第15話 英雄『求(きゅう)』

 僕は昔、この塔から、羽で飛ぼうとした。否、飛んだ。何故そんなことをしたのかと言うと、空を飛んでみたかったからだ。もっと正確に言うと、空に浮かんでいた浮遊城に行きたかったからだ。

 今もそうだけれど、昔ほどには魔法技術があるだろうけれど、昔は飛行魔法なんてものはなく、空高く飛ぶのは無理だったんだ。

 けれど、どうしても浮遊城に行きたかった。

 何故そう思っているのか──それは、僕があの城の住人だから。

 と言っても、僕にはその記憶がないし、確かな情報もない。けれど、僕があそこに住んでいたという曖昧なことだけは覚えていた。

 その当時、浮遊城の話題で持ちきりだったこの国では、飛行技術の研究に力を入れていた。他国も負けじと研究していたようだけれど、先に辿り着かれては困る、と資金を限界まで使ってあれこれしていた。

 今は飛行船は珍しくもないけれど、当時、飛行船が完成したときは、感動したものだ。

 けれど、どうやっても、浮遊城には辿り着けなかった。浮遊城の高度が高すぎるのだ。

 は、独自に魔法の研究を始めた。飛行魔法のないその時代、どこから手をつければいいのかまったくわからぬまま、部屋に籠りに籠って研究した。

 古代遺跡、なんてものがあるけれど、そこに足を踏み入れ、古代の技術から何かしらを得ようとしたが、飛行魔法に関わる情報はまったく出てこなかった。

 ならばと、まずは飛行魔法以外の魔法の研究をすることにした。

 飛行魔法はつまり、空間制御をすることで使えるものだ。空間を制御するのは高等技術。簡単な魔法が使えなければ、作れなければ、話にならない。

 わたしには、親がいない。

 十歳のときにそこに覚醒した。

 金目のものが何故か大量にあったので、それを売り払って生きていた。

 そんなわけで、親の目があって自由にできない! なんてことはなく、十八になるとすぐに研究をし始めた。

 結論から言うと、飛行魔法は完成しなかった。

 色々な魔法は完成したのに、飛行魔法は無理だったのだ。

 飛行魔法だけではない。空間制御魔法事態、完成しなかった。

 いや、理論的には可能だ、というところまできた。けれど、これといって決め手となる何かが足りなくて、完成までいかなかったのだ。

 わたしは、癌になった。

 まだ若かったけれど、若いからといって癌が発病しないとは言えない。その当時、まだ二十四歳だった。

 わたしは、空間制御魔法を、飛行魔法の完成を後の世代に託した。

 もうこの身は長くない。

 他のやつらが最後まで成し遂げてくれれば本望だ──当初の目的を忘れ、そう思った。

 流石に他の魔法は封印した。危険なものがいっぱいあったからだ。そうでなくとも魔法は危険なものだというのに、わたしの技術が悪用されるのはご免だった。飛行魔法も悪用されかねなかったが──それは仕方がないと開き直った。

 さて、話は始めに戻る。

 わたしは、塔の上から飛んだ。

 その理由を話そう。

 癌になったわたしは、後一年も生きることができないと言われた。早くて半年。いや、一、二ヶ月と。

 ならば、わたしが今まで研究したすべての成果で、この塔から飛んでみようと思ったのだ。

 結果は、失敗した。

 その後のことは記憶にないけれど──つまりは、即死だったわけだ。

 地面に真っ赤なお花畑が出来上がったことだろう。

 飛ぶ間際、わたしは、自分が死んだ後に自分の魂が保護され、封印されるようにした。そんな魔法があるのかと言うと、まあ、わたしが作ったのだ。

 試したことがなく、つまりぶっつけ本番だったわけだけれど、肉体を作り、石化させ、この塔の天辺に封じ込めた。

 いやはや、うまくいったのは奇跡だ。

 

 この塔はわたしが建てたもので、死んでから当分の間、誰も近づかなかったようだけれど、流石に年月が経てば、人は来る。人が来ても天辺まで来る人はいなかったけれどね。

 そして、今日。きみがきた。

 嬉しかった。封印されているときは意識がなかったけれど、覚醒して、目の前にメイド服を着た人がいたのだから、嬉しさのあまり跳び跳ねそうだった。まあ、石化していたから無理だったけれど。

