だが、それもすぐに再生された。


「望むところよ」


 毒に犯され遺棄された部位は、床へと崩れ落ち、溶けてしまった。


「馬鹿野郎が」


 やはり、カストルには毒物が身体中を巡っている。喉奥の“痰”を吐き捨てると、それは血塊のように赤い。


「あらあら?」


 イーサーが間の抜けた声を出す。


「毒をペロリして、お腹が痛くなった?」


「馬鹿野郎」


 口端から血を滴らせてはいるが、口調は強い。


「あんまり余裕をこいていると、瞬時に殴り殺すぜ」


 この間に炎が壁や柱を駆けあがっている。

 二人は対峙する部屋は渦巻く白煙と熱気に溢れ、二人の身体を焦がしていく。


 イーサーは身体を修復する。ただ、あえて少女型となった。


「あーあ。もう、お肉は無理だなぁ」


 美味しかったのにい、とイーサーは左手に視線を向ける。その視線につられ、カストル目線がずれた。


ー いまだ。


 その隙に乗り、イーサーは身体の余裕を分離させる。


「もう、食べられないなぁ」


 ヒョイ、とイーサーが腕を伸ばした。小さな拳がカストルの頬を掠める。


「だから捨てちゃおう」


 しゅい、と煙を裂いて手刀がカストルを襲った。だが、顔に当たる寸前にカストルはそれを防ぐ。


「やるねぇ」


 カストルは腕に残った痛みを確かめる。


「結構。十分に硬いじゃねぇか」


 ぽん、とカストルは距離を縮めた。何気ない動作でも煙が割れる程のスピードがある。その勢いのままでカストルは拳を叩き込んだ。


「食事は大切だよぉ。特に、目立たないミネラルが大事」


 カストルの拳はイーサーの額で止まっていた。イーサーが体内のミネラル成分を集中させた効果である。体内成分を調節できるスライムは、身体に様々な変化を起こすことが出来るのだ。


「コッチは、そんなに馬鹿じゃねぇ」


 カストルは拳をさらに強く握った。


「そんな事、聞かされるまでもネエよ」


 ふん、とカストルは力む。瞬時にイーサーの額にヒビが入った。


「もう一丁だ、オラ!」


「え!マジか!」


 驚きがイーサーを襲った。硬化した額が砕け散ったのだ。床へ散らばった破片は、その形を維持できずに溶けてゆく。


「あ、でも、全然平気」


 イーサーは粉砕された額を修復する。


「すぐに元通り。ほらね」


 身体の修復は早かった。だが、塵屑まで破壊された細胞片に動く気配は無い。


「馬鹿野郎」


 カストルは一旦、距離を取る。そして、二人を見つめる聖母像に傷口を押し付けた。

 焦げる臭さが部屋の中に広がる。


ー 気付かれた?


 イーサーの表情が微かに曇る。


「アンタが回復能力に優れている事は承知しているんだ。喧しいぜ、馬鹿野郎」


 煙が押し寄せ、炎は天井に届く程になった。熱風に包まれたまま、カストルは周囲を見渡す。


「まだ暫く掛かりそうだ。ちょいと遊んでやるよ」


 聖母像に血のシミを残し、カストルはイーサーと向き合う。


 カストルの眼光には殺意しか見られない。あくまで純粋な殺意だけが存在し、気付いた様子は無かった。

 イーサーは胸を撫でおろす。保険は掛けた。後は、この”馬鹿野郎”の相手をするだけだ。


― ほっといても死ぬだろうけれど。


 ムカつく散々の挑発で、若い頃の残忍さが蘇って来た。。


― 昔みたいに、楽しんじゃおうかな。


 スライムにもアソビを優先していた青春期がある。




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