 だから、ありがとうと言わせてもらおう。

 わたしを生き返させてくれて。




◇◇◇




 長い話が終わった。

 その間ずっと息をしていなかったかのように、メイドリスは息を吐いた。

 つまりは、もとは幼女の姿ではなかったということだよ。エリシアは言った。

 

「では、塔内の壁に描かれているあの絵は──」

「僕だね。僕が描いた」

 どう? 上手でしょ。

 彼女は、『わたし』口調から『僕』口調に戻っていた。

 メイドリスが不思議に思っていると、


「魂が少し傷ついていたからかもね」


 僕にもわからないけれど。彼女は言った。


「そういえば、エリシアさんが自分の名前を言ったとき、聞き取れなかった部分があったのですが──」


 あれはね、と


「真名だよ、メイドのお姉ちゃん」


 真名。

 読んでごとく、真の名、という意味だ。

 エリシア曰く、真名は誰にでもあるらしい。

 真名は魂に刻まれたもので、自分自身すら知らないことがほとんどらしい。

 

「親がつけてくれた名前は本当の名前じゃない──ということではないよ」


 もともとは、神名というんだけれど、と言う。


「神様が付けた名前、っていうこと。それがどうしてかは知らないけれど、いつの間にか真名となっていた。つまりは、真名は神様がすべての人間に付けた、付けてくれた名前で、名乗っている名前は親が付けれくれたものなんだよ」


 話を聞いて、メイドリスは思った。

 リアルでもそうなのか、と。

 ここはヴァーチャル内、つまり仮想世界だ。その中の設定は、リアルでも同じことが言えることがあるのではないか──。

 昔は、神はいるみたいな感じで神中心の時代があったけれど(今もそう思っている人はいないとは言えない)、そう考えると不思議な感じだ。


「真名は、言葉にしてもその言葉がわかるのは自分だけ。ひとつ、知る方法があるけど──ねえ、僕と契約しない?」


 契約? メイドリスは首を横に傾けた。


「そう、契約。まあ、それは後にするとして──」


 言って、メイドのお姉ちゃん、と呼んだ。


「下に十人ほど人がいるみたいだけれど」


 忘れていた。エリシアが言わなければ、このまま長話を続けることになっていた。


「あの人たちは、この国の敵のようです」


 それを聞いて、少し考え込んだエリシア。暫くすると、


「その敵、僕に任せてほしい」


 メイドのお姉ちゃん、試したいことがあるんだ。そう言って無表情のままの顔をメイドリスに向けた。




◇◇◇




 見つからぬようにメイドリスたちは、そっと下を見た。目線の先には、侵入者たちがいた。


「結界を張っているようだね。術者は・・・・・・あの女の子か」

「よくわかるね」


 メイドリスは敬語ではなく、フレンドリーな感じで喋った。そうした理由は、たんにエリシアが敬語はやめてと言ったからだ。


「結界ねぇ・・・・・・」


 結界。そう聞いて、あの事件を思い出す。

 メイドリスだけ建物が見えたあのことを。

 まだあの事件は解決していない。リューグー王国が隣国に攻められている件と何か関わりがあるのか。ならば、侵入者たちに話を──と思って、メイドリスは無理だなと考え直した。話なんて聞いてくれないだろう、と。


「それで、どうするのです・・・・・・するの?」

「少し体が鈍ってるからね。魔法を使おうかと思って」


 鈍っているというか、この体に慣れていないだけなんだけれどね。そう言って、魔法を発動する。


「〝■■◇□▼▲■◇▽●◆〟」


 何かを喋った。

 何一つ聞き取れなかった。


「僕と契約すれば、わかるようになるよ」


 メイドリスが思っていたことに対して答えた。


「よし、、、、、【アウンノウン(Unhuman)】」


 魔法が発動した。

 そして。


 ──兵士の一人が、くねりと捻りに捻れ、


 ──人ならざるものと化した。


 一言で言うと、グロい。

 普通の人ならば、青ざめて倒れていただろうが、メイドリスは、平然としていた。

 むしろ、すごい、と感心していた。


「人ではなく、物になりました」


 そこにいたのは──そこにあったのは、もとはなんなのか、いや今もなんなのかわからないものだった。

 アウンノウン(Unhuman)──その言葉の通り、人ならざるものものだった。


「これは、封印していてよかった」


 エリシアは、ぼそりと呟いた。

 これが悪用されていた未来もあったと考えるとゾッとする。


「やっぱり、結界は結界だね」

「どういう意味?」

「結界はさ、シールドじゃないんだ。結界にも色々あるけれど、あの結界は防御機能がある。結界は、防御機能は、傷つかないように守るシールドではなくて、防衛機能なんだ。例えば、自分の周りに地雷を埋めれば、地面から来る人、攻撃してくる人を近づかせなくできる。殺すことも可能だ。けれど、空からの攻撃は防げないし、遠距離攻撃もまたしかりだ。それと同じ。トラップと言ったほうがわかりやすいかな」


 なるほど、と理解する。

 遠距離攻撃をすれば、結界内にいる人に攻撃は当たる。物理攻撃もまたしかり。


「どうやら、あの結界は、百メートルかそこらしか展開していないようだよ」

「ギリギリ入っていないね」

「多分、探知もしている。結界に触れたら、確実に見つかる」

「目視でも見つかってる場合もあるけど」


 そういえば、とメイドリスは言う。疑問に思っていたことだ。


「結界って、陰陽師が使うものだよね」




◇◇◇




 ・・・・・・くっ、どこに敵が・・・・・・!

 ジルは歯を噛み締めながら、辺りを見渡す。

 いや、どこから攻撃されたのか、候補はある。百メートルと少し先の塔だ。

 何故、塔まで警戒していなかったのだろう。人影が見えたと言ったのに。

 ジャンヌを見る。目をかたく瞑り、プルプル震えている。

 どうにかしなければならない。

 しかし──何故、結界を張っていたのに攻撃を受けたのか。

 ──と。


「──結界はシールドではありませんからね」


 女の声がした。

 ジルと兵士たちは、その声の主を探す。

 そして──


「ぐあああああああああああ!!!!」


 兵士の一人が、人ならざるものになった。


「すみません。あなたたちは私に何もしていませんが、この国に害ある者のようですので、排除いたします。廃除、とも言いますかね」


 どちらでもいいのですけれど。女はそう言って──


「ぐあああああああああああ!!!!」


 またも一人、兵士が人ならざるものになった。


「な、何が起きてるの!? ジル!」


 ジャンヌは視界を閉ざし、膝を抱えて震えている。なんなら、耳も塞いでおけばよかったのに。そうすれば、兵士の悲鳴は聞こえなかった──。


「──っ! 貴様っ!!」


 貴様、とは言ったが、どこにいるかわからない相手に貴様呼ばわりとは何事か。女はそう笑いながら喋った。

 ジルも恐怖を覚えた。兵士はもちろん、ジャンヌもだ。こいつは、人間なのだろうかと。他の生き物──悪魔なのではないかと、そう思えたからだ。


「す、姿を表せ」


 ジルの敬語は、既に崩れていた。それほど、恐怖している、ということだ。

 暫しの時間、女は沈黙した。

 やっと口を開き、言ったのは


「まあ、いいでしょう。私は暗殺者ではないので、正面から堂々と戦いますよ」


 ──ああ、そういえば、見えないところから兵士三人を殺していましたね。堂々と戦うと言っておきながら、ね。女はクスクスと嗤う。

 微かに、腹筋が痛い、という別の女の声が聞こえた気がしたが──ジルやジャンヌ、兵士たちには聞こえなかった。


「さて、お遊びはここまででございます。

 現在、わたくしのお側にはお嬢様はおりませんが──戦闘メイドである特別メイド長の私がお相手をさせていただきます」


 ──どうか、そのままで。


 聞こえたかと思うと。

 ぴゅう~、と。風が吹いた。

 耐えられなかったのか、兵士たちは悲鳴をあげてその場を動いた。

 動いてしまった。

 次の瞬間、


 しゃっ────っ───


 ジルは目の当たりにした。

 

 体は浮いていない。きちんと足がついている。そう、首から上が胴から切断され、舞ったのだ。

 ジルは兵士たちとそんなに離れていなかったため、べちょりと顔や体にたっぷり血糊が付着した。

 兵士たちから血が噴き出す。火山かと思うくらいに、赤い液体が噴き出した。

 噴き出すのが収まると、体は前後左右右斜め前左斜め前右斜め後ろ左斜め後ろなどなど、ばらばらに、あらゆる方向に倒れた。

 ジルは思考を停止した。そうせざるを得なかった。

 そして、声が後ろから聞こえた。


「──動かないでくださいと申し上げましたのに。至極残念でございます──私のお相手がお二人になるなんて」


 ジルの反応は早かった。思考を開始するとすぐさま後ろを向き、ジャンヌを庇うようにして前に出る。

 そして、彼女を捉えた──。


「お初にお目にかかります」


 言って、

 まさにメイド。

 メイドだった。

 メイドでしかなかった。




◇◇◇




 人間は死ぬ。

 それは当たり前のことであり、回避できない運命だ。

 寿命で亡くなる人もいれば、病で亡くなる人もいる。また、自殺や殺される場合もある。

 人間が死んでしまうはいくらでもある。

 既に現在、三人の人間が捻れて潰されて、七人の人間が首を切断されて亡くなって──死んでいるのだから。






 ジルは、一歩後ずさった。後ずさってしまった。つまり、その少女に恐怖しているということだ。

 ・・・・・・馬鹿な、少女相手に、私が?

 それでも少女から目を離さない。離したら、その時が最後──そんな気がして仕方がないのだ。


「ふむふむ」


 メイドが何故か頷いている。いや、これは頷いているわけではないのか──と。


「えっと、縮こまっている女の子は・・・・・・そのままでいいんですかね?」


 不思議ことを聞いてきた。敵がわざわざそんなことを聞くか? 


「まあ、いいというのであればいいのですけれど」


 メイドは女の子を見た。


「ちょっと、ちょっとだけでいいので・・・・・・顔を見せてほしいなー、なんて」


 冗談ではないよ! と目力で言われた気がしたジルは、先ほどとは違う恐怖を抱き、一歩後ずさった。

 メイドの言葉でこの場の空気が少し和らいだ。

 だからと言って、気を抜いていいというわけではない。


「・・・・・・あなた、敵でしょう? 何をいっているのですか」


 冷静に冷静にジルは答えた。

 さて、メイドの反応は・・・・・・?


「・・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・」

「めちゃくちゃ残念そうな顔してんじゃねえ!!!」


 耐えきれなくてジルはツッコんだ。冷静に冷静にとか言ったやつ、誰だ。しかも、ジルの口調が乱れている。はっ! もしかして、メイドの策略か! そうジルは思い──


「じゃ、じゃあ、見せてくれますか・・・・・・? み、見せてくれたら、お、お金あげます」

「そんなことはなかった!!」


 策略もなにもなかった。

 お金まで出してきたよ。どれだけ見たいんだ、ジャンヌの顔を。というか、必死すぎる。ほんと、何なんだ、とジルは今にも頭を抱えそうな、複雑な気持ちになった。

 本当にこのメイドが兵士たちを殺したのか、ジルには疑問だった。

 

「──ジャンヌ様、もう目を開けてください。後ろを見なければ大丈夫です」


 こちらから仕掛けてみるか。

 ジルはジャンヌに言った──が、返事がない。


「ジャンヌ様! ジャンヌ様!」


 体を揺する。ぐらぐらと揺れるので力が入っていないことがわかる。

 死んでいる? いや、しかし、ジャンヌはあのとき動いていないし、側にジルがいた。ならば、ジルも死んでいておかしくない。意図的にジルだけを残すことはできる。──が、メイドは確かに言った。動かなければ殺さないと。そう直接的な言葉で言ってはいなかったが──それが嘘だとしたら。しかし、ジルだけを残す必要はない。交渉? 交渉に何の意味がある。ジルは、代表ではないし、指揮官でもない。ただの侵入者だ。ジャンヌを殺してメイドに何の得がある? じの力を知っていたなら殺すのはわかる(まあ、それでもジルを残す意味がわからないが)。だが、メイドは知らないはずだ。ならば、何故──?

 色々な考えが浮かぶ。

 ジルは、メイドを見た。

 メイドは不思議な顔をしていた。

 ──どこに持っていたのか、割箸を鼻と口につっかえ棒のようにしていたのだ。額には手拭い。

 この状況でなければ、ジルは笑っていただろう。けれど、今は無理だった。頭の中がぐちゃぐちゃになっているからだ。


「─────」


 スベったのかぁ、とメイドはふがふがと呟くと、割箸を取り、そこらに捨てた。と思ったら、捨てた割箸を拾って、メイド服のポケットから袋を出してそこに入れた。・・・・・・何をしたかったんだ。


「あら・・・・・・寝ているのですか?」


 よくここで寝れるものですね。

 メイドは言った。

 殺したやつが、そんなことを言うのか・・・・・・?

 ジルは、耳を澄ました。


 ──すぅ・・・・・・すぅ・・・・・・


 確かに聞こえた。

 ジャンヌの寝息が。

 確かに聞こえた。

 ジルから力が抜けた。倒れはしなかったが、目に見えて肩に入っていた力が抜けていた。


「・・・・・・ええ。どうやら、寝ているようです。気絶した・・・・・・というわけではないようなので、本当に寝ているのでしょう」


 ジャンヌの穏やかな寝顔を見て、ジルは少し、微笑んだ。




◇◇◇




「それで、あなたの目的は何でしょうか」


 ジルはメイドに尋ねた。


「それは、こちらの台詞なのですが・・・・・・まあ、そちらの事情はわかっているので、聞きはしません。何、私は、侵入者を排除しようとしているだけです」

「ならば、何故、私たちを殺さない」

「いえ、殺さない、というわけではありませんよ。ただ少し、事情がかわりまして」


 言って、メイドは指を鳴らした。

 パチィン! と音がなると、それが原因となったのか、今度はパリィン! という音がした。

 結界が解除されたのだ。


「結界が・・・・・・っ!」

「解除いたしました。正確に申しますと、破壊、でしょうか。これから話そうと言うのに結界があっては居心地が悪いので、破壊させていただきました。ああ、勘違いしないでくださいませ。あなたたちを殺そうとは、今は思っていませんから」


 結界があろうとなかろうと、殺そうと思えば殺せますので。メイドはそう言って、にこりと笑った。


「まず、何から話せばよいのか──そうですね。

 あなたたちを殺さなかった理由をお話いたしましょう。お二方はどうやら、リューグー王国への進行に疑問を持たれていたようで。違いますか?」


 そう問われ、ジルは頷いた。


「それこそ、今の状況を作り出した最大のポイントなのでございます。兵士たちには、魅了が掛けられていました」


 魅了。相手を魅惑する精神攻撃。


「その魅了は、魔法ではなく、魔眼によるものです。魔法ならば、ディスペルが可能ですが、魔眼によるものの場合、ディスペルでは解除不可能なのでございます」


 ですから、とメイドは言った。


「殺さなければならなかった」


 殺せば、魔眼であろうと解除される。魅了は、生きている生物にしか効果がないのだ。


「それでは、何故、私たちは魅了されていないのですか!?」

「宝珠を持っていませんか?」

「宝珠?」

「はい、宝珠です。丸でも四角でも三角でも赤色でも透明色でも青色でもいいのですけれど、宝石です」

「あ、それなら──」


 ジルは、腰にぶら下げていた小さな巾着から、何かを取り出した。

 持っていたのは、赤くて丸い宝石。穴が空いていて紐が通してあるが、宝珠で間違いなかった。


「精神弱体耐性の宝珠でしょう。それのお陰で魅了が掛からなかったのです」


 よくお持ちになっておられましたね。彼女はそう言った。

 そういえば、これをくれた人は──とジルは思い出す。確か、ソルジャーノがジルたちに渡したものだ。


「なるほど、そのソルジャーノというおかたから頂いたものなのですね。ということはつまり、ソルジャーノも魅了に掛かっていない。恐らく、今回の件に関わっているすべての人間に魅了が掛かっています」




◇◇◇




「ジャンヌ、と先ほどからその女の子ことを呼んでいますね?」

「そういえば、紹介がまだでしたね」

「いいえ、紹介は不要でございます。早速本題に入らせていてだきますが──それが何なのかと申しますと」


 メイドは目を瞑り、そして開けた。


「元凶を殺してほしいのです」

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